海のおやつ
貨物室を出てすぐ目にしたのは走り回っている船員たち。
彼らはかなり慌てた様子で、各々物資を持って慌ただしそうにしている。
「なにがあったのかしら」
「バハムートだよ! バハムートが出やがった! しかもリヴァイアサンと取っ組み合い中だ!」
バハムート……たしか古いゲームでドラゴンの姿で登場したらそれが定着してしまった魚だったかしら。
リヴァイアサンは水龍だったかしらね、たしか最初のイベントの時プレイヤーでも水龍はいたけど似たようなものなのかな。
だとしたら……あの時食べ損ねたお肉を食べるチャンスね。
「ねぇ、この辺りはまだ聖水海域じゃないのよね」
「あ? あぁ、この辺りは違うが……」
よし、ならば外に繰り出そう。
船員さん達の隙間を縫って甲板に出る、そこは修羅の世界だった。
まず立派だった船、掲げていた自慢のマストが何本か折れている。
航行に支障がありそうな壊れ方しているわ……。
そして海上では大きな魚と水龍が取っ組み合いの喧嘩をしており、その余波で船が何度も揺れる。
うむ、思わず踏み込んだ拍子に甲板に穴をあけてしまったけど不可抗力ね。
「ギルフォード、いるかしら?」
「そこの見習いも砲弾運べ! 腰抜かしてる場合じゃねえぞ! ってなんだ! 今見ての通り忙しいんだよ!」
「ねぇねぇ、アレをどうにかしたらいいのよね」
「あ? いやできるもんならどうにでもしてくれって感じだが……こっちは防衛に専念させてもらうぞ。見ての通りマストが折れて帆も穴が空いちまった。逃げ切れるような状態じゃねえんだ」
「へぇ……つまり、別にあれを倒してしまってもいいのでしょう?」
「……やりかねないから恐ろしいが、とりあえずここから遠ざけるだけでもいい。何なら時間稼ぎだけしてくれれば距離を稼いでどうにかする!」
よし、言質はとった。
実は試してみたかったことがあるのよね、自爆とかビームとか鬼の血筋とか、そういうリアルでできる事じゃなくてゲームだからこそできる事。
今のレベルは43、ちょうどレオンを倒したところでレベルが40を超えた。
随分と経験値がもらえたのか、一気にここまで到達してしまったんだけどね、異形化のスキルを覚えたのよ。
いやー、オンラインゲームだけあってレベル上がるの遅かったけれどようやくチュートリアルというか、キャラクリの時に教えてもらったスキルが使えるという事でね。
というわけで甲板から飛び立って海上、リヴァイアサンとバハムートが喧嘩をしている眼前に向かう。
「スキル、異形化!」
そして念願のスキルを発動、徐々に自分の視線が上がっていく。
身体が膨張……いえ、巨大化しているのね。
同時に肉体も変化していく。
まず衣服が鱗に変わり、そして両腕が獣のそれに代わる。
頭部は狼と狐を足して割ったような姿が水面にうつり、背中には堕天使の羽と悪魔の羽、そして夢魔の羽が生えてくる。
ドライアドの蔦は狐と狼の尾に混ざり触手として無数に分裂、長く伸びたそれはまるで苔の生えた大樹のごとく……あ、精霊王から貰った種食べるの忘れてた。
まぁいいや、下半身はやはり鱗に覆われているけれど足も獣の物に変わった。
うーむ、人魚要素が薄い気がするけどまぁいいや。
「さぁ、ご飯の時間よ……」
両手を広げ、そして手始めにバハムートとリヴァイアサンの首根っこを掴む。
その全身に触手を突き刺そうとして、どちらも厚い鱗によって阻まれる。
結構硬いわね……まぁ予想の範囲内なので両手に力を込めて絞めていくと二匹が暴れ始める。
まぁ……異形化のスキルで巨大化した今大型船をも超える二匹と同じくらいのサイズ。
熊と相撲をとっていると思えば大したことないわ。
さてと……。
「どちらにしようかなー」
交互に見つめると二匹が動きをぴたりと止め、そして今度は逃亡をはかろうとしているのか尾でこちらを叩き始めた。
うん、くすぐったい。
「じゃあ両方で」
そのまま二匹を引き寄せ、口を大きく開けて二匹の頭部を齧る。
むむ、この味わい……バハムートの血は魚特有の生臭さを持っているけれど海で踊り食いしたどの魚よりも美味しい。
例えるならすっぽんの生血、アレに近い味わいを持っているけれどコクと深みが全然違う。
確かな満足感を与えつつ、高揚感も得られるこれは滋養強壮にぴったりの品だろう。
うん、今度暇を見つけたら群生地探して乱獲するのもアリね。
対してリヴァイアサンの血はマムシの生血によく似ている。
こちらもマムシよりも強力で鮮烈な風味とさらりとした喉越しが気持ちいい。
ぽかぽかとした温かみが全身に巡る感覚は何とも言えない……。
なによりだ、この二匹の脳みそ!
とろりと濃厚で魚と蛇のうま味を凝縮したような味わい!
これは異形化を使わずじっくり味わいたかった……けれど一口で食べたからこその贅沢感!
すごいわぁ……。
もちろん身も淡白ながらに主張の強い味わい、タイのうま味を何倍にも濃縮しつつそれでいてすっきりとした味がたまらない。
もうそのままガツガツと、ちょっとはしたないけれど二匹を丸ごと食べつくしてしまった。
『リヴァイアサンを捕食しました、種族を取り込みますか』
『バハムートを捕食した事で人魚の種族が進化します。海神の眷属に種族が進化しました、雷属性に弱いデメリットが減少、また海の生物はあなたに敬意を払うようになるでしょう』
おぉ、思わぬ収穫。
二匹を食べ終えたことで海も穏やかになったので船に戻る。
まだリヴァイアサンを取り込むかは決めてないけど、アナウンス画面の右上に3分と表示されていることから種族取り込みは時間制限があるみたいね。
まぁ、常にストックされますよと言われたら逆に困るからいいけれど。
せっかくだし、船旅が長くなりそうというなら取り込むのもありかしら。
というわけでさっさと異形化を解除して船に戻る。
「たっだいまー」
「お、おう……まさか食っちまうとは思わなかった……」
「あの、裏切ったこと本当に謝りますしできる事は何でもしますので……」
外まで見に来ていたギルフォードとケリーが引きつった笑みを浮かべている。
というかケリーに関してはもう怯え切って笑うしかないといった様子で、目元に涙を浮かべているわ。
「ギルフォード、大陸に着くまでどれくらい?」
「折れたマストは幸いサブだ、メインが生きているから予定から遅れはするが10日くらいだろう」
「ケリー、別に怒ってないから泣かないでいいわよ。ただどうしてもというならそうね、私とあなたの国で同盟を結ばない? 相互互助会という事で」
「それは……うちにはメリットしかないと思いますが」
「レオンの寝室、言った通り食器と寝具変えておいて自宅として使わせてもらえたらいいわよ。自宅というよりは拠点の一種かしら……ちょいちょいそっちに顔出したいしね」
妲己とか精霊王に会いたいし。
「……かしこまりました。全てお望みのままに」
「ん、じゃあ私は貨物室で休むわ。あとは全部任せて10日後まで起きないからよろしく」
「はい、万事お任せくださいませ」
よしよし、これで余裕ができたわ。
ちょっとリアルのお仕事もしないといけないからね。
貨物室に戻るとアナウンス画面の残り時間は30秒を切っていたので慌ててイエスを選択。
『リヴァイアサンの抵抗が見られます。72時間アバターがダメージを受け続けます。本当によろしいですか?』
ふむ……リヴァイアサンが抵抗していると。
「ふんっ!」
お腹に手刀を突き刺して、胃の中のリヴァイアサンの肉片に触れる。
そしてドレイン!
『リヴァイアサンの抵抗が弱まりました。48時間の間ログイン制限がかかります。吸収を開始しますか』
「イエス」
『それではログアウト措置をとらせていただきます。お疲れ様でした』
さて……こっちで試したかったこともある程度はできたし、二日間リアルのお仕事をどうにかしますか。
まずは刀君たちのお手伝い辺りが妥当かしらね。
この辺りでできる事をちゃちゃっとこなしちゃいましょう。
えーと、たしか一番近いのは呪われた物品の回収だっけ、勢い余って壊したらごめんね刀君。
異形化については2話で語っておりますれば……まぁ胃へのダメージは少ないね。
この異形化とRFBについては2話後の掲示板回で詳しく書きます。
あ、私ガイアとエレメンタルにキャラ持ってます。




