大人しければ尊い姉妹愛
さて、一会ちゃんを無事騙し……もとい説得できたところでやっと朝食の時間になったわけだけど。
「一姉、ジャムとって」
「はい。あーちょっと、縁。ほっぺにパンくずついてるわよ」
「ん……」
「もう、自分で取りなさいよね。ほら、奇麗になったから気を付けて食べなさい」
「ありがと一姉」
朝から妹たちの仲睦まじい光景を見られて私は満足です。
今日もお仕事頑張れる。
今日の予定なんだったかしら……夜は化けオンやるとして、昼はロケの依頼が入ってたわね。
夏番組に向けてのロケだからまた心霊スポットかしら。
同伴予定の霊能力者と顔合わせして、その実力をはかって、それで私が現場の下見しつつ大丈夫かどうかの確認。
いざとなったら私は置いて行かれるという酷い契約になっているけど一本100万というお小遣い稼ぎにちょうどいい内容だったからね。
まぁ以前それで置いて行かれた時は山中できのことか野生動物とか、あとは木の枝齧りながらどうにかこうにか人里まで戻ってATMでお金引き出せるだけおろしてレストランに突撃したわ。
その後で銭湯に行って、家に帰ってぐっすり寝てから迎えくらい用意してくれてもよくないかとテレビ局に電話いれた。
幽霊からの電話と思われてガチャ切りされたから直接出向いてお話ししたわ。
死んでると思われてたせいかお金も振り込まれてなかったからね。
いやー、あれ以来この手の仕事増えてちょくちょく稼がせてもらってるわ。
「ねぇせっちゃん、随分と仲良さそうだけど……前聞いてた話と違くない?」
「前に話した……あぁ、一会ちゃんが縁ちゃんを毛嫌いしてるって話ですか?」
「ちょっ、声大きいわよ」
「いや別に聞かれても問題ないんですよ。一会ちゃんは傲慢な努力家ですが、それでも家族を本気で嫌いになる事なんてできないいい子ですから。古い言葉を使うならツンデレさんです」
「ツンデレ……?」
「えーと言葉の起源としましては最初はツンツンとした態度をとっていたヒロインが最終的にデレデレになることを指しますが、その後言葉の意味の変化で人前ではツンツンした態度だけどプライベート空間ではデレデレという萌え属性というやつです」
「いえ、それは知ってるんだけど……めっちゃデレデレじゃない? ここプライベート空間認識なの?」
「なんか落ち着くらしいですよ」
一会ちゃん曰く、実家のような安心感があるらしい。
それにしてもツンデレも萌えも古語よね。
第三次世界大戦の時は日本は直接被害を受けたわけじゃないけど、その混乱に乗じて結構な数の書物が抹消されたらしいわ。
まぁマニアやオタクがこっそり隠し持っていたらしく現存している物は多いから稀覯本と呼ぶには数も種類も多いけど。
昭和から令和まで緩やかに規制が厳しくなっていく中、結構な数の性的表現が抹消されていったサブカル業界。
法の抜け穴を探すクリエイターたち。
そして掘り起こされた江戸時代などの資料から生まれたとされる男の娘などのコンテンツに始まり、ポリコレ運動として企業が忖度を始める中でコミケと呼ばれる戦場に赴く兵士達がいたとか。
リアルイベントこそ現代まで続いているけれどコミケは第400回を超えたところで規制が入って、今ではVR機器を使ったアングラなイベントとなっているのよ。
特にVOT に搭載されている自動翻訳機能のおかげでアングラと言いながらも世界から億単位の人間が集まるイベントになった。
実際電子の方が紙媒体よりも作りやすい時代になったのが大きいのかもしれないわね。
一部では現代でも紙媒体で同人誌を作っているらしいけど。
部外者というか、非オタクの立場としてはそこまでするかと思ったけど祥子さんに「せっちゃんフグは有毒だから食べたらだめって言われたらどうする?」って返されて納得したわ。
なにがなんでも抜け道探して食べるもの。
「それで一会ちゃんをスカウトするのはいい感じになってきましたが、どうです?」
「そうねぇ……一会ちゃんって何をしてるの? お仕事の話だけど」
「今は公務員ですね。市役所で働いてますが、若くして課長の地位に上り詰めてバリバリと働いている熱血漢と言えば聞こえはいいですが、実際のところ厳しい指導のせいか離職率ナンバーワンの部署、ただしその指導を潜り抜ければどこでも即時運用可能な職員になるという事で指導課課長という役職が作られ厄介払い……もとい、メンタル的に強い人を育てる場を用意されました」
「すごいのはわかるんだけど……その、大丈夫なの?」
「仕事に関してだけでなくあらゆる面で真面目な子ですよ。結果こそが全てであり文句があるなら結果を見せろというタイプ。それを口にする本人が完璧な結果を突き付けているからこそ市役所としてもパワハラだのなんだので簡単に首にできない人材です」
「……厄介そうに聞こえるのだけど」
「いえ、結構ちょろいですよ。一会ちゃん」
「なによ刹姉」
「公安でのお仕事、その良し悪しによってボーナスが出るって言ったらどうする?」
「当たり前のことじゃないの。お金は対価、対価は責任に対する誠意、対価無き仕事に責任は生まれないものよ」
「だよねぇ。それでボーナスなんだけど、一会ちゃんにお願いしたい職場はそんなに変動がない場所なの。だから都度ボーナスが出るわけじゃないのは留意してほしいのだけど」
「それも当然ね。仕事の対価というなら働きを見せる必要があるから」
「でもそれだとモチベーションに関わるから、私達の方でも一会ちゃんのお仕事確認して一定以上の成果が出ている。つまり安定ラインを常に上回っている状態が維持されているなら定期的にもちにゃんグッズをプレゼントするわよ。シリアルナンバー付きのレアグッズも」
「刹姉……」
「なぁに?」
「それには先月発売された人をダメにするもちにゃん包み込み型クッションも含まれているのかしら?」
「もちろんよ」
「のった!」
「この通り」
「……ちょろい」
ちなみに人をダメにするもちにゃん包み込み型クッションは全長3m、幅1mの巨大ぬいぐるみでその上に寝っ転がれば体が沈んでいき雲に包まれているような心地で眠りにつけるというもの。
お値段脅威の49800円なり。
なお発売から低迷してたけど縁ちゃんの実演動画で人気が殺到して既に500万個以上の売り上げとなっている。
縁ちゃんプロデュース、恐るべしね。
ちなみに一会ちゃんは年末デスマーチの真っただ中で他部署の手伝いに行っていたとかで買いそびれてたそうだ。
そして買うかどうか悩んでいる間に人気殺到して買いそびれて後悔している。
悲しいけど、現実なのよね。
ツンデレの定義の進化は諸説ありますが、とらドラ!からハルヒみたいな流れがあるという話を聞きました。
コミケの変化については適当に想像した結果。
時代の流れでツンデレや男の娘は死語になりつつあります。
そのくらいの時間がたったという設定で。




