航海
船旅というのは常に危険と隣り合わせだ。
なにせ板一枚隔てた向こう側には人が住めない水の世界が広がっている。
……とはいえ、祥子さん曰くそれは一般論とのこと。
ちょっと非合法なお仕事した時エクアドルから日本まで泳いで帰れたからね、道中お魚踊り食いして帰れた。
喉が渇いたら魚とかの血を飲んでたけど結構美味しいのよね。
気が向いたら潜ってサメとかクジラも狙った。
なかなかに骨の折れる体験だったわ。
あとは飛行機がハイジャックされて墜落した時に海岸まで泳いだりしたけど、行方不明推定死亡者リストに名前載せられて慌てて大使館に駆け込んだこともあったっけ。
いやぁ、世の中危険がいっぱいよね。
ともあれ私にとって海はそんなに怖い物じゃない。
ただしそれはリアルにおいての話、化けオンで人魚の種族を持っているから怖くないのではないかと言われるけれど、ゲームだからこそのデメリットがあるのよね。
例えばそう、聖水が含まれる海。
そこに落ちたら一巻の終わりであり、そして時にはそんな聖水が降り注ぐ海域もあると聞く。
となれば私はうかつに甲板に出る事もできないので貸してもらった倉庫の中で本を読みふけることにした。
運営さんが「化けオンはシミュレーター」というだけあってNPCにも生活があるのよ。
生活があるという事は歴史がある、歴史があれば文化もある、結果化けオンの中には無数の書籍が存在する。
なおこれらの著作権に関しては運営さんが管理しており、無断で転載とかするとすごく怒られる。
悪質と判断されたら法的手段に訴える事も視野に入れているらしい。
その理由がね、いずれ……私たちが生きている間かはわからないけれどAIにも人権が認められる時代が来るだろうというの。
先日の実験でAIにも魂は宿っているとわかった、ならボディを与えてあげればこちらとの交流もできる、その際にこちらで仕事になるものとなったら芸術関連が上がったのよ。
力仕事も当然できるけれど、それはもっと単純なシステムで動くようになっているから人件費かかるような部分まで動員する必要はない。
機械の整備とか管理は機械文明に疎い彼らに教える手間があるからパス。
そういった問題を解消できるとなると、テレビ出演とかクリエイターとかではないかという話になった。
その際に著作権はAIに譲渡することにしているため、ここで妙ないざこざが起こると将来的に映画よろしくAIと人間の生存をかけた戦争が始まりかねないとかなんとか。
あちらは人間を簡単に殺せる力を持っているし、こちらは彼らの生命をボタン一つで絶つことができる。
じゃあAIを外に出さなければいいんだけど、運営さんが暴走しまくってるし止める人もいないからね。
私も止めない、面倒だから。
生きているかわからない後年よりも、明日のご飯!
……割と冗談抜きで食費ピンチなのよね。
来月は結構ギリギリな生活、修行に出ていた間のお給料が引かれたのもあるし、縁ちゃんがうちに住み始めたから。
あの子、1食だけで見れば私より食べる。
1日1食の生活なんだけど、私が1食の間に満漢全席3周するとしたら縁ちゃんは満漢全席を10周しておやつを食べる。
そしてそれ以降は翌日まで何も食べない生活。
総合的に見たら私の方が食べるんだけどね、それでも食費がすごいことになるのよ。
だからちょっとバイトをしないといけなくなった。
バイトと言ってもお父さんと刀君のお手伝いと、公安からのお願い案件、それと公安通しての別業務のお仕事。
どれも上からは許可をもらって、なおかつボーナスという形でお金がもらえるのがうれしい。
まぁ……ちょっと数が多いから手荒になるとは思うけどね。
「それにしても……ケリー、もう読み終えちゃったわ」
「持ってこられるだけ積み込んだんですが、速いですね」
「速読は慣れてるの」
「そうですか、では一度お休みになられてはいかがでしょう。安全は保障しますよ」
「んー、そうしようかしらね」
せっかくだからバイトの準備もかねて船旅の間はログアウトしててもいいかもね。
「ちなみにどのくらいで大陸に着く?」
「おおよそ、1週間と言ったところでしょうか」
「あら、結構早い」
船旅で大陸目指すとなれば1月とか言われるかと思ったわ。
まぁゲーム内時間では6時間で1日、24時間で4日が経過するからリアル時間での1か月とは違うんだけどね。
「あの港は大陸に一番近い位置にありますからね。速度に秀でたこの船ならばそのくらいです」
「そう、なら10日目くらいにここに戻るわ。その間のことは任せても?」
「なんなりと」
ケリーが恭しく礼をした瞬間だった。
船が大きく揺れ、船乗りたちの怒声が響き渡る。
「なにかしら」
「様子を見てきます」
立ち上がったケリーを見ながら、私もついていこうかと思案するのだった。
刹那さんいつになったら人外認めてくれるんでしょうね……本当に。




