無血(物理)
「おぉ、我らが大いなる存在よ……」
「誰が誰を裁くってぇ?」
「けっ、屑王が死んだとしてもうちのシマででかい顔してくれてんじゃねえか、あぁ?」
「ファミリーに喧嘩を売った落とし前はつけてもらおうか」
予想通り人がぞろぞろとやってきた。
ナイ神父の十八番、相手がよくわからない手段で力を見せつけて恐喝して、そこに手を差し伸べる。
大抵の人間はこれでころりと行くけどね、今回はその逆。
こっちが油断しているように見せて敵をおびき寄せる。
だってほら、逃げようとする人は90番以降の人達がプチっとやっちゃうでしょ?
で、逆に逃げない人は何かしらの理由があるわけで、大体は悪党。
なんか信心深い人も来ちゃっちゃのは想定外だけどね、まぁそれはそれ。
信仰心で死にそうな予感がしたので邪悪結界で身を守っておく。
「よくぞ来ました。私の名はフィリア、仮の名とはいえ偽の神と戦う者。私に従うのであればあなた方の安全は保障しましょう」
「くたばれバケモン」
チンピラの一人が私に向かって銃をぶっ放す。
あれは……ロストガン?
いえ、似ているけど違うわね……威力的にはめちゃくちゃ弱い。
ロストガンの1割にも満たない感じ。
だけどなんだろう、ちょっと嫌な予感がしたので体内のエネルギーを放出してバリアもどきを造りはじく。
一瞬エネルギーが溶けた感じがする辺り、銀の弾丸か何かだったのかしらね。
もしかしたらこの国のカジノで手に入るのは属性武器だったのかしら。
威力は低いけど、特定の属性を持った攻撃手段。
だとしたら先に手に入れておくべきだったかしら……まぁいいか、殺せば死ぬ相手との喧嘩ばかりだし。
ナイ神父をはじめとして、うずめさんとかクリスちゃんみたいな常識を宇宙のかなたに棄ててきたような人達と比べたらね……。
「罪深き子よ、大地に還りなさい」
目からビームで対象を蒸発させる。
うん、これでよし。
「まだ、血を見たいのですか」
「ちっ……てめえの目的はなんだ!」
チンピラの親玉らしき人、なんていうのかしら、マフィアのドンみたいな感じの人が葉巻を咥えたままこっちを睨みつけてきた。
その表情に恐怖の色はなく、年貢の納め時にせめて一矢報いてやろうかという気概が見える。
「100人の使徒と共に穢れに満ちたこの土地を浄化することです。ですが元凶は既に大地に還りました。次に何を望むかはあなた方次第です」
「ほう? てぇと、俺らが今後何をしようと勝手ってことかい?」
「ご自由にどうぞ。子らの行いに是非を問うのは私の仕事ではありません。ですが、それが真の神にとって不利益と見なされた場合は……」
「なるほどねぇ、本物の神様ってのは案外懐が広いのか? それとも見せしめに城を吹っ飛ばすのを見るに狭量なのか?」
「真の神を試してはいけません。それはあなたの命を代償としてなお足りない」
「はっ、俺如きの命で足りねえのは当然だろうよ。で、わざわざ許してくれるって言うために俺らを集めたのか?」
「今、この国は使徒によって包囲されています。ここに来ること叶わず命を落とした者もいるでしょう。故にこれは試練なのです」
「はぁ? 試練だぁ?」
うん、そうよね。
唐突に試練とか言われたら首傾げるのが普通よね。
だって私も何の試練かわからないもの。
全部アドリブだから!
「あなた方を試しましょう。水よ、ここに」
全魔力をつぎ込んだ水魔法を発動する。
対象はお城を吹っ飛ばした大穴。
数十秒、短いようで長い時間をかけて穴の底から水が湧き出てきた。
そこに黄金の林檎を潰して、更に私の血と混ぜる。
「あなた方には道を選ぶことが許されました。罪人の湖、その水を飲み人を辞めるか、人の身のまま天寿を全うするか。命を賭け試練に挑み我らに近づくか、脆弱な人のまま生涯を終えるか。選びなさい、そしてこの穢れた地を捨てなさい。望むものがいれば安全な土地を用意しましょう。北に向かいなさい、魔法を教える学園があります。そこへ移住するのです」
このまま移住を認めてくれるならいいんだけどね、そうじゃないとなると少し困るかなぁ。
いや困らないか、証拠隠滅すればいいだけだし。
「北に行くってのは絶対条件か?」
チンピラのボスがこっちを見上げながら葉巻を踏み潰し、聞いてきた。
それは想定してなかったわ。
「あなた方の行く末を邪魔するつもりはありません。真の神に背くことさえなければご自由にどうぞ。しかし人を辞めたまま他の土地に行くことはお勧めしかねます。英雄と呼ばれる者達があなたの前に立ちふさがるでしょう」
漫画とかだと悪魔化したマフィアを相手に戦う勇者ってかなりありふれているからね。
そうなりたいなら止めはしない。
「はっはっはっ、そうかい。なら俺らは好きにさせてもらうぜ。あんたがいなくなってからその水をどうするかも考えるさ」
「そうですか。では学園に向かう方々、機会に恵まれたらまたお会いしましょう」
そう言い残して影移動で街の外に出る。
当然異形化は解除しているから見つかることもない。
「撤収よ、すぐに北に向かいましょう」
近くで待機していた100番のお爺ちゃんに声をかけると小さく頷いてから上空に火の玉を打ち上げた。
これ撤収の合図なんだ……私聞いてなかったわ。




