ダンジョン
ダンジョン、この言葉が迷宮などの意味として使われるようになったのは1900年代。
主にTRPGなどのファンタジー作品においてプレイヤーが踏破するべき場所として用意されたエリアのことを指す。
その実、正しく和訳すると地下牢という意味になるのだけど……ここは正しくダンジョンだった。
「右見ても左見ても、空っぽの牢獄ねぇ……」
長い一本道の先にあったのは中に誰もいない牢屋、白銀の塔を思い出させるけれどもっと空虚な感じがする。
なんていえばいいのか……寒々しい?
誰もいない牢屋というのは意味を成していない、そこに閉じ込められる者がいて初めて存在意義を成すはずの物ががらんどうとなっているのは控えめに言って気味が悪い。
明鏡止水の状態でも牢屋の中には誰もいないことがわかる。
それが逆に恐ろしい。
まるで街中に忽然と置かれ、しかし使われることのない断頭台を見ているかのような気分。
誰が、どのような目的で、そういったフーダニットやハウダニットをいやでも想像させられてしまう。
これが現実ならばまだ映画の撮影などの逃げ道は用意できたかもしれないけれど、ゲームだからね……。
最初の頃のように罠もなく、延々と続く牢屋。
そこに何かしらのdo it.を求めるのなら、これしかないと思えてくる。
「脅し……なのかしらねぇ」
最初が知覚の試練だとしたら、これは精神的な試練。
そう考えるのが妥当かもしれない。
これだけ閑散とした、そして人気のない牢屋が続くのを見せられて何を想像するか。
狭い穴倉に潜り込んでしまい、ひたすら進むことしかできず、その先も見えない状態の人間が想像するのは閉じ込められる事。
脱出できず、手助けを求める事も出来ず、孤独に死んでいく様……それを一本道と牢屋だけで作っているのだから大したものだ。
まぁ、私の場合力尽くで逃げ出せるから大した恐怖心は抱かないけど。
お腹減ったら鉄格子でも食べればいいかしら、美味しい物じゃないけど食べられないことはない。
なんならとある国で捕虜になった時は土を食べてたわ。
あれはミネラル豊富で美味しかった。
「んー、骨くらい転がっていてもいいと思うんだけどなぁ」
牢獄エリアは本当に何もない。
モンスターも出てこないから精神的に弱い人だと本当に心細くなるでしょうね。
「ん? 出口かしら」
しばらく歩いていたが一筋の光が見えてきた。
誘蛾灯に引かれるかのようにふらふらとそちらに向かい、そして直感的に邪悪結界を発動させる。
レオンやアイゼンの上司にして、アイゼンすら手こずるというダンジョン。
さらには入口に仕掛けられた聖水の数々。
それが意味するのは、悪魔に特化した仕掛けが施されている可能性。
「……やっぱりというべきか、それともまさかというべきか、迷うところよね」
部屋全体が聖属性のエリアになっている場所に出たのだ。
邪悪結界がじりじりと削られていく感覚、とはいえ九尾になったことで相当に強化されている今やすやすと破られるものではないけれど、通常時と比べると倍くらいの速度で結界の残り時間が減っていっている。
相当に強力な、それこそうずめさんが求めていた神様系種族並の聖属性。
天使やその派生形程度じゃ、ここまでの力は発揮できない。
「悪魔とは宗教戦争に負けた神々の成れの果て……だったかしら。その中でも最も強力な七つの大罪にあてはめられた悪魔の王達、そのうち2つは同一存在とされ、そして裏切り者の天使……ルシファー、あるいはサタン。なるほど傲慢と憤怒の系譜が強いわけだわ」
どちらも同一の存在であり、宗教戦争の敗者とは違い神話の中でのみ語り継がれる存在。
つまり人間の歴史に介入していない、人間の戦争で姿形を変えなかった、おのれの意思のみで神に背いた悪魔ならそりゃ強いでしょう。
まぁここは暴食のパンデモニウム、そういうメタな視点で見るとわかりやすいわね。
暴食の大罪悪魔はベルゼブブ、蠅の神とされているけれど大本はバアルゼブブという豊穣の神様。
水は作物の成長に欠かせず、神の力を持った水という事で入口の聖水。
食料を得られなければ人は死絶え、そしてどんな巨大都市でも住民はいなくなり、最後に残るのはがらんどう。
故に誰もいない牢獄……と言いたいけれどこれはこじつけかしら。
まぁ考察なんて大体こじつけなんだけど。
ともあれ、最後にこれだけ強力な聖属性エリアとなれば神様としての本領発揮と言ったところかしらね。
まったくもって、反則よねぇ。
なにせ悪魔にとって文字通り天敵である神様が悪魔に堕ちる前の力を持ちながら王として健在。
力試しを称してダンジョンを用意した意図はわからないけれど、弱点を狙った攻撃ばかりできる。
そりゃ大公級悪魔だろうとも苦戦するわ。
まったく、このルールを作った化けオン運営は意地が悪いわね。
刹那さんを閉じ込めると牢屋が無くなるぞ(物理的に)。




