主人公ってなんだっけ
「炎よ!」
戦いは目の前の女子による一撃から始まった。
魔法に特化しているのか、杖を構えており他に武器らしいものは手にしていない。
見るからに防御力の低そうな黒いローブと杖、それと魔女帽子だけという外見。
ただまぁ、ゲームだからね。
いざとなったらインベントリから直にナイフを出したりするかもしれないから注意はしよう。
「悪いけど、疲れているから手早く終わりにするわ」
飛んできた炎の弾を拳で弾く。
いや、はじいたつもりだったというべきなのかしら……。
拳を当てた瞬間、いつもなら軌道をそらしたように明後日の方向に飛んで行くんだけど、消し飛んだ。
どころか腕を振るった勢いそのままに暴風となって部屋の調度品を吹っ飛ばして、その先にいるNPCのお偉いさんたちを押しつぶしたのだ。
「……汝」
「わざとじゃないです!」
英雄さんがにらみを利かせてくるので慌てて釈明。
いやー、参った参った。
ノリで鬼に話しかけて、その力を完全に取り込んだと思ったけどこんなことになるとは思わなかった。
「うん、でもまぁ……」
にやりと口角が上がる。
「コツは掴んだ!」
ダンッと足を鳴らして踏み込む。
同時に目の前に女子の姿……あ、結構かわいこちゃん。
「ひっ」
悲鳴を上げる辺り可愛いわぁ……遊ぶ気はなかったけど、ちょっとくらいはいいわよね?
「ゲームをしましょう?」
「なっ、何を! 炎! 氷! 光!」
魔法が乱発され、私に向かって飛んでくる。
けれどそれらを拳でかき消して、女の子の前に立ってもう一度にっこりと笑う。
「ねぇ、ゲームをしましょう? あなたたちの大好きな、ゲームをね?」
クスクスと笑って見せて、そしてぺろりと女の子の頬を舐める。
「ひぃっ!」
ぶんぶんと杖を振り回す女の子、けれど軽々と避ける。
いやー、蠅が止まりそうだわこれ。
「ねぇねぇ、ゲームしないの? じゃなきゃ……死んじゃうわよ?」
「や、やる! やるから!」
「そう、じゃあルールは簡単。10秒間私から逃げられたらあなたの勝ち。逃げられなかったら……ふふふ?」
にっこりと笑みを浮かべて、そしてゆっくりと手を伸ばす。
飛びのくように、しかし腰が抜けているのか思うように動けない女の子は尻もちをついたまま後ずさりしていく。
……高速後ずさり、なかなか面白いわ。
「じゅーう」
すたすたと歩み寄る。
女の子は壁際に追い込まれて部屋の角に向かって這いずっていく。
「きゅーう」
今度はゆっくりと、両手を広げながら歩み寄る。
女の子はドアに目を向けてそちらに手を伸ばす。
「はーち」
魔法を打ちこんでドアの前に土の壁を造り出す。
絶望した様子の女の子は窓に目を向けた。
「なーな」
ケラケラと笑って見せて、女の子にあたらないようにロストガンを撃つ。
ビクビクッと身体を震わせて、恐怖からかこわばった肉体をかろうじて動かしている女の子。
「ろーく」
カチンカチンとリボルバーであるロストガンに一発ずつ弾を装填。
女の子はどうにか立ち上がって窓に杖を叩きつけようと振りかぶっている。
「ごーお」
最後の弾を込めて、女の子の杖を撃ち抜く。
本体に当てたら死んじゃいかねない威力持っているからねぇ。
杖が折れたことで絶望的な表情を見せる女の子は壊れた武器を捨てて、近くにあった椅子を掴んで窓に振り下ろす。
「よーん」
ガシャンという破砕音、女の子が窓をたたき割ることに成功したらしい。
その際に破片を浴びたのか、女の子がダメージを受けたようにふらりと倒れそうになる。
「さーん」
窓の外を覗き込んだ女の子の身体が硬直する。
よくわからないけど、結構な高さらしい。
「にーい」
意を決したように窓枠に足をかけて、そこから飛び降りようとする女の子。
私は既にその背後にいる。
「いーち」
覚悟を決めたのか、恐怖心に後押しされたのか、女の子はその身を投げた。
だが……。
「つーかまえた」
「いやああああああああああああああああああああああ!」
ゼロとカウントする前に女の子を捕まえた。
そして悲鳴と共に女の子がガクンと動きを止め、人形のようになる。
……あ、これあれだわ。
衝撃が強すぎてVOTが強制ログアウトさせたのね。
敵と向き合った状態で強いショックを受けたりすると強制ログアウトするのよねぇ。
化けオンではあまりない事だけど、あまりにグロテスクなモンスターを見たり、極度のおばけ嫌いがゴースト系モンスター見たり、虫嫌いな人が虫系モンスターに拘束されたりすると起こるらしい。
まぁ他のゲームよりもだいぶラインは緩く、なんならさっきのカウント中に落ちるかなーなんて思ってたんだけどね。
まったく、祥子さんだっておばけプレイヤーの集団に放り込まれても修羅になるだけで済んだのに……その辺りはまだまだ子供なのね。




