リアルの危険
ブログを更新して、分割した動画をアップロード。
ついでに物好きなクライアントに化けオンの情報を流して、今度はレポートに着手する。
化けオンについてのレポートなんだけど、どうにも力が入りすぎている。
味覚エンジンに始まり、NPCに使われているAIの性能が高い。
昨今のゲームではよくあることなんだけど……どうにもね、美味しすぎるのよ。
血の味をそのままに、なのに現実でなめる血よりも圧倒的なうま味と幸福感。
どういうエンジンを組めばこんな風に作れるのかとか、遺伝子関連まで手を付けている可能性とかを主軸にね。
これがどういう意味を持っているかといわれると少し難しいけれど、よりおいしいお肉がとれる家畜やうま味と栄養素を爆上げした農作物の生産が可能になる。
私にとっては嬉しい話だけれど、その手の産業関連者からしたらたまったものではない。
昔和牛が日本国内のみでの生産だったのに種が海外に流れて海外産の和牛というよくわからないものが作られたり、もっと深刻なものでは改良を続けて味を良くした農作物の苗が盗まれて海外でブランドとして売られたりという事件があった。
それらに比べても化けオンの遺伝子操作技術はずば抜けてヤバイ。
はっきり言ってしまうと、仮に遺伝子操作技術の実現であれほどの味を生み出しているのだとすれば巨万の富を得ることができるだろうというのは言うまでもなく、それをゲームのためだけに使っているという事実。
そしてこのデータが流出した場合に発生する畜産農産業に対する被害。
本来時間をかけて行うべきそれが、遺伝子操作で短時間で行えるとなれば今世間に出回っている商品、そして彼らの抱えている家畜や作物の価格は最低値まで落ちる。
その危険性を示唆する内容をまとめて、コネクションのある政治家に送り付けた。
私個人が抱えるには大きすぎる問題だし、クライアントやスポンサーに流したらむしろどんどん流出させろといいかねない。
私が言うのもなんだけれど、あいつら美味しい物を食べるためなら何でもするから……それこそ違法行為だろうが、数万の人が路頭に迷うようなことだろうがね。
私を暴食さんなんて不名誉なあだ名で呼ぶ人もいるけれど、あいつらの方がよっぽど暴食だ。
美味い物を食べるために嘔吐して次を食べる?
何たる冒涜、許すまじ……と思っているけれど片棒担いでいる私は沈黙するしかないわ。
あと気になることと言えばあのゲーム、フラグ管理がどうなっているのかよね……。
なんというべきかしら……今回のイベント、私が美味しい思いをしたというか、他の人が遭遇していないイベントが多いと思う。
妲己は誰でも遭遇できるけれど、暗殺者さんのイベントに遭遇できたのは間違いなく私だけ。
想像でしかないけどフラグの一つは勇者パーティを壊滅状態に追いやることだと思う。
でもそれだけじゃない、圧倒的に鍵が足りない気がしてならない。
だとすると何かしら……私がゲーム内でとった行動、まずNPCを殺した。
敵対アイコンのでていた司祭っぽい人、あれが何かのフラグだったとは考えにくい……あるとしたら今後だと思う。
じゃあ他には? 英雄さんの血を飲んだこと、世界の真実に触れたという称号、私の種族……いや、悪魔の種族かしら。
それらは誰でも得ることができる。
人間プレイヤーでできるかどうかはともかくとして、英雄さんを通して世界の真実に触れる称号を得る場合どうしても悪魔と接触することになる。
多分その時に悪魔の種族を得るのは確定だけど、それがトリガー?
だったらあのイベントは誰にでも起こりうる……本来想定されていたシナリオとしては複数人で勇者パーティを撃退して、あるいは撃破して、あの暗殺者さんが勇者として覚醒するまでのイベントがあったと考えてみましょう。
その場合私が独占していた聖女と魔女の力の源を得るために暗殺者さんが何かしらの形で動いていた……でも私相手には決闘という形で挑んできた。
なんで? 素直に暗殺しておけばよかったのに……いや、違うか。
それだとペナルティを受けていた私はアイテムをドロップしない、そもそもインベントリの中身を落とすという仕様はないからルールを決めた勝負やトレード、あるいは何かしらのスキルなりで奪う必要があった。
だからこそ決闘という手段を用いた、となれば説明は付く。
……この情報は伏せておきましょう、私がイベントを独占したといわれたら否定できないし悪評が立てばこちらも動きにくくなるわ。
せっかく美味しい物がたくさんあるゲームなのに、こちらの動きが阻害されたらねぇ……PKで食べていくのもありだけど、それは普通のイベントに関わりにくくなってくるのよね。
ただでさえドロップアイテムが美味しいプレイヤーの一人として認識されてるらしいし、もっとあっちこっち行きたいじゃない?
「おや?」
そんなことを考えているとインターホンが鳴った。
んーお昼前に誰だろう、荷物の配達とか頼んでないんだけどな……。
二度目のベルが鳴ったので慌てて出る、ちゃんとチェーンは付けたままね。
「はいはい、どちらさまですかー」
「国家公安局の者です、伊皿木刹那様にご用件が」
「こっかこーあんきょく?」
えーと、確か私がレポート送った相手が所属している組織だったわよね。
なんだっけ? 国家の平穏のために暗躍する組織みたいなこと言ってたけど。
「一介のジャーナリストに何のご用件で?」
「こちらのレポートを受け取った三根祥子からの要請できました」
そう言って見せてきたタブレットにうつっているのは紛れもなく私が書いたレポートだった。
「いや、送ったの10分くらい前ですよ? いくらなんでも……」
「早すぎる、と言いたいのでしょうがこちらとしては遅すぎたというべきです。化け物になろうオンライン、通称化けオンですがマイナーなゲーム故に見逃していたというべきでしょうか。あなたのレポートのおかげで危険性が判明したという事のご報告と、相談に参りました」
「相談?」
「よろしければ、場所を変えても?」
「祥子さんが一緒ならいいですよ、そうでないならお断りします。これでも身の安全には十全に気を配っていますから」
「さすが、身持ちが固いですね。そう言うだろうと三根も想像していました、車で待機していますので今呼んできます」
「へぇ……」
祥子さん、意外と近くにいたのね。
あの人普段どこにいるかわからないから、こちらとしては指定のアドレスにレポート送りつけるばかりだったんだけど。
そしてレポートの内容に応じていくらか私の口座に振り込まれるシステム、最低額は100円で今までの最高額だと400万だったかな。
あれはたしか……海洋生物の分布図と生態系の調査に関するレポート、ついでに美味しい魚の調理法を記したレポートだったはず。
ちなみに出会いは北米の山中で珍しい食材を探しているときにばったりと出くわした。
詳しくは聞かなかったけれど、どうやら山奥に特別な研究所があったとかなんとか……その時は半信半疑だったけど、後日その山で大規模な爆発があって土砂崩れや雪崩が云々というニュースを見て本物だと理解した。
だって事前に教えられていたから。
ちなみにその時は口止め料として結構な金額を頂いたけど、ひと月の食費で消えた。
「おまたせー、刹那ちゃんお久しぶりー」
「あぁ祥子さん、本当にいたんですね」
「本当にいたのよ、最近は刹那ちゃんのブログ見ていたからあそこのマンションワンフロア借りて行動していたわ」
わぁ目と鼻の先、歩いて1分程度の距離にあるマンションに住んでいたんだ……。
「言ってくれたらご飯貰いに行ったのに……」
「うちの備蓄がなくなるから勘弁して?」
「冗談ですよ、それよりあのレポートそんなに危険ですか?」
「それ、聞くまでもなく理解しているでしょ?」
「まぁ……食品産業が潰れかねないですよね。そうなると国家規模で問題が起こるかもしれない、とは書きましたけど机上の空論ですよ?」
「それがそうでもないのよ、化けオンの運営を調査したんだけど一般企業ともいえないような人たちの集まりだったの。ほとんどインディーズよ」
「あのクオリティで?」
「逆にインディーズだからこそというべきかしらね……企業としての枠組みにとらわれない天才たちが集まって作ったといったら、どう思う?」
「それは……怖いですね」
枠組みというのは基本的に天才も塵芥も凡夫にするためのシステム、それが無い状態で常識はずれな人たちが好き放題に作った作品となればとんでもない物体になる。
具体的な例を出すなら絵画や音楽、そこにいっさいの枠を作らず好きに作らせた結果心酔や崇拝ともいうべき程に魅了されてしまう人が出てくる。
決して悪い事ではないけれど、問題はその感染。
得てして信仰というのは他者へと感染する、日本のハロウィンなんかはその典型かもしれない。
最初はただの子供のお遊び程度だったのに、いつしか新宿や渋谷を埋め尽くすほどの人が楽しむイベントに変わっていった。
この手の変化は急激で、コントロールが利かない。
化けオンが抱える問題はその変化、ゲーム内で美味しい食事をとり現実では食事を抜くというダイエットが問題になったのは以前も話した通りだけれど、化けオンの中で口にできる食べ物の味に感化されてしまったら。
多分普通の食生活では満足できないし、なにより人間すら食材にできるゲームだ。
最悪の場合犯罪の蔓延すらあり得る。
「わかってくれたならなにより、その件について話がしたいのよ」
「私に話をして、祥子さんにメリットってあるんですか?」
一介のジャーナリストができる事なんてたかが知れている。
そうでなくても私は社会的信用度が低いし、できる事も少ない。
「人手の確保かしらね、刹那ちゃんには化けオンの調査をお願いしたいのよ。例えばそうね……今後規制していくにあたって必要な情報を集めてもらったり、今プレイしているという吸血鬼の種族特性としてどれくらい血が美味しく感じるのかとかそういう部分。それらをブログには載せずに、毎週レポートとして提出してほしいわ」
「毎週ですか……ちなみにいかほど?」
「そうね、だいたい1万文字にまとめてもらって追加で2万文字まで許可、内容によるけれど1回の提出で最低これくらいかしら」
そう言って三本の指を立てた祥子さんの手を迷わず握る。
30万も貰えるのであれば喜んで飛びつくわ。
毎週ひと月分の食費が手に入るなら喜んでやらせてもらう外ない。
「交渉成立ね、詳しく話すためにもうちに来てもらってもいいかしら」
「もちろんです! と言いたいところなんですけど、そろそろお昼御飯の時間でして……」
「そこは安心して、うちの部下が出前を用意したわ」
「ほほう……お店は?」
「近隣のお店、安いところから高いところまで、メニュー全部制覇」
「さぁ行きましょうか!」
ドアのチェーンを引きちぎって扉を開く。
ご飯があるなら行くしかあるまい!
しかも高いお店の料理もそろっているならなおさらだ!
「あ、相変わらずね刹那ちゃん……ドアチェーンの修理はうちで持つわ。それとVOT新調する気があるならこちらで用意したものを使ってほしいわ。味覚エンジンとかのフィードバックを数値化できるようになっている試作機よ。まぁ試作と言ってもいろいろ改修されて次世代機に近い性能になっているけれど」
「いいんですか? 絶対高いですよね」
「んー刹那ちゃんの1年分の食費くらいはするわね」
「あ、意外と安い……」
「安くないわよ……いや、普通のVOTに比べたらだけど刹那ちゃんの本気の食費に比べたらだいぶ安いのかしら……」
「主任、こう言っては何ですが……伊皿木女史がそれほど食べるとは思えないのですが」
「三月君、覚えておきなさい? 七つの大罪の暴食を具現化させた存在がいるとしたらこの子よ。ご飯をおごるなら絶対に食べ放題にしなさい、そして出禁を覚悟することよ」
「そんなにですか……正直今回の出前に関しても半信半疑どころか食材の無駄だと怒る部下もいたのですが……」
「無駄ね……多分追加用意することになるから覚悟しておきなさい、上が領収書を受領してくれるといいんだけれど……」
「既に200万近い金額が投じられていますが……」
「一週間彼女の食事に付き合えば吹っ飛ぶ金額ね。本気の刹那ちゃんはとんでもないんだから」
「……祥子さん? さすがに暴食の化身なんて言われたら怒りますよ」
「ごめんね、でも私達からしたら……ねぇ」
「かわいく首をかしげてもダメです。こうなったら今日はお腹いっぱい食べさせてもらいますからね!」
「三月君、出前の追加、さっきの量の3倍お願いね」
「……はぁ、準備だけはしておきます」
まったく、もうとことん食べてやるわ!
この後300万ほど食費に消えた……というのは冗談です。
流石に1回の食事では6桁が限界でしょう。
それでも出前メニュー全部3週ほど制覇しました。




