人外実験2
「定義ですか」
運営さんの言葉に首をかしげてしまう。
「えぇ、例えば心臓が動いているならば生命体である。丸かバツか」
「丸でしょうか。生命体としてはわかりやすい判断基準です」
「では樹木は? あれには心臓はありません」
「む……生命体であることに変わりはありませんね……。神の子と言われた人物も書物の中ではイチジクの木に呪いをかけて枯らしてますし、あれも呪いによる死でしょうから」
「では生命の基準とは何でしょう」
意識があること……違う、それは人間的な考え方にすぎない。
意識の有無は生命の基準にはならない。
では意識ではない、意思があること?
じゃあ意思ってなんだろう。
考え、思考、つまりは自律的で能動的な思いのこと。
それを定義に置き換えるなら……。
「魂の有無……」
「ふむ、ならばちょうどいいですね。二つの実験を同時に行える」
「ちょうどいい?」
「えぇ、化けオンのAI。人工知能が魂を有しているかどうかの実験です」
「それは……なんというか非人道的では?」
「人道ですか。私のような研究者には無縁の言葉ですね。そもそも人工知能に人権は認められていませんよ、まだね」
「では冒涜的と言われたら?」
「あいにく、神の領分を冒涜するのが私の仕事ですからそれは誉め言葉でしかありません」
「……外道ですね」
「それも、誉め言葉です。王道なんてのは誰かが敷いたレール、その道をはずれ新たな道を開拓する事こそ研究者の本分かと」
あぁ、ダメだわこれ……なに言っても結論は決まってるのね。
もうこうなったらやるしかないわ。
「じゃあ、こちらを」
『おい、なんだここ。俺さっきまでグンダにいたはずだぞ。なんだこの鉄の部屋!』
「こちらで用意したグンダの街のAIです。義体の四肢は取り外してありますが、意思疎通は可能です」
目の前に現れたマネキン、先ほどの物と違い手足こそないが声を発している。
……人型汎用自立思考型歩兵、冗談とかじゃなくて本当に実現できるのね。
今の段階でも十分実用化可能だわ。
思考を戦闘向きにすればそれだけで……いえ、やめておきましょう。
考えるだけ無駄だし無意味だわ、危険度の判定は上の人に任せましょう。
「初めまして、私は刹那。これからあなたを呪うわ」
『なんだお前! いきなり呪うとかなにを言ってやがる!』
「あなたは何も知らなくていい。悪いけど、実験体になってもらうわよ」
『や、やめろ……やめてくれ!』
懇願する相手を呪う、あまり気持ちのいい事じゃないのよね。
学生時代に嫌がらせしてくる相手を呪った事あるけど、あの時は加減を間違えて大惨事になっちゃったもの。
まぁ一命はとりとめたから良しとしましょう、お父さんにこっぴどく怒られたけど。
「怨不幸呪……急々如律令!」
短文呪術、陰陽師の流れを汲みつつ短い文書や単語で相手に対する思いを現しそれを呪いとして具現化させる呪法。
既に記録は失われて久しく、ほとんどが伊皿木家の中でのみ伝えられる口伝みたいなものなんだけどね。
まぁある種の言霊かしら。
『な、なにをした!』
「言ったでしょう、呪いだって。あなたはこれから1分ごとに不幸が起こる。その内容は私も知らないわ。せいぜい頑張って耐えなさい」
ちなみに呪いは本物、内容を知らないというのも本当。
運営さんは察してくれたのか、義体からAIをもとの場所に戻したようだ。
そしてモニターが天井から降りてきて、おそらく今使われたであろう人が映し出される。
ベンチの上で寝ていたことから夢でも見ていた、そんな感じに思っているのかもしれないわね。
『くそっ……変な夢見たぜ』
石を蹴り飛ばして苛立ちをおさめようとしたのだろう。
蹴った石は少し先でいかにもチンピラと言った装いの人にぶつかった。
不幸1発目ね……。
あー、ぼこぼこに殴られて財布取られた。
地面を這いずるようにしてどうにか動いているけど、その頭に女の子がお菓子を落とした。
不幸2発目。
女の子が泣き叫んで、衛兵隊に捕まえられた。
不幸3発目。
およそ1時間ほどそんな様子を見ていたけど、カウント上不幸に見舞われた回数はおよそ100回、ちょっと加減間違えたわね。
「素晴らしい。呪いの証明と共に人工知能にも魂が宿っているという仮説が成り立ちました!」
「喜んでるところ悪いのですが、彼の解呪をしたいのでもう一度呼んでもらっていいですか?」
「はい!」
再び義体に意思が宿ったのか、モニターの男はぐったりと意識を失う。
『も、もうやめてくれ!』
同時に義体から声が発せられる。
『た、頼むよ! 何でも言うこと聞く! だからこの呪いを解いてくれ!』
「あなたに恨みはなかったのよ。必要だからやった……けれどね、あなたはこの短時間でかなりの不幸を背負ってしまった。意味が分かるかしら」
『わ、わからねえよ!』
「未来、あなたが背負うはずだった不幸を一手に引き受けた。残りの人生私が呪いを解けば幸福に過ごせるでしょう」
『頼む……お願いします……呪いを解いてください……』
あぁ、なんかもう懇願し始めちゃった。
まぁ呪いによる不幸にまみれた運命と、幸福な運命、どっちを選ぶかとなったらそうよね。
「いいわ。解呪、急々如律令」
義体の額にあたる部分に梵字を指で描くと同時に呪いが霧散する。
結構疲れるのよねこれ。
「もういいですよ」
「はい」
男が義体からログアウトする、同時に画面の中で目を覚ました男はガタガタと震えながらどこかを見ている。
『出ろ、釈放だ。お前の無実を証明してくれる人が現れた』
『ほ、本当ですか!』
『お前を殴った男たちは指名手配犯でな、奴らを捕まえる口実になり、少女に対する不埒な真似も事故だという証拠が出た。褒賞と謝罪金が支払われる。お偉いさん直々にな』
『あ、ありがとうございます!』
うむ、呪いをかけた手前かなり居心地が悪かったけど副作用で解呪後は幸せになれる類を選んでよかった。
一時的に不幸を集めるだけのものだから、一定期間生き残れたら勝手に解除される類だからね。
とはいえそれには半生を費やす必要があったと思うけど。
とりあえず満足そうに頷いている運営さんはほうっておきましょう。
救急如律令をオーダーと読んだ人は同胞、新刊待ってます。




