種族追加
「見事なり」
生暖かい物を全身で感じながら、そんな称賛の声を聴いた。
右腕を突き出した状態で硬直している私は、狐の一撃をぎりぎり受けることができた。
姿勢の問題だ、腕を突き出したからこそ首に来るはずだった一撃は私の上半身を飲み込んで胴体を真っ二つにする攻撃へと変化した。
だからこそ、攻撃のタイミングがずれた狐に対してカウンターを叩きこんだ私はその喉を貫くことができた。
残念ながら触手は眼球も鼻の穴も貫くことはできなかったが、むしろそれらがうまくいっていたら負けていたのは私かもしれない。
少しでもずれていたら私が食われていたのは明らかだ。
「写し身、主らの言葉で言うならばレベルは20ほどあっただろう。だが弱点となる属性魔法を使わずに倒すとなればレベル50に匹敵する。それを打ち取った主の戦い、実に見事だった」
「おほめにあずかり光栄です……とでもいえばいいですか?」
「そのような言葉は求めておらぬ。某は主が気に入った、その狐の尾を喰らうがいい」
「はぁ……これを?」
地面に投げ出された狐の尾、5本あるそれのうち4本は妲己に戻っていく。
1本は私の手元にふわふわととんできた。
少し逡巡してから齧るけど、あまり美味しくないね。
狐肉が美味しくないのは知っていたけど、こうしてゲームでも食べることになるとは……。
それを知っていたから血を飲もうとは考えなかったんだけど、もっと言うならそんな暇もなかった。
ある意味舐めプしてくる英雄さんより厄介な相手だったわ……。
「お?」
ポーンという音と共にメッセージが届く。
『称号:妖狐を取得しました。種族に妖狐が追加されます』
ほほう……そういうイベントか。
「これでお主も狐の仲間入りよ。われら妖狐、聖なる力に弱いが神として崇められている某の力を得たことで一時的に聖なる力を無効化することができる」
「え? 聖属性を無効に?」
「うむ、とはいえお主はまだ一尾。最初に倒したものと同程度の力しか持たぬ。そうだな……主らの時間で言うならば10分といったところだろうか」
10分聖属性無効化……短いわね。
正直それで勇者パーティを倒せる自信はないわ。
「これって私一人?」
「ん? まぁ効力はそうだな。力を得るだけならばここで試練を受けていけばいいだけのことだが……ある程度の邪悪性を持っておらぬとここにはこれぬな。外にいる者達では力不足であろう。そもそもあ奴らには主が鏡に触れるまでその存在を認識できておらなんだ」
「あ、見えてなかったんだ」
「うむ、さらにこの社が封印されている地は水の底に沈められ、更に聖なる封印が施されたと聞く。それらをかいくぐってきた邪悪なるものこそ力を得られるのだが……主と同程度の邪悪なものは多くない。またいたとしてもこの場にたどり着くことができる者も少ないうえに、試練を突破できるかどうか……世の衰退とは嘆かわしい物よの」
つまり、私と同じくらい聖属性弱点積んでて水中行動ができることが前提なのね。
他の場所でも似たり寄ったりのイベントがあると思うけど、どこもそれなりの条件があるんでしょうね。
まず人間プレイヤーには無理な……あれ? 待って、私見落としてることがあるわ。
邪悪性を持っているという言葉、これって英雄さんが言っていた悪の存在に近いってことよね。
だとすると人間でも悪に寄る、つまりゲーム的な言い回しをするとカルマ値の変動で邪悪な存在になることができるという事。
この仮説があっているなら、人間でもそのうち妖孤の力を得ることができるかもしれない?
「人間でも悪に存在が寄っていたらあなたの試練を受けられるの?」
「可能じゃ。だが人間ごときに後れを取ると思うでないぞ」
あ、やっぱりそうなんだ。
ただ試練の突破は私がやるよりもきついのかもしれない。
種族をガンガンに積んでいるからこそ、私は高いスペックを持っている。
今の私が銀装備でない人とまともにやりあうと一方的な蹂躙になるから、レベルを上げて装備を整えて挑んでようやくかしら。
そもそも腕をちぎられた時点で負け確定な人間じゃ難しいわね。
「ありがとうございます妲己様」
「よいよい、口調も先ほどのように砕けてよいぞ。某は暇を持て余しておるでな、たまに鼠の天ぷらでも持って遊びに来てくれるなら歓迎するぞ」
「そうね、ならその時は目の前で天ぷら作ってあげるわ」
「ほほう、作り立てとは気がきくのう。主にはこれもやろう、いつでもこの場に来れるようにしてある」
そう言って渡されたのは勾玉だった。
黄金色に輝いているそれは紐がつけられていて首から下げることができる。
アイテムテキストを読むと、妲己に認められた証でありこの場にいつでも来ることができる、ただし戦闘中などは使用不可能と書いてある。
なかなか便利なアイテムをもらったわね。
「それとこの場だが、お主の好きなように物を置いてよいぞ。蔵の代りにされるのは業腹だが、まともに人が住めるようにしてもらえるならば某としてもありがたい。いかんせん某を封じた者たちは気遣いが足らぬでな。座布団一枚用意しただけだったのだ」
「それは……酷いわね。今度お布団とか持ってくるわ」
「クカカッ、よい心掛けじゃ。試練の際には荷物を片付けておくでな、壊れる心配などせず良い物を持ってくるがよい」
あ、ちゃっかりしてるわこの狐。
さすが妲己というべきかしら、傲岸不遜な性格しているわ。
「さて、外の者たちも心配そうにこちらを見ておるわ。そろそろ帰ってやるといい」
「あ、そうね。そうさせてもらうわ。ありがとう妲己、今度遊びに来るわね」
そういうと楽しそうに笑って見せた妲己を尻目に、鏡に触れると吸い込まれるような感覚と共に水中に戻った。
「戻ってきたぁ!」
誰かが歓声を上げた。
すぐにそれは広がっていき、水中でどんちゃん騒ぎのようにみんなが喜びを見せる。
鏡の向こうで妲己が眉をしかめている当り、声は筒抜けなのかしら。
私が試練を受けている間は静かだったんだけどね。
「とりあえず諸々説明するんでここを離れましょうか。結構長い話になるわ」
そう言って、お社を離れてキャンプに戻った。
帰り道もそれなりに大変だったけれど、私たちの足取りは軽かった。
成果を得られた、という一点がみんなの気持ちを軽くしていたのだろう。




