カプチュー
「久しいな、化け物」
「あれ、呼び方が化け物扱いになってる……」
なんか英雄さんの視線が冷たい。
この人ににらまれるようなことしたっけな……。
「……………………」
そして私の写し身みたいな穢れた英雄の視線も冷たい。
なんだろう、極上の料理に蜂蜜ぶちまけられて味が台無しになってしまった時みたいな顔してる。
「汝、何をするつもりだった」
「え? この屋敷を戦場にぶん投げて一時休戦に持ち込むつもりだったんだけど」
「……やはりか。あえて言うが、汝は底抜けの馬鹿だ」
「えー?」
「まずその程度で戦争が終わるものか。次にそんな休戦は次の開戦でさらなる血を求めるものになる。最後にこれは穢れた英雄の獲物だ、横取りは許さん」
「でも、抑止力って意味じゃリリーたちがいるわよ?」
「剣聖は抑止力足りえない。それこそ汝がこの国に滞在し、戦争によって生まれた禍根が消えるまで全ての国を平等に守らぬ限りはな」
あー、それは無理よね……。
私はきままに旅をして、美味しいもの食べて、楽しくゲームができればいいんだから。
一つの国に留まるのは無理だわ。
……あ、あと運営さんのやらかしをちょいちょい確認しないといけないんだった。
「無理ならば、汝のような化け物が介入するべきではない」
「んー、だとしても友達のために何かしたいなーって思うんだけど」
「ならば、余計な事をするな。汝が関わると話が大きくなりすぎる」
「そうかしら?」
「生物兵器を隣に置いて一人安全圏から休戦して手を組むなどという申し入れ、汝ならば飲むか」
「その生物兵器を食べてから改めてお話しする」
「……ついに精神まで化け物に食われたか」
失礼な……実際にやったことなのに。
とある国に滞在した時よくわからないけど科学兵器を会談の場に持ち出してきた国がいた。
私はその時ジャーナリストとして取材してたけど、液状だったそれを飲み干したわ。
味はともかく喉越しが爽やかで、数日間体調がよくなった。
そこからはとんとん拍子で終戦になったわね。
「この戦争は英雄が介入するべきものだ。汝は不適格である」
「不適格って言われても……というか英雄の介入?」
「然り、我は魔の者が過度な殺し合いをするのを妨げる存在。この地に住まう者に対しては介入することはない。だが穢れた英雄はこの地の者が無駄な血を流さぬよう介入する立場だ」
えーと、つまり英雄さんは粘着PKとかを取り締まるための立場であって、穢れた英雄はNPC同士の殺し合いを防ぐのね。
それにしてはずいぶん遅い……いやそうでもないか。
王様が代替わりしてから戦争が始まったって言うけど結構な時間が経っているはず。
そして穢れた英雄は私を基に生まれた存在で、砦イベントの時は研修中だったわけだ。
結果としてこうして前線に送り込めるようになったのが今ということなのだろう。
となると、今まで私がNPCを攻撃したりしてたのはノーカンという事なのね。
ふむふむ、それはいい事を聞いた。
「だとしたら元祖穢れた英雄の私にも介入する権利があると思うけど?」
「汝は魔の者、この地に住まう者ではない」
「それが?」
「我らの役目を奪うべからず。汝は汝の目的のために動くがよい」
「そうは言うけど……私の目的はとりあえずこの屋敷ぶん投げる事よ?」
「その変更を求む」
むむ、英雄さんのお願いとは珍しい。
問答無用で切りかかられると思ったんだけどな……。
「いくつか質問、なんですぐに殺そうとしてこないの?」
「その権限がない。汝は罪人なれど、それを裁く英雄は不在である」
なるほど、NPC殺しまくるプレイヤーを取り締まる英雄は存在しない……今後生まれる可能性はともかくとして、今は大丈夫なのね。
「なんでそこまで私に介入してほしくないのかしら」
「汝は規格外すぎる。そして穢れた英雄の初陣であり、その存在を知らしめるための舞台である」
「つまり……お披露目の邪魔をするなということかしら」
「然り、理解を得られたのであれば介入の中断を」
「見返りとかはあるのかしら」
「……無い。故に求める事しかできぬ」
まぁ虫のいい話よね。
けどそうだなぁ……このままというのもちょっとあれだしなぁ。
うーむ、何かいい方法はないものか。
「あのさフィリア、ちょっといい?」
「どしたのリリー」
「話を聞く限りだとフィリアはお屋敷を戦場のど真ん中にぶん投げたい。そこの黒い人たちは……特にフィリアそっくりな方は戦場に立ちたい、そんでそっくりさんは王様とかを殺したくて、ちっさい方は戦場で暴れてる魔の者とかそういうのをどうにかしたい、そういう事よね」
「で、いいのかしら?」
英雄さんに向き直って声をかける。
「然り」
「じゃあ、フィリアがお屋敷投げてからその黒い人が戦場に現れたらいいんじゃない? どっちもやりたいことできるし」
目から鱗だわ……英雄さんもびっくりしてる。
穢れた英雄は私の触手に牙を立てて血を吸ってる。
……一人だけずるいぞ!




