精霊の森
さてさて、運営さんによる実験は一通り終了。
これから変数とかその辺を入力して化けオンサーバーの完全なお引越しとなるわけだ。
その時間、脅威の2時間。
まぁ緊急メンテナンスだからね、あまり時間はかけられないんでしょう。
本当ならじっくりやりたいところだけど、既に人気タイトルとしてランキングに乗っている以上早急な対応を求められてしまう。
もちろんバグをなくすことは大前提だけど、今回の一件は外部攻撃という事にするらしい。
その辺の対応をしましたよと言っておけばユーザーはある程度納得してくれる、ついでに詫び石ならぬ詫び課金アイテムでも投げておけば許してくれるでしょうというのが運営の考え。
私はオンラインゲームのあれこれはよくわからないけど、課金アイテムが無料でもらえるなら儲けものなのかしらね。
買ってた人は怒りそうだけど消費アイテムとかもあるからセーフかしら。
そして私は公安局におねむの祥子さんを背負って戻り、報告書を書き上げてサンプルの量子コンピュータースマホを提出、私がもらった奴はそのまま持ってていいとかなんとか。
なんかね、公安内部もちょっと怪しい動きが多いみたい。
縁ちゃんの出番がやたら増えて、なおかつ内部で不審な動きの痕跡があるとかなんとか。
だから私がサンプルを一つ保管している事にも意味があるらしい。
近々あぶり出しするそうだけど……お手柔らかにとだけ言っておいたわ。
ちなみに私や縁ちゃんが捕まえた人たちは絶賛尋問中。
まぁ大した情報はもっていないみたいだけど、とりあえずいくつかの国はわかった。
全員英語と日本語を話していたけど、その訛りからおおよその出身地を見抜いたらしいわ、縁ちゃんが。
流石ねあの子……お姉ちゃんも負けていられないわ。
というわけで、今日も今日とて化けオンにログイン!
いやぁ、運営や公安のお偉いさんからも頼まれてたのよね。
VOTにはスマホやPCとの連動機能があって、昨日貰った端末も同様に連動できるらしいから色々試してくれって。
それに化けオンの中で暴れてみて、調子を確かめてほしいと言われてたのよ。
いわばこれもお仕事の一環!
という事で降り立ちましたは前回強制ログアウトさせられた森の入り口。
「では……」
心を静め目を閉じて明鏡止水の境地に入る。
呼吸をするたびに世界の動きが手に取るようにわかる。
どこで誰が何をしているか……あぁ、ちょうど今遊覧飛行していたゲリさんがバリスタで撃ち落とされたわ。
それにこの気配は刀君かな……黒砦との戦闘でNPC悪魔をぼっこぼこに殴ってる。
こっちのカジノで大負けしているのは永久姉……相変わらず賭け事に弱いわね。
そしてこれは……げっ、私と英雄さんたちの戯れスクショを街で売りさばいてるナマモノ……天変地異の起こし方はどうするんだったかしら……。
っと、本命はこっちだったわね。
境地のまま森を歩く。
道なき道を進み、ゆったりとした足取りで進む。
しばらく、森と一体化したような気分で歩いていると開けた場所に出た。
目を開けると眼前には大樹、その根元に一組の男女がいた。
人間ではない、半透明な体に剥き出しの敵意、そして周囲の植物が急成長して武器の姿に変わっていく。
こちらを迎撃するつもりの様子。
「はじめましてね、精霊王に精霊女王」
「レオンの先兵……なにをしに来た」
「まずは誤解を解いておきましょう。私はレオンの手先ではない、レオンを打ち取りあの漁港を纏めることになった魔の者フィリア。お見知りおきを」
「敵であり、悪魔であることに変わりはない。立ち去れ」
「そうはいかないわね。今日は交渉に来たのよ」
「交渉、だと?」
「えぇ、敵対する意思はない。その証拠に」
身に着けていたナイフとロストガンを地面に落とす。
そして両手をあげて降参のポーズをとる。
「ほら、丸腰」
「ふっ、悪魔が丸腰だと言って誰が信じる。貴様らには魔術もあるではないか」
「あー、たしかにそうね。んー、首を切り落としたらさすがに死んじゃうしなぁ……」
困ったわねぇ……正直これ以上は逆立ちしても何も出ないんだけど。
「何の目的でこの場に来た」
「交渉と言ったけど、内容の問題かしら。いつぞやか忘れたけど昔この森を漁港の防壁とした迷いの魔法、アレを解除してほしいのよ。ここには入れないままでいいから」
「……なんだと?」
「だからあの漁港と他の街の行き来ができるようにしてほしいの。それ以外は何もなし」
「……それで、貴様にどのような利益がある」
「街を、国を纏めている以上その治安を守るのは私の役目、まぁ魔の者だからもうすぐ旅に出るつもりなんだけど、その前にやれることはやっておこうと思ってね」
具体的には森を開いて、グンダは掌握してるから言い聞かせるだけ。
聖都には忍び込んで脅すか、刀君から話をつけてもらう。
ドワーフの国はこれから足を運ぶつもりでいる。
「……なにを企んでいる」
「なにも、と言ったらうそになるけど……そうねぇ、隣人とは仲良くしたいじゃない」
「その割には同胞を随分手にかけたな」
「だって無視するんだもん。いじめは良くないわ」
「その報復に殺すのか」
「必要とあらば。今までもそうしてきたし、これからもそうするつもりよ」
嘘偽りなく答える。
家が家、そして田舎暮らしだからね。
生まれが原因で、そしてなぜか日頃の行いが悪いと私が一方的に悪者にされることがあった。
永久姉や、辰兄さんも同じような目に遭ったことは多いらしいけれどそれぞれがそれぞれの方法で切り抜けてきた。
ただ、私の時は運悪く手酷いいじめを受けたのよね……。
物を壊すとかそういうのは日常茶飯事、貞操の危機を覚えたこともあった。
だから報復した。
とりあえず主犯格の女子は顔の骨格が変わるまで殴った。
同調してた男子は二度とステーキを食べられないように念入りに歯をへし折った。
ついでに野球少年だったので腕をどうにかしようと思ったけど、さすがにちょっと気が引けたから二度とサッカーができないようにしてやった。
他にもパワハラ上司が酔った勢いでおごりと言ったときは破産するまで食べたり、夜道で首筋に噛みつこうとしてきた犬歯の長いおじさんは関節技決めながら隣町の警察署まで連行した。
どのような行いにも報復する、大体の事柄は暴力と食欲が解決してくれるのよ。
「……悪魔らしい発想だな」
「いいえ、悪魔なら先手を打って相手が反撃できない状態で無茶な要求を突きつけるでしょうね。私はあくまでも報復しかしない……たぶん」
リアルだと撃たれたら撃ち返すんだけど……ゲームだと割と先制攻撃仕掛けてる気がするのよね。
そこまでがっつりはやってないけど、白砦とかちょっとした実験感覚で攻め込んじゃったし……。
「たぶんとはまた……しかし少しずつ人となりは見えてきた。悪ではないが善でもない、そういう意味では人間にも近しいと思えるな」
「魔の者は大体人間らしい性格しているわよ、一部、気を大きくして横柄なふるまいをするのもいるけどね」
「ほう……ではそのような者が森に入り、我らが同胞を奪って行ったらどうする」
同胞というのは多分樹木の事よね……つまり伐採されたら、それもむやみやたらにという事かしら。
「節度を守ればいいんじゃないかしら。極論だけど人も魔の者も世界の一部、何かしらの命の上に立っている。それはあなた達も同じじゃない?」
「なるほど、では必要以上に奪うならば」
「殺しなさい」
首を掻っ切るジェスチャー。
そういう輩は撲滅よ。
転売を主とする職業は大昔に滅んだと聞くけれど、いまだに商品買い占めて数年寝かせてプレミア付いた頃に売りさばくタイプの人間は残っている。
しかもご丁寧に古物商許可証まで持っているから法的に裁けない極悪人。
アイドルのグッズを買い逃した永久姉が呪っているのを何度見たことか……。
そういえば刀君も割とアイドルグッズ買い逃してへこんでたわね……握手券付きのCDとか買えたはいいけど急な仕事で涙を流してたこともあったわ。
「随分物騒な……」
「人はね、必要最低限のものがあればいいのよ。不必要に奪うものは殺しなさい」
「ほう……生命の循環を心得るか。よろしい、認めたわけではないが森の封印は解こう。だが悪辣な者がいれば即座に殺す、異論はないな」
「別に悪辣じゃなくても魔の者なら全滅させるつもりで挑んでいいわよ。どうせ生き返るし。ただ一般人は悪さしない限り殺さないであげてね」
「ふむ、検討しよう。彼奴等の死肉はよい肥料となる故な」
「あ、そうだ肥料。街で買ってきたからお土産に置いていくわね」
「ほうほう、なかなか話が分かるではないか。では対価にこれをやろう」
インベントリから肥料になりそうなものを取り出して、その場に置くと精霊王は一つの種をくれた。
見た目はクルミに近いかしら……。
「精霊樹の種、好きに使うがいい」
「貴重な品物じゃないの?」
「この樹がどれほど実をつけ、種を持つと思う。この森全ての木が精霊樹よ、その中でも順当に育った一粒にすぎぬ。10年もすればまた得られるであろう」
「気の長い話ね」
木だけに。
「気が向いたらまた来るがよい」
「まぁありがたく貰っておくわ、それに時間ができたら顔を出す事にするわね」
多分森を出たらすぐに食べるけれど種は貰っておこう。
顔を出すと言えば大陸に渡る前に妲己のところにも行っておきましょうか。
まぁまぁの収穫、悪くない結果だったわね。
いやぁ……ひやひやしたわ。
オンライン要素復活!
すぐに死なないでオンライン、あなたが死んだら刹那さんがどんどん化け物になっていくの!




