刹那さん「触手になんか絶対負けない」
「やぁ、刹那。ようこそうちの事務所に」
いやいやながら、本気で面倒くさくてさぼりたかったけれど、シェルターに逃げ込んで縁ちゃんに守ってもらおうとすら考えたけど、祥子さんのお説教と縁ちゃんの力業で追い出された以上ここに来るしかなかった。
「でも窓突き破っての登場は初めて見たよ。新技?」
というかここまでぶん投げられた。
縁ちゃんの腕力で事務所に向かって思いっきり。
祥子さんが角度と初速とその他諸々を計算して、マヨヒガちゃんも言いくるめて、射出された。
場所は群馬の端っこ、よく迎撃されなかったわね……。
普段なら竹やりで撃ち落とされるんだけど、ナイ神父が何かしたのかしら。
音速で飛んでくる鋼鉄を超える強度の竹やりって結構痛いから助かるけどさ……。
「妹にぶん投げられました」
「妹さんってどっちの?」
「末っ子です。この前ナイ神父をぼこぼこにして捕まえた」
「あぁ彼女! すごいよねあの子、手も足も出なかったから触手出したら超音波出してきて原子分解されちゃった」
「人の妹に卑猥なものぶつけないでくれます?」
「触手って言ってもこんなんだよ?」
ぱちんとナイ神父が指を鳴らすとオフィスの床から無数の刃のようなものが出てきた。
それに続いてずるずると触手が……拷問用というか処刑用生物みたい。
さすがの私もこんな化け物見るのは初めてだわ。
「さて、刹那の入社試験だけどこの子達を倒して屋上に来ることで合格となる。失敗したら君と契約はしない」
「じゃあ帰りますね」
「その場合君を包囲している群馬死守連合の皆さんが刹那を狙う手はずになってるよ」
……群馬死守連合、群馬県の誇る最強の盾にして鉾。
最新鋭のステルス戦闘機を小石で大破させる精鋭たちの集団であり、伊皿木流によく似た無手でありながら刀のような鋭さを誇る武術を会得した人たち。
その人数は1000に満たないものの、それが全員でとなるとさすがに分が悪いか……。
「不合格なら死ねと?」
「そこまでは言わないけど、群馬の民になってもらうことになるね」
「なんてこと……」
群馬県、表向きはありふれた土地でありながらその真相は世にはびこる人とは異なる生体を閉じ込める土地。
伊皿木家の本家を除くほとんどは既に群馬に囚われていることから霊感やそれに属する力を持っていても例外なくこの地に封じられることになる。
私達のようなある種の異能を持つ者が定住すれば二度と外には出してもらえない、つまり二度と祥子さんに会えなくなるということを意味するそれは死刑宣告に等しい。
「いいでしょう。ただし私が合格したらいくつか条件を呑んでもらいますよ。配信者になるにしてもちゃんとした契約を交わしたいのでね」
「いいよ、できるものならね」
そう言うやいなや、ナイ神父が浮き上がって天井に飲まれるようにして消えていった。
まったく……あの人なんで群馬に住んでるのに平然と外に出られるのかしら。
ともかく、今は目的に専念しないとね。
「おらぁ!」
窓から抜け出して、襲い来る触手を蹴りつける。
ぐにゅりとした感触が気持ち悪く、そして衝撃が通っていないように感じる。
なかなかの強敵。
しかしそれだけだ。
「打撃が効かないならこうするだけ!」
成長促進!
爪の伸びる速度を上げて獣のように長く伸びたそれで切りつける。
「ふっ、またつまらぬものを……あれ?」
ぺろりと爪に付着した触手の体液を舐めるとあることに気づいた。
これ、チョコレートみたいな味がする……けど毒も含んでいるわね。
テトロドトキシンに青酸カリ、ゲルセミンにセンペルビリン、それにストリキニーネ?
カロライナジャスミンを改造して作ったのかしら、これ。
甘い毒に強烈な苦みのストリキニーネが作用してチョコレートみたいな風味になってる。
もちろん本物には劣るけど、疑似チョコにどことなく似ている……気がしなくもない。
でも一つ言える事がある。
「なかなか美味しいじゃない、あなた達」
ふふふ……こんなに美味しいなら遠慮はいらないわよね。
今しがた切りつけた触手を掴み上げ、のたうち回りながら顔めがけて突き出してきた先端の触手を歯で受け止める。
「それじゃあ対処法を変えましょう」
バキンッという硬質な音がした。
口内でぼりぼりと咀嚼すれば甘ったるい香りと鋭い苦みと、そして上質な肉の味。
「全ての食材に感謝を込めて……いただきます!」
さぁ、食事の時間だ!
没タイトル:作者は群馬をどうしたいんだ




