身から出た錆
6人を源泉に投げ込んで、私とうずめさんと猟師さんも飛び込んでから公安に帰宅。
みんなぐったりしてたけど喜びなさいよ、混浴だぞ。
着衣だったけど。
「というわけで伊皿木刹那、任務を終えて帰還しました」
「ご苦労様せっちゃん、それでそちらの方々だけど……」
「「「「これ以上の訓練をというのであれば辞表を用意させていただきます」」」」
「一週間以上人里離れて女が恋しいので風俗行ってきていいですか?」
「俺酒飲みたいから居酒屋行きたい、風俗行ってから飲み明かそうぜ」
スパイ二人が相変わらず人外じみた精神力しているわ。
なかなかどうして、肝が据わっているというかなんというか……。
まぁ単身他国で身分を偽り、情報をこっそり抜き取って、時と場合によっては即座に死にかねない状況に置かれる。
そんな生活を余儀なくされる職業だからこそこの程度は乗り越えられるのかしら。
でもそういう意味では自衛官も警察官も命がけの仕事、この違いは多分……死がどれほど身近で理不尽なものかととらえている一般職の4人と、甘美で良き隣人であるものととらえている2人の違いかしら。
物事のとらえ方とでもいうべきなのか、意識の違いで結構感覚って変わるのよ。
私が勤め人だった頃同伴したジャーナリストやカメラマン、その他スタッフは結構な頻度で退職していった。
それは何度も危険な目に遭ったというだけでなく、文化に触れるときの感覚もあったんだと思う。
危険な目に遭うのが怖いと思うのは当然のことだけど、それを受け止められなければ真っ先に退職。
受け止められてもいずれは押しつぶされることになり退職。
危険をスリルと取り違えた人ほど長続きした。
けれど今度は文化交流、異文化ともなれば普段口にしないものを食べる事もある。
持参した食料だけで何週間もジャングルやら秘境やらに滞在するのは限度がある。
いずれその土地独自の食料を口にする日が来るけれど、それを苦痛と思うならやっぱり即退職。
慣れると言い張るならば、それもいずれ限界が来る。
楽しいと思えて初めて続けられる仕事だった。
だから自衛官も警察官もスパイに劣っているのではなく、むしろ生物として本能的に優れているからこそ死を忌避している。
それゆえの拒否。
対するスパイ二人組は死を甘美なものとして、そして肩を組んで歩く友人のような存在として認識してしまっているのか危機感がない。
だから命懸けだろうと、それを楽しいと思い込んでしまっているからこそ続いているのだろう。
長生きはできない、けれど間違いなく波乱万丈で楽しい人生。
どちらがいいとは言わない、言ってはいけないけれど、人間はここまで壊れられるんだなという見本ね。
「皆さんは今日はこのまま解散してくださって結構です。これは公安からのボーナス、各部署からも許可を得たものであり、同時に税務申告の必要ない収入です。家族サービスに使うもよし、そちらのお二方のように……ふ、風俗……に行くもよし、1週間ほど羽を伸ばしてください」
うん、風俗に言いよどむ祥子さん可愛い。
そんな可愛らしさは私には残ってないけどね!
辰兄さんのせいでそういうお店に慣れた、毎日3人から5人のデリバリーなお嬢さん方がきてたし、学生時代は勝手に制服を使ったプレイをされたこともあった。
いうまでもなく、〆た。
結果的に10代の頃に男性に対する忌避感が最大限になり、同時に夜のお仕事に対する偏見は消えた。
そりゃ涙目で辰兄さんにお願いされたからと言われたらね、それが嘘であれ真実であれ、可愛いお姉さんの言う事と辰兄さんの言う事どっちを信じるかという話。
社会人になってからは海外でのお仕事でそういう話が結構あった。
要するに「一晩相手してくれたら何でも話すぜ」みたいな人。
そういう人は現地の高級店をあてがって情報を貰うか、無理やり襲い掛かってきたら死なない程度に痛めつけてお話聞くか。
接待費と治療費どちらがいいかを選んでもらってたわね。
「あ、スパイのお二方は今後も引率かねてこの特訓にお付き合いいただきます」
「吐きそう」
祥子さんの言葉にスパイAがげんなりとした表情で答える。
「また源泉で混浴してあげますよ。今度は水着で」
「反吐が出る」
どういう意味だこらスパイB。
「ともあれお疲れ様でした。レポート提出だけ忘れないようお願いしますね」
その言葉に一同が敬礼をして返す。
ふぅ、これで一段落かしらね。
「あ、伊皿木さんも飲み行きません? 一緒に来てくれるなら風俗は後回しつか後日にするんで」
「そうそう、うずめさんもご一緒にどうすか? おごっちゃいますよ?」
レポートと化けオンはどのくらいに着手しようか、そう考えていた時不意にこちらに視線を向けてきたスパイ二人に声をかけられた。
うずめさんは小難しい話はごめんとばかりにソファーで縁ちゃんの膝枕で寝てたけど、ご飯おごりと聞いて飛び起きた。
その動きは素早く、縁ちゃんでなければ顎に頭突きをかましていただろう。
あるいは、私相手だったら胸にあたっていただろう。
自分の胸元をさすりながら闇落ちしている縁ちゃんはさておき、祥子さんに視線を向ける。
「行ってきていいわよ。せっちゃんも今日は休んでもらうつもりだったから」
「じゃあお言葉に甘えて!」
「ひゅう! さすが、話が分かりますな!」
「美人二人と食事とか最高だな!」
ハイタッチをするスパイ二人、その狙いは私とうずめさんを酔い潰して口説き落とせればそれでよし、さもなくばキャバクラ代わりに安く済ませようという魂胆だろう。
どちらに転んでも損はない、そう思っているのならまだまだ甘い。
ここは、ちょっと社会の厳しさというものを教えてあげる必要があるわね。
そう思ってから2時間。
「……すんません、もうお金ないです」
「許してくださいなんでもしますから……」
「えー、まだまだいけるでしょ。ほらジャンプしてみなさいよ」
「まだ食べ足りないし飲み足りないです」
「やっぱりこの人たちおかしい!」
「こういう時は参拾六計逃げるに限る!」
「遅い」
「残像だ」
「もうやだー!」
「たすけてー!」
二人の悲鳴が木霊する中、私達はスパイを引きずりながら次のお店へと足を運ぶのだった。
まぁさすがに可哀そうだからそれ以降のお店は私とうずめさんがおごったけどね、スパイ2人が今日貰った特別ボーナスは全部吹っ飛んだわ。
後先考えないからこうなるのよ。
スパイ二人は強靭な心の持ち主というよりは狂人ですが、狂うとかそういう概念の外にいる上位者には勝てなかったよ。




