麓の村
みんなが遺書を書き終えたところでちょうど麓の村に到着、私もちゃんと書いたわよ?
墓前と仏壇には毎日満漢全席を供えてほしいって。
あとは遺産の分配だけど今後結婚する予定のある刀君に全部あげると。
間違っても辰兄さんには1円も渡さず、私が持っている不動産とか出版権とか著作権とかそういうのは家族で話し合って決めてほしいと。
むろん辰兄さんは抜きで。
うん、ここまで言ってなんだけど辰兄さんのことは嫌いではない。
嫌いじゃないんだけど、あの人お金とか資産持ってると全部女の人に使うから渡せないというだけ。
毎年億単位の金額を宝くじで当てて、更に数千万をギャンブルで手に入れて、その全てを女の人に使い込む男だからお金周りは一切信用していないだけ。
豚に真珠とは言わない、ちゃんと経済回しているだけまだましだけど……そろそろ懲りてくれないかしらね。
週4回女の人に刺されて、更に週3回男の人に刺される、そして多額の慰謝料だのを支払う羽目になる人だから。
一度お父さんたちと話し合って座敷牢に入れたこともあったけど、3日目で禁断症状起こして身分証持ってローンで女の人のいるお店に行った。
あれはもう、私の食欲以上に異常だと思う。
縁ちゃんが一番強く鬼の力をひいているとしたら辰兄さんは鬼の欲望を一番色濃く受け継いでいると思う。
それと私が持っている蔵書は妹の一会ちゃんにあげることにと記載しておいた。
一会ちゃん、うちで一番鬼の血が薄いと言われている子。
なんというか……自意識過剰というかすごく傲慢なところがあるんだけれど、それに見合うだけの努力をしている。
テストで満点取って当然でしょ、運動や仕事なんてできて当たり前、できない奴が悪いし努力不足だと切って捨ててしまうタイプ。
でもその裏で朝3時から5時までランニングして、ご飯はちゃんと30回噛んでから飲み込む、暇さえあれば勉強をしているから浮ついた話は一切なし、辰兄さんと縁ちゃんのことを憎むレベルで嫌っているところがあるくらいかしら。
自由人すぎる辰兄さんと縁ちゃん、しかもどちらも努力抜きで優秀だから毛嫌いされるのも致し方なしとは思うけど……まぁ表には出さないから何も言うまい。
弟の羽磨君には私秘蔵の武器コレクションをあげることになっている。
アメリカにね、専用の武器庫もっているのよ私。
古今東西の銃とか剣を集めたコレクション、クリスちゃん関連のお仕事の報酬に貰った。
今でも時々漫画家さんとかがモデルに見せてほしいって言ってくることがある。
売れば一財産になるし、自分だけなにももらえないと周囲に嫉妬する弟を見るのはなかなかつらいから……。
羽磨君、いい子なんだけどね。
ちょっと自己評価が低いだけで、双子の姉にあたる一会ちゃんと合わせて割ればちょうどいいのかなと思うけど……。
そんな一会ちゃんは普通の会社勤務、入社2年目にして早くも課長になり上がっている。
対する羽磨君もいろいろ頑張っているのか主任として一会ちゃんの右腕として働いている。
……まぁ、双子で揃って同じ会社というのはどういう偶然なのか必然なのかは置いておこう。
「さて、ここがこれから1週間生活してもらう村です。といっても基本的に山に籠っているから下りてくることはないでしょう」
「村……日本なのここ?」
「日本ですよ」
ちょっと背後で、間もなくクリスマスという時期にオオスズメバチ、リアル雀サイズのそれと火炎放射器で戦っている奥様がいたり、山から下りてきた男性が車も両断できそうな大きな剣と熊の死骸担いでいるけど……うん、英国で滞在させてもらった集落に比べたら普通ね!
あの集落はなんか知らないけど手が四つある熊とか、足が8本ある馬とか、耳の長い美形とかいたから。
あの馬と熊は美味しかったなぁ……。
「で、この山は銃火器で死ぬような生物はほとんどいません。あのスズメバチすらもナパーム式テルミットでようやくだそうです、玩具はここに置いていきましょう」
「いやいや……貴女が人間辞めてるのはさっき見たのでまぁいいです……いやよくないけど、そんな馬鹿な話があるわけないじゃないですか」
「んー、じゃあ試してみますか。すみませーん、そこの熊担いでる旦那さーん」
「おーう、あんたこの前山に籠ってたな。俺ら猟師以外ではいる奴なんざ珍しいから覚えてるぜ。どしたよ」
「その熊、ちょっと撃たせてもらえませんか?」
「お、肉叩きの手間が省けてちょうどいいな。やってくれや」
「ありがとうございます。というわけで桜庭さん、その小銃で熊撃ってください」
「はぁ……」
訝し気に首をかしげながらも、しっかりとした動作で地面に下ろされた熊、推定200kgに向けて銃を構え、そして引き金を引いた。
甲高い発砲音、そしてコツンという地面に鉛玉が落ちる音。
毛皮に阻まれ、その皮膚を傷つけることなく地面に落ちた弾が転がっている。
唖然とした様子で立ちすくむ桜庭さん、それを見てか他の人たちも唖然としているが私が合図を出すとすぐに従って銃を取り出し熊を撃ち始めた。
うんうん、この短い時間に上下関係を理解してくれたみたいね。
まぁその全ての弾丸が熊の腹部、肉球、口内、眼球といった柔らかいであろう場所にあたったが……近代兵器の敗北に終わった。
「ふむ……やっぱ銃じゃ肉は柔らかくなんねえな! かえってじっくり叩くとするぜ!」
「お時間いただきありがとうございました」
「いいってことよ! 帰りにでもうちに寄ったら熊鍋食わせてやるからな!」
「本当ですか! ご馳走になります!」
ひゃっほう!
楽しみが一つ増えた!
意気消沈している修行組の方々は無視してさっさと荷物置き場に行きましょう。
そしたら山籠もりスタートよ!
村人はみんな山の動物や鉱物、樹木などから作った鎧と武器を持っています。
なお第三次世界大戦後という設定ですが、その時代においてなお成人の儀式があり変形武器と銃だけで山に籠り1週間過ごす事ができなければ成人と認められません。
かねてより血を恐れたまえ。




