日本伊皿木家化計画
「というわけでバンドユグドラシルは最高なのよ!」
「さすがね、知らなかったわ、すごいわね、センスいいわね、そうなんだ」
「……もう一度最初から話す?」
「ごめん勘弁して、あの人たちの活動は知ってるしそれなりに取材もしてきたからこれ以上の情報いらないの」
「むぅ……でもまさか刹姉があの人たちと親密な関係だったとはね。大食い番組で共演した時からうすうす距離近いなぁとは思ってたけどさ」
「まぁね、連絡先も知ってるしそれなりに仲いいわよ」
バンドマンとかの音楽関係では一番仲いいかもしれないわね。
NYA48のメンバーも何人か連絡先知ってるけど、あの子たち情報共有が早すぎて怖いからあまり連絡とってないわ。
「それで本題なんだけど刹姉……」
一会ちゃんの表情がこわばる。
鬼気迫る表情というのはこういうのを言うのかしら。
さすがに姿勢を正して、その本題とやらを聞くべく目を見つめる。
「ロッキー様とリルフェン様、どちらとお付き合いしているの? それとも他のメンバー?」
「はい解散。今はフリーのアラサーに向かってなんてこと言うのかしらね。そもそもあの人たちは恋愛対象外。性格悪い男は守備範囲外です」
「類ともッて知ってる? 刹姉は大概性格悪いからね? 顔スタイル稼ぎで見れば優良物件かもしれないけどエンゲル係数と性格どっちか片方でマイナスに持ち込む女はNG判定貰うでしょ」
「そういう一会ちゃんもモラハラ酷いって過去の彼氏さんから散々泣きつかれてるんだけど」
「モラハラとは酷い言い様ね。できて当然やって当然のことを指摘したまでなんだけど?」
「それをモラハラというのよ……あのね、みんな向き不向きがあるの。誰もが一会ちゃんみたいに努力できないし、縁ちゃんみたいに規格外じゃないの」
「みんな規格外じゃないなら努力して一流程度は目指すべきでしょ。それができなければ向上心がないと思われても仕方ない、私達はお仕事してお給料もらってご飯を食べている。それはプロとして人前に立っているという事なんだから」
「とはいえねぇ……努力も才能だし、その伸びしろだって才能、できない人の気持ちは一会ちゃんならわかると思うけど?」
「……それを言われると辛いところだけど、それでも努力を怠って平然としてる奴は許せないのよ」
「そうねぇ、うーんいっそあの計画実行に移しちゃおうかしら……」
「あの計画って何? 言っておくけど、実家の家業は継がないわよ。刀祢や刹姉、羽磨みたいに霊感強くないんだから」
うん、一会ちゃんは霊感弱い。
羽磨君は無茶苦茶強いけど、双子として生まれてきた際に霊感のほとんどが羽磨君の方に行ったらしくね。
ただそれでも私や刀君の方が強いんだけど、兄妹全てのあれこれを凝縮したものが縁ちゃんに渡ったという感じかしら。
ちなみに私が以前住んでいたアパート、あの瑕疵物件に一会ちゃんを住ませたら3年で精神が崩壊する。
それくらい弱いからね、ゲーム的な言い方をするならバッドステータスに弱い系のバーサーカー。
あの、霊感糞雑魚でも戦闘力だとかなり高いから。
具体的に言うならビーム吐けるようになる前の私が組手の相手として指名するくらいには。
本気で挑まないと思わぬ方法で負けるタイプの相手だったのよ。
「あのね、一会ちゃん。国家公安にこない?」
「……それ、本気で言っている?」
「本気よ。一会ちゃんが今の仕事に心血注いで、並々ならぬ努力をして、そんな仕事にも努力を重ねた自分にも誇りを持っているのも知っている。部下の方々から好かれていなくても、それでもみんな結果を出せる程度には育て上げたのも知っている。そのうえで言っているの」
「……はぁ、冗談半分ならぶん殴って重りつけて有明海に沈めるつもりだったけど本気みたいね。理由を聞いても?」
「まず一会ちゃんの考え方ややり方が世間的にずれている事。努力して当たり前というのは機械のサポートがある現代では受け入れられにくいところがある。だって調べたら大抵のことはわかるからね」
「でも調べるには知識が必要よ」
「それでも、知識を少しでも持っていれば。あるいは知識のあるサポーターがいれば、人は堕落を進化と言い張ることができる。その連鎖の先に破滅が待っていてもね」
「愚かね。それが公安に誘う理由と何か関係があるの?」
「あるわ。公安はデジタルな面も強いけれど、実際はアナログなのよ。この世でデジタルな物ほど不安定で信用できないものはないからね。公安の持っているデータの大半は暗号交じりのフェイク、本命は手書きの書類ばかりでその管理も数十人でひーこら言ってる状態なの」
「へぇ……つまり技術ではカバーできない、根気が必要な作業でありそのための人材確保に難儀していると?」
「実のところ縁ちゃんが公安のシェルター番と並列で管理人やっているんだけどね、名ばかりで公安が封印してるあれこれを防衛している装置の一つみたいになってるのよ。この場合一会ちゃんにお願いしたいのは司書というべきかしら」
「司書ねぇ……」
「ちなみにお給金はこのくらい」
端末の電卓機能でぽちぽちとおおよその見積もりを出してみる。
月々7桁届くかなーくらいの金額は用意できる。
この辺は葉山部長にも掛け合って、いざとなったら伊皿木家全員公安に引き込めないかという話まで来てるからね。
羽磨君と刀君は永久姉の部下として、辰兄さんはスパイ養成のナンパ師部門として。
相応の対価は得られるけど、自由の大半が失われる職場。
私の場合公安所属を隠してフリーのジャーナリストということになっているから気軽に海外に行けるけど、他のみんなはそうはいかない。
だからこそ手厚い待遇が用意されているんだけどね、仕事は無茶苦茶きつい物になるでしょうし。
「……舐められたものね。私をこの程度の額で雇うというの?」
「そういうと思っていたわ」
ぽちぽちっと端末の画面を二回叩く。
「これでどうかしら」
「ふぅん……桁を一つ上げたのね。まぁいいでしょう。その話、検討してもいいわよ」
「そう、ありがとう一会ちゃん。別に断っても文句は言わないし強制もしないからね」
「えぇ、話次第ではそのつもりよ。でも他ならぬ刹姉がそこまで譲歩してくれるんだから、前向きに考えておくわ。ちなみにだけど羽磨とかはどうするの?」
「羽磨君も同じ待遇で迎え入れる事が出来たらと思っているわ。彼の場合永久姉の部下になるでしょうからお仕事は大変だろうけど……」
「あー……それは心底同情するわね」
「そうよねぇ。あ、ちなみにだけど辰兄さんにも声かける予定だから」
「……公安の治安が乱れる」
舌を出してうんざりと言わんばかりの顔つきを見せる一会ちゃん。
そんな彼女は気付いていない。
端末に映し出された8桁に見える数字、その末尾に書かれた0の隣に小数点がうたれていたことに。




