フラグブレイカー
それから数分、そろそろ大丈夫だろうという辺りまで走った。
メロスも顔負けの走りを見せた私、なんならモチーフになった太宰治にも負けない走りだったわ。
道中ちょいちょいトラブルはあったものの、なんだかんだで悪魔素材の代用品になりそうなものは手に入れた。
具体的にはひき逃げした四つ手の熊とか、八本脚の馬にけん引された馬車とか、豪華な作りで紋章の入ってた馬車とか、緑で二足歩行の豚に襲われる兵士さんたちと美少女とか、いかにも盗賊ですって人達に襲われるお爺さんとか。
敵も味方も関係なく走り抜けて、その際の衝撃波で全部吹っ飛ばしてきたらそこそこアイテムがたまってた。
ここでキメラを直してもいいんだけどまた騒ぎになったら面倒なのよね……。
だからひたすら走る。
72時間放送テレビで日本縦断ダッシュ旅って企画やった時思い出すけどゲームだからそこまで不親切にはなってないでしょう。
運営曰くシミュレーターということだけど、プレイヤーの生の声とかを考えるとそろそろ街なり村なりが見えてきてもいい頃。
そのくらいの速度は出していたし、道中にあったイベントも軒並みスキップしたからね。
「唸れぇ、私の測定不能の視力……」
むっ、煙発見!
これは人為的なものね……見たところ温泉の湯気とかじゃない。
それに嗅覚を研ぎ澄ませると微かに料理の匂いがする……煮物かしら、スパイシーな感じなのはわかるけれど、カレーとかとは違うわね。
んー、なんだろう。
食べたことのない料理の気配……これは行くしかないわね!
思えば化けオンの中で食べたのは生食か、あるいは既知のレシピばかり。
そして大体がプレイヤーによって作られたものだった。
NPCが作った未知の料理というのはまだ口にしたことがないわ。
……というか友好的な接触が少なかったからね、大体どこに行っても喧嘩になったり、殺し合いになったりしてた。
リアルだとそんなに酷い事にはならないんだけどなぁ……ちょっとマフィアに襲われるくらいで。
「んー、東に17ってところかしら……それならっ」
ぐっと力を込めてダッシュ、本当はジャンプして空から様子を見たかったけどドラゴンの群れに襲われるのはね……既知の味のために無茶をするのは性分じゃないのよ。
例えるなら……和牛が美味しいからと言って牧場に直接買い付けに行ったりするほどじゃない感じ?
そりゃまあ牧場で買えば余すところなく食べる事ができるけれど、時間とか考えるとお店10件はしごした方がいいわ。
当たりはずれはあるとしてもね。
「お、あれかしら」
民家のようなものが建ち並んでる、村というにも小さい……里とかそういう感じかしら。
「おや、お客さんとは珍しい。それも徒歩とは」
「いやー、キメラに乗ってたんですけどおびえた旅の人に壊されちゃって、走ってきました」
「ほっほっほっ、あの土埃はあなたでしたか。モンスターの襲撃かと身構えてしまいました」
人当たりのよさそうな杖をついたお爺さんが出迎えてくれた。
身構えたという割には武装した人とか見ないけど……。
「不思議そうな顔をしておりますな。察するにこちらが防備を固めていないことでしょうか」
「えぇ、普通ならもっと警戒するかなと」
「警戒はしておりますよ。これこの通り」
ヒュッと風が吹いたかと思うと首筋に刃が当てられていた。
……見えなかった、それどころか予兆もなく殺気も感じなかった。
でも今の一撃は確実に私を殺す事が出来たもの、あえて殺さなかっただけだ。
強い……少なくともお母さんと同レベルの達人だわ。
「して、何用ですかな」
「美味しそうな匂いがしたので少しおすそ分けしてくれないかと思いました」
「……は?」
心底不思議そうな声が木霊した……。
運営「わー、用意したフラグ全部壊れたー」




