地下の大天使
隠し通路の先、狭い道、急な階段を下りていくとそこは開けた空間だった。
まず目に入るのは顔の削り取られた神像、なるほどね……この教会に入っても聖属性特有のピリピリとした感覚が無かったのはこれが原因かしら。
上の聖堂に置いてあるのはダミー、本命はこの神像だった。
けれど顔を削られ、そして祈る者がいなくなった今これはただの石の塊。
だからこそ教会特有の聖属性を発揮しなかった。
……これ聖都で同じような事やったら征服できるかしら、やらないけど。
そしてもう一つ。
「誰だ……」
神像に打ち付けられた金属の杭、そこから伸びる鎖で拘束された女性だ。
翼は無残にむしられ、そして流血のせいか白かったであろうそれは赤く変色している。
全身からあふれ出る血は床の溝をなぞるように壁に開けられた穴の中に消えて行っている。
その量はどう見ても女性の体積を上回っているが……。
「レオンを喰った悪魔、新しい暴食の大公とでもいうべきかしらね」
「ふっ、あの男が食われたか……いい気味だ」
「そういうあなたは?」
「大天使ハイエル。ご覧の通り今は翼も尊厳も失った醜い女だ。今やこの鎖につながれることでかろうじて生きながらえているだけにすぎない……天使でありながら亡霊のような存在だ」
そういうハイエルさんは拷問を受けたような……いや、傷口を見るに直前までいたぶられていたのがよくわかる。
うん、お腹の傷が新しいわね……この前私がお腹刺されたときと同じようにまだ傷口が桜色してるわ。
それによく見ると眼孔は濁っている……両目の視力を失っているとみるべきかな。
鎖につながれることで生き永らえているという事は、アレはある種の回復アイテム……というより捕縛用のアイテムかしらね。
「それで、お前は私をどうするつもりだ」
「どうするもなにも、あなたがここで何をされていたか知らないから何とも言えないんだけど……」
「レオンの討伐を命じられた、そしてここに捕らえられ、こうして拷問を受けていた。それ以上の説明が必要か」
「最初の二つは見ればわかる。最後の拷問を受けてた部分詳しく」
「私たち天使の血は大地を潤す。大いなる主が直々に作られた我々にはその力の一端が備わっているからな。故に傷の治りも早い。これでわかるか」
大体わかった。
要するにハイエルさん、この大天使の血を肥料にしていたのね。
だから食糧難になる一歩手前で踏みとどまっていられた。
その肥料を供給するために日々拷問……はする必要なかったけど、結果的にそういう形になったと考えるべき。
だとすると……。
「あなたは何か望みある?」
「殺してくれ。主の命令を遂行できず、そしてこの翼を失った。我らの誇りと尊厳を傷つけた私自身が許せない」
「うーん、殺してくれって言う人嫌いなのよね私」
家業が家業だからね、もっと生きていたかった、もっと幸せになれたかもしれないなんて想いを残して悪霊になるというケースは割とある。
そのせいか昔から尊厳とかのために死ぬ人に共感できなかったし、なんなら心のどこかで軽蔑していた。
それを割り切って「嫌い」の二文字で済ませられるようになったのは社会に出てからの話。
まぁ……ブラック企業に勤めてたからね。
一日3食しか食べられない、量も少ない、そのくせ仕事は1日18時間、酷い職場だったわ。
その経験のおかげで意識改革ができたともいえるけど、感謝の気持ちはかけらもない。
何なら今からあのテレビ局に殴り込みに行って当時の上司を殴り倒したいくらいね。
「ならば、お前もレオン同様私を踏みにじるか」
「ふむ……」
どうしようかしら。
正直なところ食料に関しては不作になると一気に情勢が悪化する。
そういう時に矛先が向くのは指導者、この場合教会がやり玉にあげられることになるわけだ。
とはいえ、天使の血という潤沢な肥料を使ったところで延命にしかならない。
かといって言われるがままに殺すのはちょっとなぁ……。
「ねぇ、いくつか聞きたいんだけど血が肥料になるならあなたが力を使えば土地は潤う?」
「可能だ。しかし悪魔に手を貸すつもりはない。殺せ」
「質問その二、それは天使の力として潤すの? それともあなた個人の持つ固有能力?」
「天使全員が持つ力だ。下級天使であろうともこの小さな国を支える程度は可能だろう」
「質問その三、その力は継続期間で言うならどれくらい? 魔の者でもできる?」
「およそ3か月、しかし大いなる主自ら作り出した我らと違う生を受けた魔の者由来の天使には不可能な御業だ」
なるほど、今まで天使プレイヤーがそういう力を持っていなかったのはNPC専用みたいな能力だからだったのね。
まぁ確かに畑とか拠点を持つことが難しい、具体的に言うと各国が土地を押さえてプレイヤーに売ってくれない現状ではその手の能力は無意味だしね。
あぁ、でも草木を使ったトラップとかには有効か。
「質問その四、なんで詳しく教えてくれるの?」
「憎きレオンを下した礼、そして汝が魔の者ゆえだ」
「私が魔の者だから?」
「あぁ、魔の者は世界に混乱と混沌をもたらす。しかしそれは同時に人々が大いなる主に祈りを捧げることになる。それだけではない、停滞していた世界は魔の者が導となり繋がりを持ち発展していくだろう。故に我らの大いなる主は魔の者を良しとするのだ」
「つまり、神様は私達にとって敵対者じゃない」
「あぁ、無論挑むのであれば全力を持って対処されるだろう」
「そう……それで、私はあなたを殺す。その先は好きにしていいのかしら」
具体的にはその力を喰えば私も大地を潤す力を得られるかもしれない。
そうなれば一時的に土地を持たせることもできるし、その間に他のプレイヤーが来れるようにすれば街の状況も改善されるかもしれないわ。
「あぁ、終わらせてくれ……」
「ひと思い、とは言えないけれどあなたが未練を残さないようにしてあげることはできる」
傲慢な話になるけれど、これは介錯だ。
生きる希望を失い、繋がれた鎖によってかろうじて生きているに過ぎない、そんなハイエルを救う唯一の手立て。
「そうだ、あなたに言っていないことがあったわ」
「なんだ」
「私の名前、魔の者フィリアよ。貴女を殺す女の名前」
「そうか……フィリア、レオンを下したこと、そして私を殺してくれること。心より感謝する」
ハイエルの最期の言葉を耳に、その肉と魂を喰らう。
『大天使を捕食しました。魂からは抵抗の意思を感じません。種族天使を取得しますか?』
イエス、脳内で答える。
抵抗の意思があったら、もっと何かあったのかもしれないわね。
『大天使の能力を解析、邪悪属性弱点。ならびに所持していた聖属性弱点の反発により一時的にアバターが昏睡状態に陥ります。リアル時間において48時間の間ログイン不可能となります。よろしいですか』
イエス、今は少しセンチメンタルな気分だからね。
ゲームから離れてリアルでいっぱいご飯食べて眠りたい気分なのよ。
『永続的に外見が変化する可能性があります。よろしいですか。この問いに返答した際に強制的にログアウト処置がとられます』
「イエスよ」
最後は口に出して答える。
ハイエルのいた場所に両手を合わせ、そして祈りながら私の視界は暗転。
再び目を開ければVOTのメニュー画面が表示されていた。
……レオンめ、こんなストーリーを用意しているとは死してなお厄介な男だ。
ブログにぼろくそに書き込んで……やれないんだった。
あー! 二日間どうやって過ごそうかなぁ!
外出られないんだもんなぁ畜生!
その場のノリで動きすぎた!
1日3食量少な目(刹那さん基準)




