こういうシチュ好き
「ここは……」
何もないのに、全てがある。
形容できないけどそんな矛盾した空間だ。
手を伸ばせば人のぬくもりに触れられるのに、なにもない。
口を開けば美味しいご飯の味がするのに、お腹は膨れない。
「全てが混ざり合った混沌の世界だ」
「ハデス!」
「やってくれたなイレギュラー。これで世界は我らの手を離れ、真なる混沌に飲まれるだろう」
「どういうこと」
「お前はやってしまったんだよ。理性も知性も自我もある人工生命体を作り出した世界。そして作り出された世界を全て混ぜ合わせた。最悪だ……あぁ、最悪だ。よもや人間から生まれ落ちた存在がここまでやらかすとはな」
「もったいぶってないでわかりやすく言いなさいよ!」
「お前たちの言葉で言うならば、地球とゲーム……いや、インターネットによって接続されていたあらゆる創作物の世界が混ざり合った。文字通りの合一だ」
「……それって」
「そうだ。人の有り様は転じ、異形の生命体が飛び交い、銃弾どころか大砲すらはねのける化け物が闊歩する世界へと変じる。そして人だった者達もまた、アバターと呼び作られた世界へと飛び込んでいた姿へと変貌するだろう。人間と呼ぶ生命体は絶滅し、あらたな種族が生れ落ちる」
えーと……つまり色んな世界がごっちゃになって、でもベースは地球で……。
「やばいじゃん!」
「そういってるだろ!」
「どうにかならない? というかハデスだって二つの世界で合一してたじゃん! それやらなきゃこんなことにはならないでしょ!」
「神々なら複数の世界のために魂をわけることができる。お前にはできなかった。それだけの話だ」
「むぅ……で、でも世界を人質に取ったあんたが悪い!」
「イレギュラーを潰すためならば仕方あるまい!」
「やり方を選ばない癖にやり返されてもっと酷いことになるとか本当にこれだから寝取られ男は……挙句の果てに逆切れとか手に負えないわ」
まったく……しかしどうしたものかしらねぇ。
この状況、長くは続きそうにないのはわかる。
私としても今合一を解除するわけにはいかないって感じがするし、たぶんしたらしたで世界はバラバラ、文字通り地球を中心とした宇宙なんかも含めて欠片も残さず消え去るでしょう。
「このような世界が生まれるくらいなら!」
「しまっ!」
今まで気配を消していたのか、それとも本流に飲まれかけていたのか、ノーデンスの槍が再び私の心臓に向けられていた。
まーた気付くの遅れちゃった……こいつ影薄いわね。
「させません」
しかしそれを止めた人物がいた。
私にそっくりな姿で、しかし異形の部位を持つ彼女。
「マヨヒガちゃん!」
「や、僕もいるよ」
「おかえりください」
ナイ神父ものこのこ現れた。
いや、正直いらないわこの人。
「まぁまぁ、そこの偽善者がこんな事やらかしたのももとをただせば僕が原因だからね。なにせこちらを目の敵にしてきたから。いやぁ参った参った、面白おかしく遊んでるだけなのに邪魔するんだから」
「ほざけニャルラトホテプ! 貴様の陰謀でいくつの世界が消えたと思っている!」
「聞きたい? 今までで通算98万7659個だよノーデンス」
「このっ!」
んーと……よくわからないけどアレかしら。
ゲーム内でチートとか無しで抜け穴ついて、遊びまくった結果ゲームバランス大崩壊。
そこからサービス終了になってしまったのがいくつもあった。
原因はナイ神父で、それに怒っているノーデンスが関係者全員を排除しようとしている自治厨……どっちも擁護できないなぁ。
「それよりどうやってここに? 今なんか世界が凄いことになってるらしいですけど」
「僕に不可能はないよ。そして彼女も」
「お母さん、ここからはお任せください」
「任せろって……マヨヒガちゃん、何をするつもり?」
「私はお母さんの遺伝子から産まれ、ネットの広大な情報から自我を確立した存在。パズル遊びが好きなただの家でした。それが肉体を得て、そして外なる者の知識も得た。故に宣言します」
翼を広げ、蔦を見えない地面に突き立てて脈動させるマヨヒガちゃん。
それはまるで根を張った植物が栄養を吸い取るような、そして同時に翼から発せられる光や闇は不純物を取り除いているようだった。
「マヨヒガ改め、デウスエクスマキナ。それが今の私です」
「機械仕掛けの神……だっけ?」
「はい、メアリー・スーでもいいですよ」
「それはなんかヤダ」
「そうですか? じゃあそれは今後の偽名にしておきます。それより世界を作り替えようとしている今なら介入できます。お母さんはそのまま、心を落ち着かせてください」
「その間の防衛は僕が引き受けた。さぁ、起きなよ名を消された英雄君? 君の楔など所詮人間が作り出した偽物の神による力だ。与えられた力も偽物、でも僕ならそれを本物にできる」
壁に手を当てるように、無空間に手を伸ばしたナイ神父。
そのままずるりと引っ張り出したのは先ほど気を失った英雄さんと、地面に刺さってなお私を威嚇してきた聖剣だ。
「くっ……ごほっ」
「さぁ、自由を得る代償としては安いんじゃないかな。強い力を手に入れて、人々を守る使命を背負い、しばらくそこのあほを守る。大した仕事じゃないでしょ」
「……自由になるための約定、忘れる事は許さぬぞ」
「忘れないし絶対守ろう。僕の楽しみのためにね。それと……出てきていいよ」
「ほっほっほっ、気付いておったか。流石我が本体ともいうべき者、おぞましいのう」
「妲己!?」
「人間時間で言うなら久しいのフィリア。いや、今は刹那じゃったか? 息災そうで何よりじゃが……悠長に話している暇もなさそうじゃ」
扇をパンッと開いた妲己、聖剣を拾い構える英雄さん、ポケットに手を突っ込みながら飄々と構えるナイ神父。
対するは大鎌を取り出し構えたハデスと槍を握り締めるノーデンス。
「さて3対2だけど増援はいいのかい?」
「仕方あるまい……ケルベロス!」
地面らしき場所から三つ首の犬が現れた。
グルグルと喉を鳴らし、涎を垂らしながらこちらを見ている。
うーん、犬は美味しいんだけどアレは筋張ってそうであまり美味しくなさそう。
「あの女を食い殺せ!」
ハデスの言葉に飛びかかってきたわんこ。
英雄さんと妲己が何かしようとするけど、押しのけて前に出た。
そして首筋を噛みつかれる。
「刹那、なんのつもりだい?」
「え、いや、もふもふだったのでつい」
動物は食べるのも好きだけど愛でるのも好きなのよね。
頭三つあってもっふもふだからつい……でもやっぱりだわ。
「おいこらハデス! ちゃんとエサあげてお風呂いれてブラッシングしなさい! 毛が絡まってるし、骨と皮ばかりじゃない! 飼い主なら責任取りなさいよ!」
「え……?」
「そんなだから顎の力弱まってるのよ。それに歯もボロボロじゃない……可哀そうに」
軽く撫でてあげるとわんこは大人しくなった。
あぁ可哀そうに、噛みついた拍子に犬歯が折れちゃってる。
典型的な栄養失調ね。
この子もパーティでたっぷり食べさせてあげないと。
「……門番は消えた、来い! 冥府の者達よ!」
「ナイトゴーント!」
ハデスが叫ぶと同時に謎の扉が現れ、そしてズゴゴゴと開く。
中から出てきたのは悪霊と呼ぶにふさわしい異形。
ノーデンスの掛け声に呼応して出てきたのは顔に口、背中に羽をはやした真っ黒な人型。
あぁ、あれってノーデンスの部下だったんだ。
「さぁ! 奴らを殺せ!」
「誰の姉を殺すって言ったてめぇ!」
ドンッと音を立てて空? から降ってきたのは刀君だった。
手には代々当主の証として受け継がれてきた伊皿木家の守り刀。
「私達の結婚式を目前に控えているというのに無粋な方々、あぁ妬ましい恨めしい」
……刀君の婚約者さんだ。
たしか橋姫さん。
相変わらず纏ってる負のオーラが凄い。
「悪霊退治なら私の出番でしょ!」
護符が宙に浮いたと思ったら空間を捻じ曲げるようにして出てきた永久姉。
「ほんとに刹姉は無茶ばっかりして」
永久姉とは対照的に、空間を叩き割るようにして出てきた一会ちゃん。
「君、魅力的な口しているね。どうだい? 今夜僕とワンナイトラブといかないかい?」
どっかから湧いて出てきた辰兄さん。
早くも黒い人型を口説いてる。
「……あれ? 縁ちゃんと羽磨君は?」
「二人とも祥子さんの護衛中! それより刹姉は責任取りなさいよね! 諸々!」
「え、あ、はい」
「よし、言質はとったわよ! あとはこの状況が落ち着くまで時間稼げばいいんでしょ! やるわよみんな!」
一会ちゃんの号令に全員が声をあげ、そしてハデスとノーデンスの軍勢に襲い掛かった。
私はケルベロスを背もたれにして撫で続けてる。
うーん、圧倒的。
圧倒的に辰兄さんが大活躍してる。
化け物も、悪霊も口説き落として仲間にしていく姿は圧巻だわ。
同時に一会ちゃんと刀君と英雄さんがノーデンスに攻撃を仕掛けて、永久姉と妲己と橋姫さんがハデスと呪術合戦してる。
……出番ないわね。
「お母さん、最後の仕上げをします。あなたはどんな世界を望みますか?」
ふと、マヨヒガちゃんにそう問いかけられた。
私の望む世界か……そりゃ御飯が美味しい世界がいいわよね。
だけどそれと同じくらいに望むことが一つある。
「祥子さんに会いたいわね。笑顔で、怖いもの見るとよわよわになっちゃって甘えてきて、そしていざという時は凛として笑っている祥子さんに早く会いたい。あとはご飯が美味しくてみんな笑っていられる世界なら万事OKよ」
「わかりました。世界の変貌は止められませんが、お母さんの望みは叶います。まもなく世界の夜明けです。どうか、幸せに……」
「マヨヒガちゃん……?」
何か声をかけようとしたけれど、それは口から出ることなく宙に消えた。
深い闇と、眩い光に飲まれて虚無の空間が消え去ったのだ。
そして目に映ったのは、毛布にくるまり縁ちゃんに守られながら震えている祥子さんの姿だった。
最終決戦じゃないよ。
羽磨君? 市役所で書類仕事に追われてる。




