オーベッド・マーシュ
「お味はいかがです?」
「独特な風味ですね。これは……イカでも使っているんですか?」
「惜しい、隠し味にイカ墨のピューレを使っています」
「あぁ……どうりで」
とても生臭いケーキを齧りながらクリスちゃんの授業が終わるのを待つ。
コーヒーと思って口にしたらイカ墨だった、どこまで墨を押すのか逆に気になってきたわ。
「先んじて話しておけることはありますか?」
「そうですね……お嬢様の生活態度などはいかがでしょう」
「クリスちゃんの私生活ですか。よく言うなら元気、悪く言うなら破天荒でしょうか」
「お変わりないようですねお嬢様は」
まぁ……アメリカで暇してた頃よりはおとなしいんじゃないかしら。
あの子暇与えるとシベリアまで虎狩りに行くから。
それをやめさせたいフィリップスさんがちょくちょく私を呼びつけて、そのたびに模擬戦してたっけ。
私は完全武装でいいって言われたけど、クリスちゃん相手なら素手の方が戦いやすいのよね。
あの子の場合銃口向けたら既に回避してるから飛び道具は意味ないし、ナイフとかの武器もっていると当然のごとく腕を潰しに来る。
なら武器を手放す暇を捨てて素手で挑んだほうが幾分か勝機があるのよ。
「あれ、刹那さんお帰りなさい」
「あ、クリスちゃん授業お疲れ様。帰ってきたらお客さんいたからびっくりしたわ」
「NYAINにメッセージ送っておいたんですが見てませんか?」
「え? ……ごめん、埋もれてた」
メッセージや着信が700件超えてたわ。
仕事と、各国の知り合いからの定期連絡と、悪友たちからのお誘い。
ふむ、気になるのは今後化けオンでギルド戦が実装されるという内容。
私はどこにも所属していないけれど、ギルドは1人から作れて5人以上集まれば拠点を持つことができる。
そんな最低5人スタートのギルド同士の戦争系イベントがギルド戦、内容は相手の拠点を潰す制圧戦から、全滅を目指す殲滅戦、それぞれの拠点にあるアイテムを奪い合うフラッグ争奪戦など様々。
司馬さんからそのギルド戦に出たいからギルドを組まないかという連絡があったわ。
どうやらこの前防衛線に参加してくれたテンショーさんに、ロッキーさんとリルフェンさんのユグドラシルメンバーの2人も参加予定らしい。
これで5人ぴったりということで同意する内容を送り返しておいた。
「えーと、それでクリスちゃんの今後についてですが……一度本国に帰るというなら止めませんけれどバイトの件とかあるので定期的に日本に来てほしいんですよね。電子の報告書は流出の恐れがあるので手書きの書面でお願いしたいんです」
「ふむ、必要とあれば連れ帰れとは言われていますが無理やりにとまではいわれていません。そうですね、年末年始の帰省くらいで問題ないと思いますがいかがでしょう」
「私はいいけどさ、オーベッドさんお父さんたちにそれ説明できます?」
「まぁこれでも右腕と呼ばれる立場にありますからね、お嬢様の譲歩を引き出したと言えばなんとでもなりますよ」
オーベッドさんというのかこの半魚人っぽい人。
フィリップスさんの右腕というならさぞかし有能なのだろう。
向こうが納得する最低限のラインを譲歩で引き出したと説明するのも上手いやり方だとおもう。
「じゃあそれでお願いねオーベッドさん。あとはなにかあります?」
私とオーベッドさんを交互に見るクリスちゃん。
ふむ……大人としての立場からだといくつか話しておきたいことはあるわね……。
「オーベッドさんでいいかしら。とりあえずクリスちゃんの処遇は決まったとみて、今後は定期的にそちらに連絡するようにします。テレビ通話でいいですか?」
「そうしていただけるのならとても助かります」
「クリスちゃんはもちろんですが、私や他の同居人も立ち合いで報告をするという形で。基本的に毎週日曜日の夜9時でどうでしょう、そちらは早朝かと思いますが」
「問題ないかと。改めてご連絡させていただきますがおそらくフィリップスも納得するでしょう」
「あと問題起こしたら日時関係なく連絡します。アポとは言えませんが事前に連絡して時間作れないかの確認はしますけどね」
「ご配慮感謝いたします」
「私からはこんなもんですね。オーベッドさんからは何かありますか?」
「フィリップスからこれを預かってきました。お嬢様個人で使える分はカードとして渡していると言っていましたが、生活費のことまでは気が回っていなかったと。自由にお使いくださいとのことです」
差し出されたのは一枚の封筒。
中を見てみると黒光りするカードが……うわぁ、ブラックカードだ。
「あの……さすがにこれは……」
「お気になさらず。私が滞在した事で家に臭気が染みついてしまったでしょう。建て直した方が早いと思いますのでどうぞ使ってください。どうせうちの社長のポケットマネーだから問題ないですよ」
「えぇ……いいんですか?」
「いいんじゃないですか? 最近お嬢様と連絡とれないと晩酌のし過ぎで奥様に怒られっぱなしですし」
「というかお父さん毎日朝昼晩と電話かけてくるから面倒なんですよね……だから無視してたらお母さんがオーベッドさんを送り込んできて……」
「うん、だいたいフィリップスさんとクリスちゃんが悪いというのはわかったわ。というわけでこれはありがたく使わせていただきます。もちろん無駄遣いだと思ったらこちらに請求まわしてください」
「ご安心を、私に一任されているので全てフィリップスに投げておきます」
オーベッドさん、なかなかしたたかな人ね……仲良くしておいて損はなさそう。
その後はイカ墨尽くしのメニューを片手に雑談をしてクリスちゃんの三者面談は終了。
オーベッドさんは帰っていき、逆に帰ってきた祥子さん達がすごく顔をしかめていた。
……今日は外泊かしらね。
「そういえば化けオン運営の防衛装置発動した?」
「しましたが大丈夫だと思いますよ。オーベッドさんはじめとしたうちの従業員はその手のものに耐性がありますから。社員研修では対ガス訓練とかありますし」
「どんな会社よ……」
「普通の出版社です」
恐ろしい会社があるものね……。
タイトルはインスマス面のフルネームです。
出版社の名前はオータムかな?




