魔境で学ぶ常識とは?
なんやかんや、その後ナイ神父が用意した奇妙な扉をくぐったら自宅に戻っていた。
うん……深く考えるのはやめましょう、群馬とナイ神父の組み合わせなら何でもありでしょ。
それはさておき、私のアバターは3日で完成すると言っていた。
いくらなんでも早すぎるとは思うけど、スタッフが本気を出して頑張っているらしい。
なんかね、夏の査定に響くとかなんとか呟いたら血の涙を流して喜んで引き受けてくれたらしい。
なんというブラック企業……悪名が広まる前にどうにか抜け出し……しまった!
なんか気が付いたら普通に仕事受けてタレントになる方向で話進めてた!
いや、普通にやりませんって言えばよかったのに!
「なに百面相してるの?」
「祥子さーん!」
抱き着いた、そりゃもう砂漠でオアシス見つけた時みたいな勢いで抱き着いた。
もちろん手加減して衝撃波を相殺して抱き着く直前にブレーキ掛けたから祥子さんにダメージはない。
「よしよし、それでどうしたのよ」
「ナイ神父のあれタレント入りをそもそも断ればよかったと今更ながらに……」
「あ、うん、それね、ごめん無理」
「え……?」
「あの人いろんな国に影響力持ってるのよ。当然日本もかなり援助を受けてるし、あの人が水面下で動いてくれているから平和が維持されているようなものだから。ここ数年小競り合いはあっても大きな戦争ってないでしょ?」
「確かに……ちょいちょい小国同士の戦争で取材しに行ったことはあっても……」
「うん、小国はあの人の影響力を受けにくい立場だからね。あと半世紀もすればあの人の手で全ての戦争がなくなるんじゃないかしら。その後は知らないけど」
「で、でもそれで……?」
聞きたくない、聞きたくないけど聞かなければいられない。
そんな焦燥感が冷や汗となって全身を伝う。
「せっちゃんをタレント入りさせれば今後数百年日本の安寧を保証するって言われたからね。頑張ってね!」
「私を売ったんですか!」
「すぐに返品されるから大丈夫でしょ」
「そんなぁ……」
よよよと涙をぬぐう仕草をしながらちらちらと祥子さんを見る。
……うわぁ、冷たい目をしている。
「仮に返品されなくてもせっちゃんは公安の人なんだからね。これもお仕事のうちよ?」
「でもぉ……」
「既に各国の公安からあの人の事務所にスカウトされて、お仕事として出向している人が何人もいるから安心しなさい。ついでに契約書の方にも細工しておいたから」
「細工?」
「あぶり出しとかそういうのじゃないわよ。ちゃんと明言しているんだけど、せっちゃんとその周囲の人、関係者各位に迷惑をかけず危機的状況に巻き込まないことってね」
「えーと……」
どういうことだろう。
迷惑をかけないというのは当たり前のことだけど、危険に巻き込まない?
……あぁ、祥子さんのことか!
たしかにこの人喧嘩とか弱いからなぁ……。
「何か勘違いしているみたいだから言っておくけどね、以前せっちゃんがトラックと正面衝突した事故。あれ一会さんだとまず助からないって話よ? 縁さんでも被害がもっと拡大する形でしか止められないって言ってたわ」
「あ、それウソです。縁ちゃんなら突っ込んでくるトラックと爆弾を一瞬で解体して周辺被害もゼロにできます」
「だとしても本人がやらないなら意味はないってこと。そういう意味でせっちゃんの周囲で起こるごたごたは全てナイさんが解決してくれるって話になっているの」
つまり今まで巻き込まれてきた謎の宗教団体や、テロリスト、他の国からの刺客なんかをナイ神父が何とかしてくれるということかしら。
だとしたらありがたいけれど……。
「逆に邪魔になりそうですね」
「そりゃせっちゃんレベルを期待するのがおかしいのよ」
「え?」
「だってせっちゃん……というか伊皿木家の人達がやってることレベルが高すぎるんだもの。そりゃせっちゃんは割と大人しい方よ? 永久さんとか辰男さんとか、あの辺りはやりすぎているから。でもね、それでも悪目立ちするくらいにはやりすぎているの」
「そんなにですか?」
「うん、だからせっちゃん……しばらくお外で常識を学んできなさい?」
にっこりと告げられて私は察する。
やはり、売られたのだと……どなどなどーなー。




