エリクサーさんの使いどころ
あれからキャシーは黙り込んでしまった。
けれど私から逃げるそぶりはなく、入り組んだ道を進んで家まで案内してくれた。
「ここです……」
「なんともまぁ」
見事な……小屋?
廃材だけで作ったかのような家は今にも壊れそうになっている。
ところどころ腐っているのではない、ところどころ腐っていないというレベルでいつ倒壊してもおかしくない。
「気を付けてくださいね。ドアを開ける時は気を付けないと崩れますから」
「いや崩れますからって……」
「それと床、埃の積もっていないところを歩かないと床が抜けて家が崩れます」
「……これなら路上で寝た方が幾分か安全じゃない?」
「少ないとはいえお金を持っていますし、私もお母さんも女ですから……」
そういえばそうね、路上で寝るのは男女問わず危ないけれど女性の身の危険は男性の数倍どころじゃないもの。
いやはや、普段海外の取材があれだからすっかり忘れてた。
「なによりこの家、ドアを開けようとするだけで崩れそうになるのでみんな押し入ろうとはしないんですよ……」
「あー」
そりゃまあ……腐っているとはいえ建物一軒分の木材が落ちてきたら致命傷よね。
命懸けのトラップというか、周知の事実を逆に利用したというか……。
「どうぞ」
キャシーがゆっくりドアを開けて中に招き入れてくれた。
思った通りの内装というか、テーブルが一つに椅子が二つ……どちらも自作したのか傾いている。
その奥に土間のような空間があってそこだけはまともに歩けそうに見える。
そして部屋の片隅にござをひいて寝ている女性。
ふむ、あれがキャシーのお母さんかしら。
「キャシー、この薬を飲ませてあげなさい」
「これは……?」
「エリクサー」
「え、エリクサー⁉」
「腐るほど持っているから気にしないでいいわよ。そもそも私使う機会無いから」
「こんな高価なもの……いただけないです……」
「あのねぇキャシー。エリクサーなんてお金積めば買えるけれど、人の命はお金じゃ買えないのよ。正しく言うならお金で治療できるし、お金で助かる命もあるけれど死んだ人は生き返らないの」
普段幽霊を相手に仕事しているとよくわかる。
あの人たちがどれほどの無念を残して命を落とし、そしてその思いが現世にとどまり続ける理由になっているのかを。
あれはまるで魂を縛り付ける鎖、いろいろな感情によってないまぜにされた……まるで絡まった毛糸のようなもの。
刀君とかがやっているのはその絡まった糸をほどいてあげる事、それができないならせめて糸を切ってあげる事だけど、私にそんな器用なことはできない。
本体をぶん殴って糸をちぎってあの世とやらに送ってあげる事だけ。
その痛みは計り知れないけれど、助かる命があるなら助けたい。
ただし私は万能じゃないから手の届く範囲でね、見ず知らずの人はごめんねとしか言えないわ。
「わかったらさっさと飲ませなさい。おかわりが必要ならいくらでも言いなさい。けれどこっそり売りさばいたら怒るわよ」
「……怒るだけで済むんですか?」
「そりゃまあ、さっきも言った通り腐るほど持ってるから。でも騙されるのは気分が悪いから怒る、怒ったらあとは許す、キャシーは私の弟子になるんだから」
「……承諾してないです」
「しなければあなたも死ぬ、それは目覚めが悪いから今日から私の弟子、いいわね」
「強引……」
「いいのよ、世の中そんなもんなんだから」
力というのは使いどころがあるからね、こういう時に主導権を握っている方が強いのは当然よ。




