人外実験1
せっかくなのでもらった端末をいじっていると祥子さんがのっそりと起き上がった。
「おはようございます、少しは回復しました?」
「ん……あ、こーひぃ……」
「はいはい、冷めてますけどこぼさないように気を付けてくださいね」
「んん……」
祥子さんは朝が弱い。
普段私達の前に出てくるときはこのねむねむモードが終わった後だけど、本来の祥子さんはこんなにも可愛らしいのだ。
それを知っているのは私だけのはずだったんだけど、運営さんに知られちゃったなぁ……。
「ふぅ……あ、たばこ……」
「ここ禁煙です。煙草は我慢しましょうねー」
「むぅ……」
「それより、身体測定の続きですけど私は何をすればいいですか?」
「かみとぺん……」
「はいどうぞ」
先ほどのような謎言語ではなく、今度はちゃんとした文字で検査の内容が書かれていく。
ねむねむモードでも仕事はきっちりこなす、流石祥子さん可愛い。
でも仕事用の文字じゃなくて、普段使いの丸文字なのよね、可愛い。
頭を撫でると目を細めて気持ちよさそうにするのも可愛い。
「はい。せっちゃんはこれやって……あふ」
「顔洗ってストレッチでもしてきたらどうですか?」
「そうするわ……」
少しずつ睡魔が引いていったみたい。
その間私はメニューをこなせばいいのね。
えーとなになに?
「ビーム、素手で衝撃波、明鏡止水……それに呪いと解呪ですか? なんですかこれ」
運営さんが横からのぞき込んで首をかしげる。
まぁ初見だと意味わからないでしょうね。
「ビームはあれから自由に撃てるようになりました。素手の衝撃波はさっきの50m走とかでもやったやつの応用といいますか、気を使った遠当てという技ですね。まぁ気を使わなくても衝撃波出すことできるんですけど。明鏡止水は神羅万象との一体化の名前、呪いと解呪は私の専門じゃないんですけど一応は嗜み程度にできます」
「たしなみ……どこで覚えられるんですかそんなの」
「実家の育成方針です。7歳までに古今東西のありとあらゆる呪いと解呪を覚えさせられました」
「……ユニークなご実家ですね」
「そうですねぇ、割と変わった家だったと思いますよ。ただそれ以外は普通の家でした」
「普通の定義が壊れていくのですが、研究者としては望むところ。というわけで早速実験……じゃなかった、計測にうつりますか!」
この人いま実験って言ったわね、別にいいけど。
モルモット扱いは慣れているわ、誘拐されたときとか、飛行機丸ごと拉致されたときとか、戦場で孤立して救助されたと思ったら捕虜にされたときとか。
幸いというべきか、野獣のごとき性欲の獣は兄で慣れてたから全員ぶちのめしてアンタッチャブル扱いさせることで貞操は守れたけど、身体能力に目をつけられて方々で血とか細胞のサンプルとられたっけ。
あの時せめてもの抵抗で口内の粘膜採取するピンセット噛みちぎってやったけど……やっぱり金属は美味しくなかったわね。
さて、そんな思い出はともかくとして移動したのは地下シェルターもどき。
「ここは我々が一から作り上げた場所でしてね、この地球に存在するありとあらゆる兵器の集中砲火すら耐えうる特別な作りになっています」
「へー」
とりあえず軽く殴ってみる。
「おお、本当だ。鉄板なら粉砕できるのにへこんだだけだ!」
「……いえ、銃弾どころかミサイル直撃しても焦げ跡すら残さないのですが」
「ミサイルよりは強めの威力出しましたから。ちなみにどのくらい強いんですかこれ」
「硬度だけならダイヤモンドより傷つきにくいですね。モース硬度でいうなら28くらいでしょうか。ビッカース硬度であれば8000mブリネルなら4000、ショアなら900と言ったところでしょうか」
「随分とばらけてますね」
「あまり均一にすると逆に脆くなってしまいますからね。日本刀と同じく硬さと柔軟さを兼ね備えた作りなんですよ。とはいえ、このシェルターは外的な攻撃には強いのですが中身が無事とは限りませんから。なにせシェルターそのものは硬くても周囲はやわらかな土壌、地形が変わるほどの砲撃を受けたら中身がシェイクされ、結果ひき肉の出来上がりです」
「なるほどなるほど、となると精密機械とかも設置しにくいですね」
「そうです。なので作ったはいいけどひたすら頑丈なだけの部屋ですね」
ならある程度本気を出してもいいかもしれないわね。
うーん、どのくらい手加減しようか悩んでいたけど……無用だったか。
「じゃあまずビームからですね。標的はありますか?」
「同様の素材で作った人型モデルがありますので」
「じゃあそれで」
運営さんが一つ頷いてから、リモコンを操作すると天井が開いてそこから金属製のマネキンが下りてきた。
ふむふむ、あれを撃てばいいのね。
「では……カッ!」
ビームを吐く、とりあえず今撃てる最強の威力で。
「おぉ、本当に丈夫だ」
表面が少し溶けているけど原形を保っている。
……ほんの少し、悔しい。
「……一応、地球中心部探査も可能な作りになっているんですけどね」
「だったら……コッ!」
ふと思いついたのでやってみる、ビームの収束。
さっきは垂れ流しにしてたそれを、一本の鋭い針のように凝縮して打ち出す。
一瞬の閃光、それがマネキンの頭部を吹き飛ばした。
ついでにシェルターの壁にも穴をあけた。
外は土なんだけど、溶けてガラス状になってるわね。
「おー、やってみると収束も意外と簡単ですね」
「……もう何も言いませんのでそのままどうぞ」
「じゃあ遠当て行きますね、まずは気を使わないやつで」
本気で拳を振りぬく。
空手で習った正拳突き、極めれば一撃必殺ともなりうる技だ。
音の速度を超えたせいか、スーツの右腕部分がはじけ飛んで少しセクシーになってしまった……。
マネキンはというと、ガキンという硬質な音を立てて後方に吹っ飛ぶ。
「なるほど、結構な威力ですね。マグナム並の破壊力はあるようです」
計測器を見ながら運営さんがつぶやく。
なるほど、まだ人間が技術力でどうにかできるだけの威力に収まっているのね。
少し、ほんの少し悔しい……縁ちゃんなら今の一撃でマネキンをバラバラにしていただろうに。
「じゃあ今度は気を使ったうえで本気の一撃行きます」
「はい」
呼吸を整える、丹田から全身に回る流れを拳に集中させ……先ほど同様本気の正拳突きでマネキンを狙い撃つ。
響いた音は二つ、音速を超えた私の右手が放つ破裂音、そしてマネキンが爆散する音だ。
「……神の杖という都市伝説を知っていますか?」
「えーと、たしか宇宙にある人工衛星から質量兵器を落とすって言うあれでしたっけ」
「はい、それと同等の威力があるようです」
「はぁ……」
くっ、まだ人類の範疇か。
せっかくうずめさんの修行も終えたのだから縁ちゃんに近づけたらと思ったのに……。
まだまだね、精進しなきゃ。
「でも人類の兵器に耐えられるのが売りなんじゃないですか? マネキンバラバラですよ」
「関節部の強度に問題があるようですね。このままでは兵器としての転用は難しい……介助用ロボットとしては十分かもしれませんが、我々の護衛には少々心もとないですな」
「あれ戦闘兵器のひな型なんですか?」
「えぇ、人型汎用自立思考型歩兵です。その外殻として用いるものなので中は空洞になっているのもあって脆弱性が露呈してしまいましたね。少々改良を加える必要がありそうです」
「兵器開発はほどほどにしてくださいね。あまり強力な兵器を持つと諸外国から睨まれるので」
「ばれなきゃ犯罪じゃないんですよ」
この人……私一応仮にも国家機関の一員なんだけど。
まぁばれなきゃ犯罪じゃないというのは同意するけどね。
「じゃあ明鏡止水、いきますね」
「はい、計測器は全て正常に作動しているのでどうぞ」
先ほど同様呼吸を整え、そして自然と溶け込む。
探知するのはこの駐屯地にいる人、人数、居場所、そしてその状態。
……祥子さんがまだおねむなのか、ソファーの上で寝息を立てている。
お? この人は筋肉の量からして自衛隊ではない……運営さんの一人かしら。
妊娠しているわね、本人も気づいていないのか力仕事しちゃってる……教えてあげないと。
「もういいですよ」
「ふぅ……あ、今この真上、3階で荷物運んでる人妊娠しているので力仕事は控えさせてください」
「そこまでわかるのですか……わかりました。連絡してすぐに検査させます」
「じゃあ最後に呪いと解呪ですけど……誰呪えばいいですか?」
「生命体しか呪えないのですか?」
「いえ、世の中には呪物という呪いの込められた物質も存在します。有名どころだと徳川家に仇成した村正、実家でも何本か保管してますが……あの手の呪物は大量の人間の意識、少し言い方を変えるなら集合的無意識の領域で呪われていると思い込むことで力をつけています」
「つまり?」
「物質に対する呪い、それに付属する効果は一個人の能力では見分けがつかないものです。もちろん効力がないわけじゃないですよ。藁人形とかは個人の力に左右されますから。でもそれは儀式あっての物、私個人だとそこまでは難しいですね。被害なしというレベルに抑え込むには」
永久姉なら片手間でできそうだけど、私個人だとなぁ……。
儀式をすれば街一帯が焦土になるレベルの呪いになっちゃうし、しなかったら観測できないほど脆弱な呪い……たぶん数分で勝手に消えるような弱いのしかできない。
やっぱり生命体の方が呪いをかけるのはたやすいのよね。
なにせこちらが『呪った』という事実と、『呪われた』という思い、この二つを重ねる事で相乗効果が狙えるから。
特に効果を教えれば相手はそれを思い込む、一番簡単な呪いは呪ったと伝える事だからね。
「ふむ……生命体の定義をしましょうか」
運営さんの言葉は、それはもう楽しそうだった。
まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように。
(作者の)イ(をキリ)キリ(させる)主人公刹那さん




