カリバーン「遺憾である」
「ぎゃあああああああああああああ!」
「大袈裟に悲鳴を上げるな、お父さんに何度も言われたじゃない。太い血管は傷つけていないから出血も大したことないんだし、せいぜい神経が外気にあたってる程度じゃない」
……いやいやリリー?
なにその達人技、人間生け作りにできる剣技とか恐ろしすぎるわよ?
「そもそも昔から言われていたじゃない。悪事はいずれ身を亡ぼす、その時が来ただけよ」
「まだだ! まだ俺には奥の手がある! お前の親父がいる村に俺の手下を送り込んだ! そいつならあの村くらい滅ぼせる! お前という人質がいるからなぁ……だが逆に人質だ、あのジジイを殺されたくなかったら投降しろ!」
「相変わらず卑怯ねぇ……」
「はっはっはっ、ざまあみろ! そいつにはお前の愛剣だったカリバーンを持たせているんだ! あんなおいぼれも聖剣の前じゃひとたまりもないぞ!」
……ん? カリバーン持っていた人?
「えーと、もしかしてだけど港町から増援だして森から焼き討ちにするつもりだった?」
「なんだお前は! だがよくぞ見抜いた、その通りだ! あの村は港町側に森を持つからな、風向き次第では村も共に燃え落ちる……不運な事故ということにできるだろう!」
あー、なるほど。
王家直轄地だから直々に手を出すとまずいわよね。
だからと言って人員を入れ替えてもスパイス育成のノウハウがあるわけじゃなし、それでスパイスだめにしましたとか言ったら文字通り首が飛びかねない。
じゃあという事で不幸な事故により森林火災に巻き込まれて全滅したということにすればいい。
あのお爺ちゃんも天災には勝てなかったよという筋書きなのね……。
「ねぇねぇヴォイド、これなーんだ」
「なんだその黒く禍々しい剣……は?」
「カリバーン持ってた人に会ってね、切りかかってきたから応戦したらこうなっちゃった。今じゃ立派な魔剣。いやー、剣術指南をお願いしたら弟子を紹介されると言われたけど、先にリリーに会えてよかったわ」
「くそっ! なら!」
懐に手を突っ込んで拳銃を取り出したヴォイド、けどこの人気付いていないのよね……。
「無駄よ、そっちも切れてる」
私の言葉と同時に左手の皮と骨、そして両断された拳銃が地面に転がる。
「あああああああああああああああ!」
「こらこら、そんなに暴れると他の部位も……」
「フィリア、そこから先はしー」
「おっと、そういう事ね……ごめんなさい、気がきかなかったわ」
「なんだ! 他に何を!」
ヴォイドが両腕をぶら下げながらこちらに一歩踏み出し、その足がほどけた。
「あ?」
とっさにもう片方の足をつこうとしたが、そちらも既に解体された後である。
「な……なに……が……」
「いやあんたもやってたでしょ。相手を捕まえるなら両手足の自由を奪うくらいは当然のように」
「そんな……俺は貴族だぞ!」
「私は剣聖の娘にして弟子、そして当代の剣聖だけど?」
「あ、魔の者なんでこっちの貴族とかどうでもいいわ。強いて言うなら私悪魔の大公、木っ端貴族よりも権力も軍事力も持ってるわよ」
「え、フィリアって偉い人だったの?」
「肩書だけよ。悪魔の爵位なんてころころ変わるから。ただまぁ、リリーに貸した装備は悪魔王の側近だけが得られるって言うものだからそれなりの地位は確約されているけどね」
「へー、じゃあこの装備悪魔王の趣味なんだ。どうりでダサいわ」
「ねー」
「ふざっ、ふざけんな! そうだ、窃盗だ! お前らは俺の手下の武器を盗んだんだ!」
あー、まぁ強奪って言われたら自分でもその通りだと思うけど……この場合正当防衛よね。
というかそれ以前の話だとは思うけど。
「よく言うわー。剣聖の証である剣を奪って、返してほしければなんて条件で子供産ませて、身重の状態でまともに動けないだろうと追い出したくせに。それに知ってるのよ? ご飯に毒混ぜてたでしょ、キャシーのこと思って食べるに食べられなくてお腹ぺっこぺこであんたの差し向けた暗殺者に不覚とる始末よ」
あー、それでこんな化け物みたいな人があんなことに……。
わかるわぁ、空腹って本当にどんな毒より強いのよね。
最高のスパイスであると同時に最強の毒よ。
私もとある国のジャングルに迷い込んでご飯が足りなくなって、野生動物はもちろん虫すらも捕まえられなくなって、気が付いたら半径50mの樹木を食べつくしてたもの。
セルロースは消化が大変だから苦労したわ。
「まぁそんなこんなのは実のところどうでもいいのよね。最初にカリバーンを奪われた私が悪い、その油断が全ての始まりだったんだし」
「な、なら!」
「でもね、キャシーに手を出したのは許さない。できる事なら今この場で殺したいくらいにあんたが憎い。けどそれじゃあ意味がない。あんたはクーデターで落命した貴族としては死なせない。たった2人の女に全ての悪事を晒され、領民から嫌われ、王の前に引きずり出されて全てを失ってから死んでもらうわ」
「食事に毒を混ぜるような輩、可愛い女の子の髪の毛に悪戯する屑、姉弟子の私物を盗んで関係を持とうとする辰兄さんを超える鬼畜、その所業は報いを受けて当然ね。……いや、リリーのお父さんはいいの? あのお爺さん」
「あれは殺しても死なないしいいんじゃない? 正直森林火災くらいなら剣圧だけで吹っ飛ばせるわ」
「わーお……」
「さて、じゃあ行きましょうか」
「えぇ、外も静かになったことだしね」
カラカラと音を立てながら戻ってくるキメラたち。
所々に返り血やら生肉がついてるけど……後で洗わないといけないわね。
雑巾もとい悪魔王シリーズがまた役に立つわ。
「ちなみになんでカリバーン盗られたの? そしてこいつが持ってなかった理由は?」
なんか剣聖の証とか言う凄そうな存在なのに持ってなかった、というのは腑に落ちない。
「泥酔してて……その間にね。ヴォイドが持ってなかったのはカリバーンに認められなかったからかな」
やっぱり持ち主認めるとかそういうのあるんだ……。
「じゃあこいつの部下が持てたのは?」
「大きい壺と小さい壺って知ってる?」
「なにそれ」
「大きい壺だけ置かれていても大きいと認識できない、けれど隣に小さい壺を並べると大きく見えるって話」
「……つまり、こいつに比べたらましな人間だから持ち主になれた?」
「だと思う」
……それでいいのか聖剣よ、我が家の包丁カリバーンの方がプライドありそうだぞ?
「というかそれだと多分お爺さんに近づいたら……」
「まぁお父さんの手に渡ってたでしょうね。文字通り元の鞘に収まるってやつ」
辰兄さん並みに尻の軽い聖剣だなおい。
マッスルコメディがなぜかもりもり書ける不思議。




