人間失格
数秒後、両腕を捥がれて蔦で宙づりになった男二人。
「なんでこんなことした、言え」
淡々と告げる私、それは死刑宣告。
英雄さんが来ようともこいつらはぶち殺す、後悔して懺悔して食材に土下座するようになるまで潰し続けるという覚悟の元だった。
「食べてたものにひ、人の腕と足が入ってたら誰でもこうするだろうが!」
「食材アイテムじゃない」
「それを人に振舞うのはどうかって言っているんだよこっちは! 食べるなら一人で食べろ!」
「よく漫画とかであるでしょ、作りすぎちゃったからよかったらどうぞって」
「だったら食べることを強制するな!」
「え? ご飯には感謝を込めてというのが常識じゃない? いやなら返せばいいだけだし、口をつけたなら食べなさいよ」
「は、話が通じねえ……」
失礼な、ちゃんと応答しているのに……。
でもそうか、普通の人は嫌がるのかやっぱり。
確かにこちらもびっくりさせようという意思があったわけだし、その点はねぇ……。
でも鍋をひっくり返して足蹴にするのはいただけない。
「情状酌量の余地ありと見て」
「汝に余地なし」
「あれ、英雄さん?」
男二人を一度だけ死に戻りさせて許そう、そう考えていたところで英雄さんが現れた。
「汝、マジで大概にせよ。町中での人死に、極悪料理を売りつける行為、その胸の大きさ、全てが罪なり」
ん? なんか私情混ざってなかった?
「というか英雄さん、随分と口数増えていない?」
「否、汝にあきれているだけだ」
「やっぱりなんか……流暢になったというか、以前みたいな機械じみた返答じゃないというか」
「否、この身この魂は今もなお囚われの物。我に自由などなし」
「へぇ……あ、ところでまだスープのストックはあるんだけど食べる?」
「汝を喰らってやろうか……」
なんか怒気をにじませた声色で脅してきた、やめてくださいデスペナ増えてしまいます。
「まぁまぁ、お腹がすいているとイライラするというしどうぞ?」
そう言ってインベントリから取り出したスープを手に、スプーンにすくって英雄さんの口に押し込んだ。
「むごっ!」
「おいしいでしょ?」
「……ぐがっ、ぐっ、かはっ」
あれ、何やら英雄さんが悶え始めた。
おかしいなぁ……変な食材はそんなに入っていないはずなのに。
「かはっ……汝、何を入れた……」
「え? 人間の手足とトマト、野菜くずと動物の骨、あとは……あぁ、暗殺者さんの心臓を入れたわね。食材アイテムじゃなかったみたいだけど」
足元で脈動しているそれを拾い上げて英雄さんに見せる。
目を覆う包帯でよく見えないけれど、表情筋の動きから目を見開いているのがわかる。
うーん、やっぱりこの英雄さんって……。
「この阿呆!」
どんっという衝撃と共に私の腹部に穴が開いた。
そしてリスポン地点に……手には心臓がそのまま乗っている。
なんで私、怒られたのかしら。
いや理由は察することできるんだけどさ、流石に怒りすぎじゃないかしら。
くれたものをどう扱っても……いや、扱い方によっては怒るかもしれないけれど純粋に食材にならないかなという思いから入れただけなのに。
そんなに間違った使い方したかしら……だとしたら悪いことしたわね。
今度は普通の料理を振舞って機嫌直してもらいましょう。
あとアツアツのスープを口に突っ込んだのも悪かったのかもしれないわね、火傷は大変だから。
ステータス画面を見てみるとやはりペナルティが上乗せされていたけれど、今回はデスペナ増加系が無かったので割と短い時間だった。
やっぱりあれは時間が伸びる系のペナルティなのかしら。
ステータスのほとんどがマスクデータだから、ステータスの減少とかわかりにくいものね。
うーん、せっかくだからこのスープ妲己にも持って行ってあげましょう。
適当なお店でベッドやテーブルを買って……買い終えてから思ったのだけれど妲己なら和風な家具のがよかったかなとか思いながらもついでに下水に行って鼠を捕獲。
人間よりも大きい鼠が3匹とれたけれど、生きている状態じゃインベントリに入れられないので心臓をサクッとやってから死者呪転で使役して連れていくことに。
「妲己いるー?」
「おらんわけがあるまい、我はここから動けんのだぞ」
「それもそうだったわね、約束の家具と鼠の天ぷら用意してきたよ」
「おぉ! 待ちわびておったぞ!」
お土産を出すと喜色を前面に押し出して出迎えてくれた妲己に家具を渡していく。
それらを好きなところに置いていく彼女に若干の満足を得ながら、調理キット上位版を用いて大釜を作り油で満たす。
この油は料理以外には使えないけれど、料理のためなら釜や鍋の底から湧いて出てくる不思議な仕様だ。
そしてパン粉などを用意して鼠にまぶして、釜を指さす。
「ごー」
「ヂュ……」
なんか嫌がっているようにも見えるけれど気にしない。
「はい、ごー」
二回目の号令でしぶしぶと言った様子で順番に釜に飛び込んでいった鼠たち。
それを見ながら妲己は涎を拭っている。
「待っている間にスープどう? 人間の手足入ってるけど」
「喜んでいただこう!」
「ハンバーグの方がよかったかなぁとも思ったんだけど、素材が無くってね」
「はんばぁぐ? 我は汁物も好きじゃが、その食べ物も気になるのう」
「肉を潰して焼いた料理よ。ほろほろとほどける肉とパン粉をつなぎにしているから肉汁を閉じ込められてすごくおいしいの」
「ほうほう、それは興味深い……今度来るときは用意してたもれ」
「わかったわ、肉は何でもいい?」
「鼠が好みじゃが、人肉でも構わんぞえ?」
「そう、なら次はいろんな肉で作って持ってくるわ。楽しみにしていてね? っと、そろそろいい頃合いね」
天ぷらになった鼠たちが白目をむいて「ヂュア~……」と言っているのを無視して妲己に差し出すと顔だけ大きな狐になって一口で一匹食べてしまった。
あらぁ、こうもしっかり食べてくれると作り甲斐があるわね。
「うむ、うまい! 久方の鼠、しかも3匹となると我も大満足よ! 主には礼をせねばならぬな」
「そんな、別にお礼を期待してのことじゃないからいいわよ」
「そう遠慮するでない。よう見れば悪辣に磨きがかかっておるようじゃし、二本目の尾を与えてもよいじゃろうて」
「え? 早くない? というかまた試練なの?」
「案ずるでない、主は既に最初の試練を満点で突破しておる故三本目までは試練は免除じゃ。しかし……いったい何をすればここまで悪辣になれるのじゃ?」
「んー、さっきまではお店を開いていたんだけどね?」
そこからこと顛末を説明した私、徐々に顔が引きつっていく妲己。
話し終えると大きなため息が返ってきた。
「お主……その堕ちた英雄とやらに同意せざるをえないぞ。我でも躊躇する悪逆非道をよくも平然と……」
「え? ちょっと驚かそうとしただけなんだけど」
「ははは、こやつめ」
なんか笑われたけど、納得いかない……解せぬ。
AIにも人外にも呆れられる存在、それが本作主人公です。
常識を知っているサイコパスであり法律を遵守する道徳心もありますが、人の心はありません。




