フィリア・ゴー・イースト(西!)
さてさて、1日たってデスペナも解けた。
妲己からは二本目の尻尾を貰ってスキルがいくつか強くなった。
具体的には邪悪結界の時間が5分ほど伸びて範囲が私だけではなくなった。
なんといえばいいのかしら……闇属性弱点の人がダメージを受けるエリアを私中心に展開するという、結構な強化。
ただしエリアは非常に狭いので、今の段階では普通に殴った方が早いから今まで通り聖属性攻撃を防ぐ目的でしか使わないでしょう。
次に狐火だけど、今までは1発撃ちきりだったのが自分の周囲に2発まで待機させられるようになった。
待機中の狐火にも当たり判定があるみたいで、これで攻撃を防いだり今まで通り飛ばしたりと攻守ともに優れる存在となった。
しかも攻撃力が上がったことで……私が受ける自傷ダメージも増加した。
具体的に言うとね、2発出すでしょ?
死ぬ。
自分の攻撃を準備した段階で死ぬ。
いきなり死んで妲己に驚かれたわ……録画を切ってデメリットレベルを説明したところすごく呆れられた。
なんか短時間の間にすごい人にあきれられた気がするが気にしない。
今日も前向きに私は空を飛ぶ!
……という事で今は空の上にいます。
以前英雄さんに言われた通り西を目指して進行中。
眼下に広がるのは一面の緑、たまに飛んでくる矢とか魔法とか謎の悲鳴はご愛敬。
いいなぁ、私もあんな風に魔法を使ってみたい。
今のところそれっぽいのは狐火だけど1発しか撃てないし、ドレインは触れていないと効果がない。
邪悪結界は他人から見たら私が不穏なオーラを纏っているように見えるのだけど、私の目には何も映らないからよくわからないのよね。
とりあえずそのまま日傘をさしながら1時間ほど適当に飛んでいると森の終わりが見えた。
「へぇ、草原を超えて森を超えた先にあったのは荒野でした……というべきかしら」
そう、眼前に広がるのは一面の荒野。
木はもちろん草も生えていないような荒れた大地だけれど、一本だけ生えているものがあった。
白銀の塔とでも呼ぶべきかしら。
鈍く光るそれは見るからに頑丈で、ついでに私にとっては明らかな危険地帯に見える。
銀は触れただけで即死なうえに、私はその耐性を持っていない。
だから銀色というだけで警戒心がマックスになるのよね……。
近くまで来たことで飛行状態を解除、何かしらの力で飛べなくなったら地面に墜落してこの1時間を無駄にすると考えるとね……。
もしかしたら何かしらの手段でもっと早く来られるのかもしれないけれど、それを探すのも面倒だから。
徒歩で荒野を進んでいるけれど、不思議なことが二つある。
まず不自然なほどに敵がいない。
オンラインゲームで敵がいないという状態が何を意味するかと言えば、まずは何かしらのイベントに巻き込まれた状態のこと。
雑魚敵のことをモブと呼ぶこともあるけれど、このモブがイベント進行を邪魔しないように配置されていないパターン。
ちょうど暗殺者さんとの一騎打ちの時がそれね。
あるいはゲーム開始初期の頃のように狩場に人があふれて、モンスターが出現する頻度よりも倒される時間の方が早い場合殲滅されてしまう。
前者がシステム的に、後者がプレイヤー的にモンスターがいなくなる理由ね。
大きな違いはその只中にいるプレイヤーが能動的か受動的かということ。
まぁイベントならイベントで問題なし。
でももっと気になるのは白銀の塔に近づくにつれて、地面にクレーターができていたり謎のロボットみたいなのが倒れていたり、そして明らかに白銀の塔に向けられたであろう巨大な矢が地面に突き刺さっていたりしたこと。
ロボットみたいなのは塔の反対側を向いて、背中に負傷がない事から護衛ゴーレムみたいなものだったのかもしれないわ。
「うーん、これ触ったら死にそうよね」
ロボットを見てテンションが上がった私が思わず手を伸ばすと、まだ触れていない状態でチリチリとした痛みが手のひらに走った。
実際に手を見てみると火傷をしたような跡が徐々に消えていく。
うん、触らぬ神に祟りなしともいうしここは我慢しましょう。
ちなみに矢に手を伸ばしても似たような感覚はなく、髪の毛を一本抜いて当ててみたけれど蒸発するようなこともなかったので触れてみたら普通に触れた。
金属は専門外だけど、触れた感じや叩いたときの音から粗悪な鉄というところかしらね。
不純物を多分に含んでいるけれど、質量でどうにかしてやるという類の脳筋武器。
まぁ私の好みじゃないし、インベントリにもしまえないから無視。
なおさっきのロボットには剥いだ爪を投げつけてみたけれど、触れる前に蒸発した。
ステータス画面では爪喪失1/20という状態異常になっているせいで指先から血がだらだら流れているけれどちょうどいいわ。
この血を垂らしながら進めばうっかり変なもの踏まないで済むかもしれない。
飛んでもいいんだけど、その時に飛行妨害系の何かに引っかかって堕ちた先がデッドゾーンだったらと考えると怖いのよね。
ポタポタスタスタと道なき道を進んでいくとようやく白銀の塔にたどり着くことができた。
ピッと血を飛ばしてみると塔に触れた瞬間に蒸発、うんだめだわこれ。
触ったら危ないわ。
しかたなく周囲をぐるりと回ってみると門が開いていた。
「おじゃましまーす」
血を一滴、床に垂らしても蒸発することが無かったので中に入ってみると電灯のように一斉に光がともされた。
一本道の通路を進んでいくとすぐに広間のようなところに出た。
小さな町のようにも見えるし、テントのようなものがいくつも並んでいる。
外から見るよりもだいぶ広い……何かの魔法かしらね。
「何者だ!」
考え事をしているとそんな風に怒鳴りつけられたので、いつものことと思いながらそちらに視線を向けると長い銃を構えた男性が。
……この世界銃とかあったのね、だとしたら銀の弾丸もありそうだけど、というかロボットがあるなら銃くらいあるか。
たしかマスケット銃くらいならありあわせの道具で、精度はかなり落ちるけど私でも作れないことはないはず。
そう考えれば魔法のあるこのゲームで出てこないわけがないわね。
運営がそういうの普通に取り入れてきそうだし、なにより銃が見事な作りになっている。
「ライフリングがしっかりできているし、エングレーブも見事なものだわ……このグリップに施された紋章は塔をイメージしたものに見えるわね……銀製ではないみたい、だとするとこれは鍍金かしら。あ、回転弾倉があるという事は薬莢もあるという事よね……」
「な、なんだお前は!」
「あ、えーと魔の者っていうのが有名かしら。プレイヤーとも言うけれど、私はフィリアといいます。銃にはちょっと詳しいので思わず見とれてしまって……」
ロングバレルのリボルバーなんてものを見たらね、そりゃテンション上がるでしょう。
リアルじゃお目にかかれない代物だから、実現可能かどうかはどうでもいいの。
浪漫よ浪漫!
「魔の者……初めて見たが、なんとまがまがしい!」
カチャカチャと、銃や武器を構えた人たちが出てくる。
これは……バトルイベントかしらね。
くふふ、やってやろうじゃないの……と意気込んだ私。
パカッと開いた足元に気づくことなく、とっさに翼を広げることもできないまま穴に吸い込まれていった。
……急に視界が暗転したからびっくりしたわ。




