マナーは大切
「酷いです刹那さん」
「ほんとすみませんでした!」
すっかり忘れてしまっていたクリスちゃんに土下座をかます。
うん、出店にあったご飯がどれもおいしくてつい忘れてた……。
まぁ化けオン運営の飯テロ出店は早々に店じまい、他のお店やお客さんから感謝の言葉とお気持ちという事でおごりご飯を頂いたのだけど、嘔吐してグロッキーだったクリスちゃんはジュースだけ飲んでた。
今送風機でシュールストレミングとかの匂いを海上に向かって押し流しているからもうしばらくしたら落ち着くと思うけど、外に出てくる人はほとんどいない。
また一度外に出た人は会場運営に渡されていた化けオン運営特製香水の匂いも一瞬で除去、軍用犬の追跡もかいくぐれるスーパー消臭剤を全身に浴びてからでないと再入場できないという惨状になっている。
……本格的にイベントの邪魔してるわね、化けオン運営。
公安の方に連絡入れたら今後一切化けオン運営の出店は許可しないとの方針で決まった。
ついでに参加に際しても1年前に事前申告しないと受け付けないという方針にもなった。
要するに、これから1年はこの手の催し物に参加できないという事。
いやぁ、しばらくは安泰の日々かしら。
「はぁ、匂いも消えてようやく少し落ち着いてきましたよ……」
「ジュース、おかわりいる?」
「いえ、そろそろ普通にお腹減ってきたので何か食べたいです」
「じゃあ……これなんかどうかしら、シジミの味噌汁。二日酔いにいいって言うけれど、気分が悪い時でも飲みやすいのよ」
「あーいいですね汁物。うん、それ食べたいです」
「じゃあ買いに行きましょうか」
今ならすいてるしね、みんな早く中に避難したいのか行列作っているし、出店に並んでいる人も少ない。
阿鼻叫喚だったから食欲は失せているんでしょうね。
もし売り上げが伸び悩んでいるなら私が食べつくすというのも考えるべきかもしれないけれど……うーむ、がっつり化けオン運営にお金流しちゃったから今月の出費いつもより多いのよね。
お財布管理してる祥子さんに怒られるのは覚悟しておきましょう。
こんなくだらない事で赤字抱える他ゲームの運営さんや、会場運営さんが可哀そうだもの。
幸い公安に勤め始め、そしてボーナスの出るお仕事を抱えている私はお金がある。
なんなら今回の出費も上手く言いくるめれば経費として扱われるかもしれない。
……上司の祥子さんがイエスというかどうかが問題で、更にその上にいる人が良しとするかどうか、厳しい審査があるけどね。
そりゃ国民の血税だから無駄な使い方はできない。
だから正直なところ経費で落ちなくてもいいのよね、私としては血税としていただいたお金がお給料になって、そのお金で経済を回している、その循環ができているなら問題なし。
むしろ私達みたいな立場ならお金はどんどん使うべきだと思っている。
……まぁ、お金持ってない時とか職業とか関係なく毎月の食費はすごいことになってたけどね。
仕方ないから胃液の分泌抑えて食事の量を減らしてた。
今はその辺遠慮なく食べられるのがうれしいところだわ……。
「刹那さん、どうしました?」
「いえ、最近ご飯いっぱい食べられてうれしいなぁって思ってたのよ」
「いつもいっぱい食べてるじゃないですか」
「そうなんだけど、遠慮なく食べられるって言うのは幸せよね。飽食の時代とは言うけれど、それでもこんなに食べられるというのはいい時代よ」
「なんか年寄りみたいですね」
「ふふ、クリスちゃん?」
にっこり笑顔、私もお年寄り扱いは怒るわよ流石に。
「あ、あの……」
「はい?」
不意に、背後から声をかけられた。
カメラを持った男性、人の容姿にどうこう言うつもりはないけど顔立ちそのものは整っているというか、骨格的には結構な色男だと思う。
けど骨が浮き出るほどに痩せている姿、見るからに不健康そうに見えるそれは昨今問題になっているVOT症候群。
端的に言うと運動不足の発展形で、VOTの中で生活するから極端に体力が少なく、食事量も最低限故に肉もつかない、そういうやせ細った枯れ木のような姿。
長い髪はぼさぼさで手入れをしているようには見えないし、着ているコートも埃で白くなっている。
「なんでしょう」
「ぼ、暴食さんと水色の悪魔さんですよね。化けオンの有名人プレイヤーの……」
「あ?」
「お?」
クリスちゃんと共に額に青筋が浮かび上がるのを感じる。
正面きってとはいい度胸だ……。
「しゃ、写真いいですか? いいですよね! というかとりますね!」
「肖像権の問題から拒否させていただきます」
「ゆ、有名税ということで!」
カシャカシャと一眼レフを模したカメラが音を立てる。
迷惑行為ここに極まれり、マナーというか法的にNG行為なのよねこれ……。
「データを消していただけないのであれば、こちらも実力行使にうつりますよ」
「ぼ、暴力ですか? ふひっ、そ、そんな脅しには屈しないですぞ……」
「んー、じゃあこうしましょ」
胃液を過剰分泌!
さっき食べたご飯を全部消化して……そしてお腹の奥に流し込む。
これで空っぽになった胃だけど、まだまだここから。
さらに胃液を分泌して胃を満たす。
あとは人間ポンプの要領で……。
「プッ」
適量口内に持ってきた胃液を吐き出す。
「う、うわぁ!」
シュウシュウと音を立てて溶けていくカメラ、まぁプラ製品くらいなら余裕で溶けるわ。
金属だともう少し時間かかるけどね。
これ、胃が荒れるしお腹すくし、見た目的にも気分がよくないからあまり使いたくないのよね。
人に向かってやると大惨事だし。
「次は、身体に直撃させますよ」
「ひぃ!」
「あ、これも没収」
腰を抜かしている人の横に移動していたクリスちゃんが携帯端末をもてあそんでいる。
多分今の一瞬でスリ盗ったんでしょうね。
こういう技術に長けているからリアルシーフとか言われるのよこの子、アメリカン忍者なんて通り名もあったわね。
私はリアルモンスターとか、ミスグラトニーなんてあだ名なのに……。
ま、こういうイベントには迷惑カメコもわくのね。
前時代に絶滅したと思っていたけど……ゲームで有名になるというのも面倒ね。
というか有名税とかそんなものはないし、あってはいけないものよ。
まったく、ルールとマナーを守って楽しく撮影を!
刹那さん新技、なんでも溶かす胃液。
作者の胃を溶かすのはやめてください死んでしまいます。
ちなみに王水を飲んでも胃が荒れるだけの刹那さん、ぎりぎり王水よりは弱いです。




