交渉の連続
さてさて、当面の問題その1を解決。
足取り軽く街に戻るとそこは農具やらを構えた群衆が待ち構えていた。
「この悪魔め! 貴様の思い通りにはさせんぞ!」
代表者らしき人が声を荒げる。
あー、面倒ごとの香り……。
いや、これはあれね、私がレオンにやったやつね。
となると犯人は……。
「ケリー……優秀な副官は裏切るのがお約束だったわね」
小声で呟いたのもあって彼らには聞こえなかったみたいね。
『えぇ、せっかくなので私が新しい支配者になろうかと思いまして』
脳内に直接声が……コンビニでチキンを購入する時に使う技能じゃなかったのね。
『いいわ、この街はあげる。ただ私が大陸に渡るのが条件、もちろん道中無事にね。魔の者だから死んでも復活するし、邪魔が入ったとわかったらあなたを殺しに行くわよ』
『おや、こうもあっさりと手を引いてくださるとは。ではご随意のままに』
お、ちゃんと通じた。
私もできるけど店員さんはだいたい勘違いだと思ってスルーされるから久しぶりに使ったけど上手くいったわね。
極論、幽霊騒動ってエスパーの世界に分類される。
空気を振動させられない、鼓膜も空気の振動に反応できない幽霊と対話ってテレパシーくらいしかないからね。
えーと、たしかESPって言ったかしら。
超心理学の分野でテレパシーとか透視とかそういう能力の総称。
物質に影響を与えるのがPKって言った気がするけど、私としてはプレイヤーキラーの方がなじみ深い略称ね。
刀君とか永久姉はどっちもよく使ってるみたいだけど。
「私は確かに悪魔よ」
ばさりと翼を広げ、ついでに蔦も展開する。
こけおどしだけど、それが通用したのか群集は一歩後ずさる。
「それで、脆弱な人間風情が悪魔にかなうとでも?」
「きっ、貴様ごときに負ける俺達ではない! こっちには聖女ケリー様がついているのだ」
「あら、聖女……」
やるわねケリー、まさかそんな風に思いこませていたとは。
立場を隠すにはよさげだけど、聖女と聞くとどうしても心臓抉り出した女性思い出しちゃうわ。
あのイベントは色々大変だったからね、あー、今にして思えば聖女の心臓はさっさと食べておけばよかった。
「それは分が悪いわね……。そうね、聖女様のお許しがあるなら私は退散……というか追放を受け入れるわ。この街には大陸を渡れる凄腕の船乗りがいると聞くから、彼らに大陸まで送ってもらおうかしら」
「ふざけんな! お前みたいな輩にギルフォードさんを!」
あら、ギルフォード意外と慕われてた。
黒幕と通じてた悪党なんだけど……知らぬが仏とはこのことかしら。
まぁこのゲームだと仏様も神様も天使も悪魔も一緒くたに化け物扱いだけど。
「だから言ってるじゃない。聖女様がお許しになればと」
『答えは決まっているわよね、ケリー』
『致し方ありませんね。ここで住民を皆殺しにされてはたまったものではありませんから』
そんな野蛮な事はしたくないなぁ……必要ならやるけど、正直NPCで非戦闘員に危害を加えるのはね……。
先日の運営主導実験は別として。
「ま、私はここで待つわ。その聖女様とやらにしっかり話を通してきてね」
せっかくなので天使を取り込んだことで覚えた魔法を行使する。
土魔法で地面を隆起させて、椅子の形に整える。
見た目は立派な玉座ができたので腰かけて、足を組んで頬杖をついて大物感を醸し出す。
ブラフって結構便利なのよね、戯言だけど。
「待つ必要はありませんよ、魔の者フィリア。賢王レオンを謀殺せし悪魔よ」
「あら、早いご到着。どこかで見ていたのかしら聖女様?」
「民衆を危険にさらし自らは安全なところで座して待つのみ、そのような者が聖女と呼ばれるでしょうか」
「さぁ? お飾りの聖女もいるんじゃないかしら。あなただって本質はどうなのかしらね」
「本質を問われれば悪であるとお答えします。しかし生きとし生ける者全てが業を背負い悪を成して生きているのです」
上手いこと言うわね。
悪魔であるという本質を隠しながらも嘘はついていない、というか付け加えた部分で真実を塗りつぶしている。
せっかく意趣返しにちょっと意地悪しようと思ったのに……よくもまぁ、こんな人工知能作ったわね運営さん。
「詭弁はこのくらいにしましょうか。本題、私の要求は通るのかしら」
「えぇ、今後この地に魔の者が来ることも増えるでしょう。その際に同じことを要求する者もいるかもしれません。そのテストケースとしては申し分ありませんね」
「へぇ……含みのある言い方ね」
「こちらも要求がありますので」
「言ってみなさい」
「では……ギルフォード様たちと住民の安全を」
「随分と安い条件ね、不釣り合いな取引は危険だと教わっているのだけど」
「領民の命ほど貴重なものはありません」
よく回る舌ね……惚れ惚れするくらいだわ。
暴食の系譜に属する悪魔は弁舌も得意なのかしら……。
「じゃあ仮にその条件を飲んだとして、私が無事に大陸にたどり着き、ギルフォード達が無事に帰還できる保証はあるのかしら。それを見届けてくれる人はいるの?」
「ならば、私が同行しましょう」
「危険です聖女様!」
「そうです! 悪魔のいう事なんか信じては!」
今悪魔同士の会話をしているんだけどなぁ……すっかり騙されているわね。
というか今更だけどレオンが賢王として扱われてたって、随分と騙されやすい領民だったのね。
先手を打って悪魔レオンを討伐したと大々的に発表するべきだったかしら。
……無駄ね、たぶんこの偽聖女様が言いくるめてしまうわ。
なるほど、初めからこの勝負は詰みだった。
レオンは油断して負けた、私は万全の準備の前に負けた、過程は違えど結果に大差はない。
強いて言うなら敗者の身分でありながらも要求を突き付けられるだけまし……そう考えるのが妥当ね。
「別に誰がついてきても構わないわよ。非常食が増えるだけだわ」
明鏡止水、その一端である場の支配。
世界との合一をしたうえで、特定の空間に物理的な圧力をかける。
これを極める事が出来たら天変地異も起こせるんだけど、私はちょっと威圧感を込めてそれを空気圧に変える事しかできない。
まだ体感できるほどの強さじゃないからね、実際は何も起こっていないのと変わらないのよ。
でもこれだけで十分、私が何かしたという事さえ感じ取れる危機感があるなら……多分リアルだとこうはいかない。
それこそ万年戦争しているような国ならともかく、長いこと平和に過ごしていた日本だとね。
第三次世界大戦の時も矢面に立つことなく、諸外国から目を付けられることもないように立ち回っていた世界一平和ボケした国なんて蔑称を貰っただけあって、国民の危機感とか直感はだいぶ欠如している。
でも、身近なところに死が混在しているこの世界なら……。
「……っ!」
効果は絶大。
全員が、それこそケリーまでもが顔を引きつらせて手にした武器を取り落とさないように強く握りしめている。
その足を震わせないように踏ん張っているけれど、こちらがその気になれば一手遅れるほどに狼狽しているのは見るからに明らかだ。
「さぁ、選びなさい。誰を生贄にするか、その返答次第では……面白いことになるかもしれないわね」
どういうことになるのかしら、口から出まかせだったんだけど思いつかないから面白い事って言っただけなのよね。
正直危害を加えるつもりはないもの。
ただ……襲ってくるなら返り討ちにはするけどね。
おそらくケリーはその辺りも理解しているから余計なことはしない、けれど他の人はわからないわ。
「やはり、私が行くべきでしょう」
「聖女様! なりませぬ!」
「そうです! 聖女様を生贄にするくらいなら我らが!」
「いや! ここで刺し違えてでもあの悪魔を葬れば!」
おっとぉ……いやな方向に話が進んできたわ。
うーん、威圧が足りないならあとはもうアドリブで責めるしかないわね。
「さえずるなよ人間の分際で」
土の玉座から立ち上がり、そしてゆらりと手を伸ばす。
この動作に意味はない、ただこっちが何かしようとしていると思ってくれたら十分。
事実、民衆は身構えてケリーを守ろうと肉の壁として立ちふさがった。
「ふっ」
それを一笑する、うーん強者ロールプレイ難しいわね。
なんか悪役って鼻で笑っておけばいいみたいな風潮はあるけれど、多用するものでもないから……こんなことならクリスちゃん秘蔵のヒーロー漫画もっと読んでおくべきだったかもしれないわね。
「枯葉のごとき壁がいくらあろうとも、炎の前には消え去るが道理。退け」
気を込めて腕を振るい、民衆の手前の地面を抉り飛ばす。
土埃が舞い、腰を抜かす民衆たち。
手加減したけど結構大きな亀裂ができちゃった、てへっ。
……オンラインなのになんか人知の外の技が生えたんですがそれは。




