イベントバトル
はいやってまいりました、水中のお社。
道中水の精霊オンリーの人が木に吸収されかけたり、人魚のデメリットで乾燥に弱いを持っている人が干からびかけたり、水龍の人が寝落ちしそうになったりとトラブルは続出した。
水に入ってからは迷子になったりもしたけど、どうにかたどり着くことができたわ……。
なお水中では各々好きに動いてたし、私とか他の種族をいくつも持ってる人は純正の人魚や水の精霊ほど素早い移動ができないので水龍の人の背中に乗せてもらって移動した。
水流で吹っ飛んだ人が何人かいたけど、どうにか全員無事……かどうかはともかくお社にたどり着けたわ。
「それじゃあ発見者としてわかっていることを報告します。あのお社は聖なるお札とか言う物体で封印されています。私みたいに聖属性に弱いと触れた瞬間死にます。はがしたときに何があるかわからないから聖属性弱点の人は離れた場所から見ていましょう」
私がつらつらと説明をして注意を促すと異論はないとみんなが頷く。
この場の代表者として水の精霊オンリーの人に剝がしてもらうことにしたけど、その近くでは聖属性に強い種族の人たちがお社の様子を見守っている。
「ではいっきまーす」
そう叫んでからお札に手をかけた精霊の人、触れても何ともない様子でそのままべりべりとお札をはがしていった。
あれって破ってもいいのかもしれないけれど、道中で話し合いした結果アイテムとして持てるかもしれないという事から剥がすことにしたのよね。
なんなら強い武器として扱えるかもしれないという下心があったのかもしれないけれど、誰がもらうかというのは後で決めることにして、今はお社の中を探索することで動いている。
そうしているうちにお札が奇麗に剥がされて、お社の扉が開いた。
同時に、近くで見ていた人たちの何人かが光の粒子になって消えていった……。
「え?」
誰かが間の抜けた声を上げると共に、フレンドチャットで「闇属性、邪悪属性に注意!」というメッセージがとんでくる。
今死に戻りした人たちはそれにやられたらしい。
「状況報告! 聖属性特化が全滅!」
声を上げると後方で控えていた聖属性弱点組がお社に向かって突貫していった。
うーん、聖属性弱点だと封印が解けないし聖属性特化だとお社の瘴気で死ぬ。
意地悪な仕掛けね……でも案外普通の仕掛けよね。
結構この手の意地悪は他のゲームでもあったし、そんな二番煎じみたいなことをやって満足する人たちかしら、この運営。
一応現場指揮官として待機していた私、しばらくすると聖属性弱点の人たちがお社の中から帰ってきた。
その手には一枚のお札。
そっと渡してきたのを手に取ると「はずれ」と書かれていた。
……ですよねぇ、なんというかあまりにもわかりやすすぎる罠だったもの。
とりあえず私もお社の中に入ってみるけど、これと言って変わったものはない。
強いて言うなら姿見鏡が一つ置いてあるけど、御神鏡といった様子ではないわね。
普通そういうのは丸い形で金属を磨き上げたものが使われるはずだから。
でもこれ、少し気になる。
そう思って手を伸ばした瞬間だった。
ずるりという感覚と共に鏡の中から引っ張られた。
抵抗を試みるも空しく、私は鏡に吸い込まれていった。
視界の端で私と同じように鏡に近づいてくる人たちが見えたけれど、手を伸ばしても間に合う様子はない。
舌打ちをする暇もなく鏡に吸い込まれた私は、さっきと変わらずお社の中にいた。
唯一違う点と言えば水中ではないという事と、鏡にうつっているのが私じゃなくて他のプレイヤーたち……さっき鏡に近づいてきた人たちね、扉を叩くように鏡を叩いているけどこっちに来ることはできないみたい。
とりあえずコミュニケーションが取れるかなと手を振ってみると向こうからも振り返された。
見えているのね……フレンドチャットなどを開いてみようとしたけどこっちは無反応。
特別なエリアという事でこういう外部と連絡とる手段は封印されているのかしら。
うーん、とりあえず辺りを見てみましょうか。
それにしても三重の罠だったとはね……邪悪属性特効、聖属性特効、そしてはずれのお札でこちらのやる気をそいだところに鏡の罠。
そうして来るはイベントエリア。
「……汝、魔の者なりや」
不意に声をかけられた。
声の方向に視線を向けると着物姿の女性……狐の尾が生えているわね。
9本の尾ってことは伝説の九尾の狐?
それなりの大物ね……。
「そう呼ばれていますね。プレイヤーという呼び方もありますよ」
「ふっ、遊戯者とはまた言いえて妙よな。某は妲己、この社に神として封じられた存在よ」
妲己……封神演技だったかしら、あまり詳しくないけど人肉ハンバーグが出てきたことだけは覚えてる。
「妲己様ね、封印されているというのは何で?」
「知れたこと、この国の民は力ある存在を崇め神として祭り上げる事で本来の力を削ぐ。そうしたうえで社を作り、某の身を縛り付けたのだ。結果として某の力は忌々しいものに変質して土地を潤している……あぁ妬ましや」
「封印を解けばこの地は疲弊する?」
「その通りよ。しかし某には封印は解けず、某に近しい闇の力を持つ汝にも不可能……なれど方法がないわけではない」
「聞かせてもらえるかしら」
「汝、力を示すがよい」
唐突に、妲己は自らの尾を引きちぎってこちらに投げつけてきた。
その尾は一匹の狐となり、こちらに牙を剥く。
けれど遅い、狼よりは速いし、猿よりも小回りがきくのはわかるけれどそれだけだ。
手刀で首を討ち据えると血を吐いて妲己の元に戻っていった。
「一尾では相手にならぬか、なればこれでどうだ」
今度は一度に5本の尾を引きちぎる。
先ほどよりも巨体となった狐が飛びかかってきたけれど、今度は速すぎて反応できない。
とっさに身をひねったことで直撃こそ避けたけれど右腕をもぎ取られた。
「……やはり汝程度の存在では勝てぬか」
狐と向き合っているさなかで背後からため息とともに落胆の声が漏れたのを聞く。
それが私の負けず嫌いに火をつけた。
「やってやろうじゃねえのぉ⁉」
右腕をもぎ取られたとはいえ、ゲリさんのときみたいに消失したわけじゃない。
傷口をつなげればすぐに動かせるようになるだろうと当りをつけて、今出せる最高の速度で狐に接近する。
そもそも腕なんて細かい作業するとき以外は使わなくてもいいんだよ!
ショルダータックル! からの本場中国で齧る程度に教えてもらった二の打ちいらずのてつざんこー!
木製の床を踏み抜く勢いでぶちかましたそれを、狐は難なく受け止める。
というかほとんど効いていないように見える。
ちょっとイラっとしながらドレインを発動。
「がっ……!」
その瞬間だった、ドレインで吸収したはずのMPとHPが削られる感覚。
めまいを抱えながらもとっさに飛びのいて狐をにらみつける。
「生命力と魂の簒奪かの? やめておけ、そやつは某の写し身、汝ごときの許容量ではすぐにはじけ飛ぶぞ?」
そういえばフレーバーテキストにそんなこと書いてあったわね……吸収量が私の持つ容量を凌駕している結果ダメージにつながったと……。
ドレインも割と欠陥が多いのね。
うかつに使えないとなると……やっぱり肉弾戦しかないわ。
暴力は全てを解決するのよ!
「しっ!」
右手を咥えたままの狐に接近して貫き手、それを飛ぶハエを見るような視線で眺めている狐に内心むかっとしながらも捉えたという確かな感覚。
その先に待っていたのは、まるで砂袋を叩いたような手ごたえだった。
今までどんな相手でも貫いてきたこの爪が、狐の毛皮に阻まれた。
その衝撃に一瞬頭が空っぽになる。
「ぐぅあ!」
私の中の空白は明確な隙となり、狐の牙による一撃を左肩に受けてしまう事となった。
このままでは右腕のようにすぐ食いちぎられることだろう、そんな考えが頭をよぎる中心だけはどんどん冷静になっていく。
これ、現実で初めて熊に出くわしたときと同じだ。
あの時は山菜採りの取材だったっけ、ハンターの人と一緒に山に登って突然現れた熊に襲われて……そして命がけの殺し合いが始まった。
無我夢中で熊の首筋にナイフを突き立てたことは覚えている。
あぁ、なんか懐かしい。
時間がゆっくりと流れていくこの感覚。
狐が牙を使った、その結果私の千切られていた右腕が宙を舞っておりあと数m移動すればそれに手が届く。
けれど伸ばすべき腕は食いちぎられて、もう片方もあと数秒の後に千切られる……ならばやることは一つだ。
「うおぉぉおぉぉぉぉぉぉ!」
ぶちぶちっという嫌な音と共に左腕が肩から千切れる。
ダメージも無視して右手の切り口を落ちてくるそれに差し出し、ドライアドの蔦で固定する。
繋ぎ留められた右腕を握って開いて、少しラグがあるけれど問題なく動く。
これならばあの狐を倒すこともできる。
爪が効かないなら打撃で挑む、そのためにはどうしても手が必要だった。
足は使えない、この狐相手にバランスを崩すようなことがあれば一撃で胴体が真っ二つになる。
そう考えてその巨体の弱点となるであろう腹部に潜り込む。
動物にとっての急所、毛が薄く内臓が集中しているそこに向けて拳を振り上げる。
「ぐげぇ!」
狐の悲鳴が聞こえる。
前足を振って、体を動かして、尾を鞭のようにしならせて攻撃してくるけれどその全てが遅い。
予備動作を見て避ける、そうしなければ狐以上に動きが遅く感じる私の身体では避けきれないから。
何度も腹部を殴り、時に狐の攻撃をいなす。
作業のようになってきたそれがどれくらい続いたか……。
「あっ……」
私の集中力は限界を迎えていたらしい。
足元に転がっていたそれ、私の左腕を気付かぬ間に踏んでしまいバランスを崩した。
当然狐もそんな隙を見逃してくれる相手ではなく、そしてこれまでの打撃で相当な怒りを買っていたのだろう。
その牙が狙うのは私の首、くらえば間違いなく死ぬであろう一撃を前に私はなすすべがない。
今から飛ぶ? だめだ間に合わない。
姿勢を変える? そんな余裕はない。
牙をいなす? 肉体の強度が足りない。
ならば……やることは一つ。
「おらぁ!」
カウンター狙いの貫き手、毛皮でおおわれている部位には決して届かないそれも狙う場所によっては違う。
口内、その喉を貫くつもりで突き出した右腕。
そして同時に狐の眼と鼻に向けて突き出した触手。
どれでもいい、狐の攻撃をそらすことができるならば……などという生ぬるい考えではない。
これで決めるのだ、狐がどれほど強靭で、他のゲームであれば絶望的なレベル差があったとしても、この化けオンにおいて急所を貫かれて死なない存在はいない。
レベルは飾りといわれる所以の一つだが、今ここでその賭けにでなければ意味がないのだ。
「かふっ……」
そんな声が、社の中で響いた。
ちなみにゲームスタート地点は選んだ種族で変わります。
聖属性に傾いた化け物プレイヤー(天使など)や人間は街中。
普通の化け物プレイヤーも町中。
ゲリとかげや水龍みたいなでかい種族は各々決められたエリア。
フィリアやゲリとかげみたいにペナルティエリアに行く人も稀にいます。
ちなみに水龍のスタート地点はこの湖とは別の水場でしたが、そこは町の下水に繋がっています。
下水探索していたところを勇者の光で浄化されて、復活地点でビタンビタンしていたところを送れて各個撃破された水精霊プレイヤーの水球で包まれることで生き永らえました。
そのままだと窒息死or干物になってフィリアのおやつコースでした。




