辰兄さん、大地に立つ
翌朝、檻の外で爆睡している辰兄さんを蹴り起こす羽目になった。
えーと……見たところうずめさんとフレイヤさんは素っ裸。
でも何か、えっちなことをしたという様子ではなく酒盛りの結果服を脱いだらしい。
辰兄さんは……多分あれね、二人を酔わせた後脱走しようとしたところに脊髄に直接アルコールぶち込まれたのね。
首筋に刺さっている注射器が物語っているわ。
それにしてもこの檻、ピッキングじゃ絶対に開かないはずなのにどうやって……あ、いやこれあれだわ。
辰兄さんお得意のスリね。
さすがに鍵がなくなればバレるけど、スリ盗った鍵をいつも持ち歩いている粘土に押し付けて型をとって、こっそり檻の中でこれまたいつも持ち歩いている金属板削って合鍵を作ったんだ。
よく見れば床に銀色の粉が落ちているし、辰兄さんの手には削りだしたであろうカギが握られている。
なんとも……味方にしても敵にしても厄介な存在ね。
「ふんっ!」
「ふごっ!」
とりあえず何度か蹴ってみたけど起きないので思いっきり踏みつけた。
「いてて……やぁ刹那。おはよう」
「おはよう辰兄さん。昨晩はお楽しみだったようで」
「いやいや、いい感じに酔いが回ってきたと思ったから出かけようとしたら首にぶすりとやられてな。美女の裸というのはそそるものがあるが、しかし酔った相手を口説き落とすのは趣味じゃない。仕方なく財布を取り戻し夜の街に出かけようとしたところでこのざまだ」
「死ねばいいのに」
「朝から辛辣だね。それでどうした、朝からあんな刺激的な起こし方をしてくれるなんて……誘っているのか?」
「死ね」
問答無用の全力全開ビーム。
「おぉ、なかなか熱い……いい技を身に着けたね。しかしこれならば低温蝋燭の方がまだ刺激的だ。もっと修練するように」
「くっ……この変態は……」
「素晴らしい褒め言葉をありがとう、まったく朝から妹に口説かれて特殊なプレイもしてもらえるとは」
あー……やっぱり呼びつけるんじゃなかったわ。
うん、すごく後悔しているし永久姉と縁ちゃんと一会ちゃん、そして祥子さんをはじめとした関係者各位に土下座して超高級菓子折り持っていくべきね。
「辰兄さん、今日から公安の隠密部署所属になったのは聞いている?」
「そういえば昨日そんなことを言われたね。あのちんまいお姉さんは素晴らしい……今まで見た中でも最高に魅かれたよ」
「あの人に手を出した瞬間伊皿木家は辰兄さんを抹殺するから」
「おぉこわい」
「そんなことより、はいこれパスポートと身分証。それとチケット」
「うん?」
「海外勤務、とりあえずブラジルね」
「そんな! 俺はハーレムが作れると聞いてきたのに!」
「海外でハーレム作ってきなさいな。ついでに行った先の情報片っ端から抜いてきて」
「む……なるほど、妹に言われるまで気付かないとは俺も耄碌したな。目先の色男や美女に目がくらむなど……恥じるべきだ!」
恥じるべきなのはあなたの存在です、と言いたいのをぐっとこらえる。
「なぜ殴る妹よ」
おっと、思いとどまったら拳の方を止められなかった。
「ちなみに向こうでは名前を偽ってもらうから演技よろしく。得意でしょ?」
「うむ、ベーシングはナンパの基本テクニックだからな。任せてもらおう」
「その後はスペイン、ギリシャ、アイルランド、北極、南極、太平洋、大西洋、地中海、月、火星、木星、土星、天王星、太陽となってるからよろしく。異星人でも探してきて」
「おいおい、そのための設備がないじゃないか。道具も訓練も必要だぞ」
「自慢の娘、マヨヒガちゃんが用意したシャトルをアメリカに預けてあるからそこから行って。それと船外活動用のロボットも積みこんであるから」
「ほう、それは男のロマンだな! かならず美人異星人と仲良くなって帰ってくると約束しよう!」
帰ってこなくていいんだけどなぁ……でも辰兄さんだから難なく帰ってきたうえに、普通に「宇宙人と仲良くなったぞ」とか言ってきそうで怖い。
怖いけど……それはそれ、頑張れ未来の私と公安!
さて、後は辰兄さんを空港に連れて行くだけだけど……余計なことしないように私が送りましょう。
簀巻きにして後部座席に……いや、リムジン出してもらおう。
同じ空間にいたくないけど、目を離して逃げられるよりはましだ。
あと莫大な貸しを作ることになるけど一会ちゃんと永久姉と縁ちゃんにも手伝ってもらうか。
少なくとも伊皿木四姉妹が揃えば敵はないからね。
マヨヒガちゃん特製ダンジョンと遺伝子から再生した恐竜くらいなら余裕だったし、汚染物質やら放射能で謎進化させた怪獣相手でも四人がかりなら撃退はできたから。
……まぁ、逃げる時に壁を壊して海まで逃げてしまったけど、それもまた追い追い考えましょう。




