港の倉庫
大陸に下り立って大きく伸びをする。
うーん、潮風が気持ちいいわ。
「フィリア様、こちらへ」
「へ?」
ケリーに手を取られ、交易品などをチェックしている列から外れて倉庫のようなところへ案内される。
んん? 倉庫?
「どこに連れていくの?」
「申し訳ありません。お答えできかねます」
「それは……私に話せないことなのか、公に話せないことなのか、どちらかしら」
「後者です」
「そう」
ふむふむ、人がいるところでは話せないという事ね。
なら……まぁおとなしくついていくのが吉かしら。
ケリーは馬鹿じゃない、というかその時々の機微を見てうまく立ち回ることができるタイプ。
身近な人だとクリスちゃんに近いのかしら、あの子も要領よく立ち回るタイプだから。
そんなケリーが、人目を忍んで動くというならそれ相応の意味があるはず。
だから倉庫の中に連れ込まれてもおとなしくしていた。
「で、ここには人の気配はないけれど?」
かるーく明鏡止水の境地に入りながら周囲を確認。
少しずつだけどコツがつかめてきたわ。
この調子なら隕石操作くらいは遠くないうちにできそう。
「では、まずこの倉庫はレオン名義の物です。とはいえ中は基本的に貴金属や装飾品ですね。けれどそれらはダミー、ここで最も重要な物品……といいますか、なんと言えばいいのか言葉に困るものが一つ」
「端的に」
「そこの箱、動かせますか?」
ケリーが指さしたのは人が数人は入れるくらい大きい木箱、言われるがままに押してみると見た目以上に重い。
そして頑丈、ちょっと力を込めたけど木箱とは思えない硬さだし、動かすには成人男性数人が力を合わせてようやくといったところかしら。
「さすがですね、そこの床の色が違うのはわかりますか?」
「隠し扉……ずいぶん厳重に隠されているわね」
見た目だけだと何もわからないくらいにかすかな色の違い。
正直に白状するなら明鏡止水の境地でなければその下に空間があることすら認識できなかったと思う。
けどこれは……。
「自然の気配と違う何か……」
「えぇ、その通路の先は異界と化しています。端的に言うのであればレオンの本当の根城というべきですね」
「本当の?」
「はい、レオンはこの地下を異界に変貌させて英気を養っておりました。我々悪魔にとってこちらの世界は魔力が薄く、結果として常に飢餓感と息苦しさを覚えておりますので」
へぇ……太平洋横断水泳の時と同じ感覚かな。
あの時は息苦しいしお腹減るしで大変だったから。
「それで? まだ他に何かあるんでしょう?」
「はい、話せば長くなりますがレオンはもともとこちらの大陸で暗躍していました。しかし訳あってあちらで賢王としてふるまっていたのです」
「……まって、レオンは確かグンダかどこかの兵士に取り付いてあの港にたどり着いたのよね。だとしたらおかしくないかしら」
「その件です。この地下にある異界、そこはレオンが使っていた道でもあります。そうですね……こちらと地獄を繋ぐ通路とでもいうべきでしょうか。その中間に私室を作ったのです」
そこで一呼吸置いたケリーは床に手を伸ばす。
しかしその手は黒い雷のような光に阻まれて、彼女の手のひらに小さな焦げ跡を作った。
「見ての通り資格のない者は通れないようになっています。そして地獄へのゲートはどこにでもある」
この部屋は封鎖されて久しい、木箱の上に積もった埃がそれを証明しているわね。
つまりレオンが使ったのはかなり前のことであり、ここに木箱を戻した誰かがいる。
「その話から分かることは、レオンは地獄を通って海をやり過ごしてあちら側に行った。そして立場を隠して行動していた……誰かに追われていた?」
「その通りです。この地下から地獄へ戻りました」
「なら箱を戻した誰かもいる、この街にね」
「はい、その協力者と会うため、また追跡者に関する情報をお渡しするためにこちらにご案内させていただきました」
「でも資格がないと入れない場所なんでしょう?」
そう言ってから床に手を伸ばすと、あっさりと触れてしまった。
えーと、これは……あぁここがパズル形式になっていて床板の形を揃える事で床が開くのね。
この板をスライドさせて、隣を右に、その下にあるのをちょちょいといじって、それから飛び出した板を押し込む、今度は引っ込んだくぼみにまたスライドさせて……よし、開いた。
「開いたわね」
「はい、資格とは暴食の悪魔として一定以上の階位を持っている事です。大公級であるフィリア様であれば当然通行可能です」
「それって暴食の大公なら誰でも通れるという事よね……隠れ家として通行人がほいほい通るのは歓迎できないんだけど」
「その辺りも自由に切り替えができるそうです。レオンは大公の中でも立場が弱かったので……」
あぁ、上の言いなりになっているのが嫌でこっちに逃げてきたはいいけれど、お前そのゲート使わせろよとまたパワハラ受けたわけだ。
いわゆる奴は四天王の中でも最弱ってあれね。
「悪魔の争いに興味はないわ。ここを提供してもらえるなら願ったり叶ったり、でも最初にここに案内した理由を聞いても?」
「フィリア様は暴食の悪魔大公位となりました。悪魔の規律として公爵以上の位に立つ者はしもべを連れていなければいけないという規律があります」
「無視したらどうなるのかしら」
「全ての悪魔が常にその首を狙うでしょう」
……それは面倒ね。
以前某国で暗殺者に狙われたときは食事もトイレも気を抜けなかったから。
まぁ最終的に面倒くさくなって、あえて無防備な姿晒して誘ったところをホテルの窓からたかいたかーいしてあげたけど。
でも四六時中、ゲームにインしている間は刺客がどんどん送られてくるというのは面倒……。
うん、ケリーが言いたいことがわかってきた。
「地獄に行って、従者を捕まえて来ればいいの? それともこの街でレオンに協力していた悪魔を捕まえればいいの?」
「どちらでも、お好きな方をお選びください」
「へぇ……どちらでも? その言葉は何をしてもいいという意味でとらえてもいいかしら」
「ご随意のままに」
「そう、ちょうど試したいことがあったのよね……いいわ、地獄に行ってくる。ギルフォード達のこと、そして私が街に入る際のあれこれは任せたわよ」
「かしこまりました、どうぞお気をつけて」
まるで逃げるように倉庫を出ていったケリーを見送ってから地下へと続く階段を下りる。
その先には教会の中で見たレオンの私室によく似た場所があった。
『拠点:悪魔の根城ファイルの港を取得しました』
『拠点:悪魔の根城アリアの教会を取得しました』
『拠点を得たことで転移スキルを取得しました。目的の拠点、ならびに過去立ち寄った街、国へ瞬時に移動ができます。一度利用すると再度利用可能まで12時間のリキャストが必要です』
ほほう……これは便利ね。
なるほど、拠点を手に入れるとこんなスキルが得られるのか。
そういえば最初のイベントの時に転移が云々って運営AIが言ってたっけ。
思えば私が使えるようになるまで長かったなぁ……。
瞬間移動はさすがにリアルじゃできないから新鮮ね……運営さんならなんかそういうことできそうなもの作ってくれそうだけど。
ま、それよりも……。
「今はこっちが最優先かしらね」
黒く、一切の光をうつさない鏡を前に思わず口角が上がる。
未だ解除していない明鏡止水の境地が告げている。
この先に、地獄が待っていると。
ふふ、楽しみだわ。
6章地獄篇スタートです。
……あれ、今までも割と地獄だった気がする、主に刹那さんが。




