人外式うちなーたいむ
祥子さんに売られたとわかった日の夕飯は妙にしょっぱかった。
しょっぱいお稲荷さん、それを口に運びながら何か忘れているような気がしてならない。
けどそれ以上に悲しみが目からあふれて……。
「刹姉、ビーム抑えて」
「あ、ごめん」
うっかり涙がビームに変換されていたようだ。
くっ、メンタルがやられてコントロールが上手くできない……。
「せっちゃん、この際だから言っておくけど私は信頼して送り出したのよ?」
「祥子さん……?」
「せっちゃんなら難しいお仕事も、面倒なお仕事もなんとかしてくれると思っているから」
「でも、売りましたよね」
「立場上断れなかったから、そこはごめんねとしか言えないわ。でも一会さんは今や公安の大黒柱。縁ちゃんはマスコット兼最強の護衛、頼みの綱はせっちゃんだけだったのよ」
「本音は?」
「公安内にいても使い道に困る子に対して良い話が来たから送り出した」
「やっぱり売られたんだぁ……」
「でもさっき言った通り信頼の証よ? 他の人が指名されてたら私は悩みぬいたわ。悩んで悩んで、その末に送り出すという決断をしなければいけなかった。でもせっちゃんだからね、契約書を新しく作ったりして安全を優先させるし、面倒な仕事も減らしてあげられる。なによりせっちゃんなら絶対大丈夫って信じてたから」
「祥子さん……」
「だからそんなに泣かないで? 別に今生の別れじゃないんだし、どころかこれからも一緒に暮らすのよ? なんならせっちゃんがVOTの中にいるのを帰ってきて確認するような生活よりも、普通におかえりって言ってくれる生活の方が憧れるわ」
あぁ……なんということだろう。
私はゲームにかまけて祥子さんをないがしろにしていたのか。
その埋め合わせになるというなら粉骨砕身、全身全霊でこのお仕事にあたろう。
「やれるだけのことはやってみます! 祥子さんの期待に背かない程度に!」
「うん、ついでに死人を出さない程度に頑張ってね」
「はい!」
そこからはしょっぱかったお稲荷さんが甘く感じた。
うん、この油揚げの味付けもいい塩梅で……油揚げ?
「しまった……」
「どうしたのせっちゃん」
「い、いえ……ちょっと……約束したわけじゃないんですが、その手の今度会おうねって話を忘れていて……」
「へー、そんな相手がいたの?」
「あ、いえ、ゲームの中の話なんですけどね……やばいなぁ、怒ってるんじゃないかなぁ……」
「それなら素直に謝ってきなさい。お仕事始まるのはまだ先なんでしょ?」
「……そうします。時間をかけても相手を怒らせるだけなので」
「そうね、あと下手な言い訳はしないこと。素直に謝りなさい」
「……はい」
致し方なし、妲己に怒られてくるか……そう思いVOTに乗り込んでログインした私。
先生や難民さん、ついでにエルフの人達と軽く挨拶してから用意してもらった個室に大量の鼠を運び込んでから妲己のもとへと飛んだ。
「おぉ、久いのうフィリアよ」
「あー、えっと、ごめんね? 来るの遅くなっちゃった」
「ん? 遅かったか? たしかに久しいとは思うが……ベルゼブブから話を聞いてそれほど時間が経ったとも思えんぞ?」
んん? 結構な日数が経ってると思うんだけどなぁ……。
ざっくりだけどゲーム内時間で二か月くらいは。
「結構遅くなったと思うけど?」
「……あぁ! なるほど、そういうことじゃな!」
「え? なに?」
「いやいや、フィリアの体感時間とわしらの体感時間の違いじゃよ。ほれ、わしってもう長らくここにいるからのう。ふと瞑想するだけでも数年経ってるとかざらでな、いわゆるエルフ時間というやつじゃ」
「エルフ、時間?」
「うむ、あ奴らは長命故に時間の感覚がおかしくなってての。人間でいうところの少し待っててというやつじゃが、普通なら部屋に荷物を取りに行くかトイレに行くくらいじゃろ。奴らの場合部屋に戻って二度寝して、食事をとって荷造りして、トイレに行って風呂に入って夕飯を食べて眠って翌日はやる気が起きなかったので更に3日ほど怠惰に過ごしてから戻ってくるというのが常なんじゃ」
「それ、怒られないの?」
「奴ら独自の時間間隔を共有しておるからの。予定から十年たっても出かけられないなんてのはざらじゃ」
「あほなのかしら、エルフって」
「あほじゃぞ。古いことわざにもある。ドワーフの作れないと、エルフのすぐに終わると、人間の怒らないは信用してはいけないとまで言われておる」
「……それ、ドワーフが褒められてるだけじゃない?」
「ドワーフが作ったことわざじゃからな」
……ドワーフもあほなのかしら。
もしかしてこの世界の住民って大概あほ?
「して、今日はどのようなものを持ってきてくれたんじゃ?」
「あーうん、とりあえず魔法学校でいろんな種類の鼠貰ってきた。小さいサイズの鼠で掻揚作ったりするつもりで、大きいのは姿揚げにしてもいいかなって。それと暇つぶしになるかなってもらってきた魔導書とか歴史書と、エルフの書いた手記がいくつか。あとは呪われた装備」
魔法学校でも危険すぎて受け取れないって言われた装備が100個ほどあってね、身に着けるだけで即死級とか言われてた。
せいぜい呼吸できなくなるとか、心臓が止まるとかその程度なのになぁ……。
「ほほう、よいぞよいぞ! 今度時間がある時でいいからべっどとやらも用意してたもれ! あとそふぁとやらも欲しいのう! かうちぽてとじゃ!」
「それは私達の時間で?」
「エルフ時間で構わん!」
ケラケラと笑う妲己を横目に、火を起こして天ぷらを作って出来立てを一緒に食べた。
うん、すさんだ心が癒えていくわ……。
「ところでお主、奇妙な縁を持っているようじゃが大丈夫かの」
「奇妙な縁?」
「うむ、なんというべきか……混沌とした気配を感じるのじゃ」
「なにそれ怖い」
「怖がるのはわかるが……うーむ、悪魔王よりもさらに上位の存在かもしれぬ。混沌とした、と称したがもっと正確には混沌そのものとでもいうべきかの」
「んー、心当たりないなぁ」
「そうかえ? まぁなんにせよ、いろいろと気を付けるが良いぞ。わしの見立てではお主はしばらく忙しくなるじゃろうからな!」
「不穏なこと言わないでぇ……」
「かっかっかっ、よきかなよきかな! 長い生、不穏な時期が過ぎれば晴天が広がるのじゃ!」
なんかいいこと言ってるけどさ……忙しくなるって化けオンの中でも、外でも、すっごい大変なのよね……。
あ、黄金林檎もあげたけど妲己は普通に食べてたわ。
その後種を鉢植えにして上機嫌で話しかけてた。
なんかしばらく見ないうちに化けの皮はがれてきたわね。




