刹那さん人間やめるってよ
ログアウトして現実に戻ってきたわけだけど……。
「なにこれぇ……」
第一声疑問符。
いやいや、私と同じ立場になったらみんな同じ反応すると思うよ。
今日は自宅でお仕事の日だったからラフな格好でログインしてた。
空調完備の最新鋭VOTだからというのもあるけど、ちょっと薄着だったのよ。
具体的には寝間着、もうちょっと具体的に言うなら知り合いから貰ったネグリジェ。
もちろん透けないやつなんだけど、そこから伸びる色白が自慢の手足に黒い文様が浮かんでいた。
まるでゲーム内で悪魔がバフのために刻むようなのが。
擦っても消えないし、超回復してみてもそのまま。
むしろ超回復したら触手のようにうぞぞぞって登ってきた。
端的に言って、すごく気持ち悪い。
「えぇ……?」
「どうしましたー? って、なんですかそれ」
「クリスちゃん……ゲームしててログアウトしたらこうなってた」
「えぇ……今度は何やらかしたんですか?」
「何もしていないんだけど……」
「うずめさーん、ちょっと刹那さんがおかしいです」
「せっちんがおかしいのはいつもの……っておい!」
クリスちゃんに続いて入室してきたうずめさん。
一目私を見て目を見開いていた。
しかもいつになく厳しい口調でつっこみ入れてくるあたり、結構大事なのかしら。
「これって……えぇ? 地獄の……でもせっちん生きてるし……いやでも鬼の遺伝子持ってるから……親和性的には……いやいやきっかけが……」
「うずめさん?」
「せっちんほんとにゲームしてただけ?」
「はい」
「ゲームで何やってた?」
「録画みます?」
私の言葉に深く頷くうずめさん。
動画を見ている間私とクリスちゃんはコーヒーブレイクしながら公安に電話かけて精密検査の要請をした。
ついでに永久姉にもアポとって万全の構えだったりする。
あとお腹が減ったから冷蔵庫の中身を片っ端から食べて行ったんだけど……おかしいな、いつもなら腹八分目くらいまで行ける量の貯蓄があったのに足りない。
まだお腹が三割も満たされてない感じがする。
むしろ食前食って感じで、食欲が増してる気がする。
「全てわかった! せっちんは鬼になる!」
「な、なんだってー」
とりあえずお約束通り叫んでおく。
いや、鬼になるといわれてもなぁ……。
「で、冗談はさておきどういうことです?」
「んー、せっちん鬼の家系って言うのはご存知の通りなんだけどさ。地獄と鬼って結構縁が深いのよ。で、ゲーム内で地獄と合一化した結果せっちんの中で眠っていた鬼の遺伝子が活性化してる」
「活性化……でも鬼の魂とかそういうのはもう飲み込んだと思うんですけど」
「それはあんまり関係ないかな……肉体的な問題。その刺青みたいなのは鬼の力が具現化したものとでもいうべきか……ぶっちゃけた話人間卒業おめでとう」
「人間卒業……?」
「うん、せっちんもう人間と言い張れないくらい人間やめちゃってる。この世とあの世の狭間にいたせっちんが、完全にこの世ならざる者となった感じかな。いわゆる神様とか妖怪みたいな部類に」
いまいちピンとこないけど……神様とか妖怪の部類ねぇ。
この刺青みたいなのが?
温泉やプールに入れなくなることは問題だけど、何か不都合あるのかしら。
「どうにかできないんですか?」
「せっちんは焼いたお肉を生肉に戻せる?」
「食べて消化して肥料にして次の肉を育てるための草木を育てるという意味でなら」
「そういう事。せっちんが子供を産んだとしてもその子はちゃんと人間で生まれてくるけど、せっちんは人間に戻るの難しいかなぁ」
「えぇ……何か不都合あったりします?」
「人間社会が窮屈になるだけだね。といっても、今までも大概かな」
「……それって、取材に行くのが楽になると考えても?」
「まぁ考えようによっては。今のせっちんなら太平洋くらいなら着衣水泳日帰り往復くらいはできると思うよ」
「うーん、それでも人間やめるというのはちょっと……あ、じゃあこうしてみましょうか」
取り出したるは運営さん作成の誰でも才能がわかるお薬、DSW薬。
パクリと飲み込んで、トプンと水に沈むような感覚の後魂の象徴として目に映る炎とご対面。
いやぁ、お久しぶり。
とりあえずいつも通り貫き手ぶちかまして、中を覗きながら不純物っぽい物。
こう、燃え盛る炎の中で黒く渦巻いているなにかを掴んで引っ張り出す。
ちょっと抵抗を感じたけど強く握ったら大人しくなったからヨシ!
炎の中から引っ張り出した黒い渦、見れば見るほど禍々しいというか、人間の中にあっていいのかと疑問に思うような物体。
さて、どうしようか……これを抑え込めばいいと直感が教えてくれているんだけど……。
抑え込む、それでいて魂に影響を及ぼさない……食べるか。
ダメだったら炎の中にまた出てくるでしょうから、もう一度引っこ抜いてから考えよう。
「……豆腐を味付けなしで食べてるような感じね」
端的に言うと醤油が欲しいところ。
あ、でも口の中でぱちぱちはじける感じとか、ジョロキア食べた時のような衝撃がきた。
味の変化があるのは面白いわね……ふむ、今度はシュールストレミングより強力な腐臭。
続けざまに襲ってきたのは煙草を数倍に濃縮したような苦み。
お、これは咥えたC4爆破された時の衝撃に似てる。
うーむ、なかなか楽しい七変化だった。
炎を見ると中はまっさらに奇麗な状態、今まで通り武道の稽古着とかメダルとかが映っている。
よし、リアルに戻ろう。
「ただいま戻りましたー」
「せっちん……なにやったの?」
「いやいや、お薬でちょっとトランス状態で魂と交信を。あっ、刺青」
手足を見ると刺青はそのまま残っていた。
困るなぁ、どうにか消せないかなぁと思ったらシュルシュルと蠢いて、最後にうなじに移動していった。
鏡を見てみるとうなじのところに歪んだ星の形で模様が残ってる……うーん、完全には消えてくれないか。
でもまぁ、これなら小さいし位置的にも目立たないわね。
チョーカーしてれば隠せるし、温泉に入る時も髪の毛で隠せる。
ちょっと試しに力を入れてみようと思ったらまた紋様が展開して両手足に刺青として広がった。
ほほう、手足みたいに動かせる。
「で、どうですうずめさん」
「うん……まぁ、ギリ人間の範疇に戻ってきてるかな。不可逆なはずなんだけどお姉さんびっくりだよ……」
「そうなんですか? んー、でも今後は地獄エリアで明鏡止水はやめた方がいいのかな……」
「いや、そこまで使いこなしているならいいんじゃないかな。というか非人間性をどうやって抑え込んだの?」
「食べました」
「は?」
「食べました、こうぱくりと。そしたら口の中で味が七変化して、恐ろしく苦かったり甘かったり臭かったりと、なかなか美味しかったですね」
「……人間の根源的な欲求である食欲によって非人間性を閉じ込めた? え? そんなのできる存在ってもう人間やめてるんじゃ……いやいや、でもげんに……あぁ! せっちんは人間じゃないんだ!」
「失礼な、人間卒業しかけていたといわれましたけど不可逆を可逆にした今人間ですよ」
「あたしの知ってる人間ってさぁ……もっとこう、脆弱だと思うんだけど」
「人間舐めんなってやつですかね。ほら、うずめさんだって人間だけどあの山で修行できますし、明鏡止水の境地とか色々見つけてるじゃないですか」
「……うん、まぁ、もう、どうでもいいや」
「投げやりですね……」
「うん、いろいろ言いたいけどせっちんが鈍いってこととあほのこなんだなってのはわかったから。だから早く着替えてお仕事行ってくるといいよ」
「あ、そうだった、公安行かなきゃ」
サラッと鈍いとかあほのこって馬鹿にされた気がするけどいいや。
今は早く公安に行って検査受けて、永久姉とお話しして、あと久しぶりに祥子さんに癒されよう。
あとこの動く紋様っていうびっくりかくし芸を見せたら祥子さん驚いてくれるかな。




