牽制
探偵なら謎は全て解けた、とでもいうべきタイミングなのかしら。
それとも鬼の形相で睨みつけるべきなのかわからないけれど、このレオンはさすがというべきか悪魔らしい思考の持ち主だった。
本人が求めるのは精霊女王でもセイレーンの肉でもない。
いや、もしかしたらそれらを求めているのは本当かもしれない。
けれど副産物か、それとも本命か、ともかく狙いとしては私を森に縛り付ける事にあったみたいね。
ゲーム的に言うなら森を放棄することもできたかもしれないけれど、それはどうでもいい。
問題はこいつは私を精霊王に仕立て上げて、森に縛り付け街に近づけなくする。
それが一番の問題だ。
「許されないわね……」
「なにがだ? 君を森の主にしようとしたことか、それとも利用しようとしたことか、はたまた旅の邪魔をしようとしたことか」
「美味しいご飯を独り占めしようとしたことよ!」
「……いや、悪魔の私が言うのもなんだが世界の平和とか、人々の希望とか、君の自由とかはどうでもいいのかい?」
「割とどうでもいい」
世界が平和でもご飯が食べられなければ意味がない。
人々の希望を私に寄せられても困る、そんなものよりご飯をちょうだい。
私の自由を奪うのは許せないけど、まぁそれに関しては最悪新しくキャラを作ればいいからどうでもいい。
というかね、そもそも私美味しいもの食べたいからこのゲームやってるのよ。
その目的に関してはまだまだ途中とはいえ、リアルでも美味しいもの食べられるならしばらくゲームお休みするくらいなんてことないわ。
「なんというか……これから殺し合おうという雰囲気ではなくなってしまったな」
「殺し合いするつもりだった? 勝っちゃうけどいいの?」
「まぁ、君なら私を殺せるだろう。どころか喰うだろうな」
「そうね、せっかくの獲物を食べないのはもったいないもの。なにより、狩った相手を食べないのは失礼でしょ?」
「ふっ……相手が人間であっても同じことを言いそうだな。戦場で殺した相手の肉を食わんとする勢いだぞ」
「……………………」
「いや、冗談なのだから否定してくれたまえ。魔の者とは本質は人間と変わらんと聞くが……これは嘘だったのか?」
「まぁ、基本的に人間と変わらないと思うわよ」
「だとしたら人間というのは恐ろしいな……悪魔の私よりもよほど凶悪だ」
「人間の悪意は神にも勝る、なんて言葉もあるくらいだからね」
「なるほど、道理だな。悪魔は悪意を持って善を成し、神は善意をもって悪を成す存在だろう。だが人間は悪意をもって悪を成す、真に恐るべきは悪意と善意を使い分ける存在か……」
実際神様がいたらどうなのか聞いてみたいところよね。
悪魔と神様に悪意と善意の違いがあるかどうかって。
まぁ人間の尺度では測り切れないことなのかもしれないけど。
「して、どうする。依頼を遂行しないのであればこちらは条件を飲まない、君の渡航を邪魔するだろう。だが依頼を遂行すれば君は森に囚われる。あぁ困った、こうなっては私を打ち倒すしかあるまい」
「え、別に倒さなくてもいいんじゃない?」
「え?」
「協力しない? 私はこの街を治めるあなたを邪魔しない、だからお目こぼしをしてもらう。当然邪魔をしないという条件の中にあなたの情報を外に漏らさないというのも含む。これを飲むなら私はあなたを殺さない。飲まないならあなたという存在、魂までもを飲み込んでしまう。それだけの話よ」
交渉のコツはね、アドバンテージを相手に渡さないこと。
条件を出すのはあくまで自分、そしてその条件を前に悩むのは相手と区切りをつける事。
端的に言うならマウントの取り合いなんだけど、交渉の場でこれをやるのは結構大変なのよ。
先を読まなきゃいけないから、相手がどんな振る舞いをしてくるかを見定める必要がある。
まぁ今回は向こうに引け目があったこと、とはいえ悪魔だからそんなに気にしてないでしょうけどそこが付け込むポイントであり、なによりこちらを下に見ていた。
常に上から交渉を持ち掛けてきた立場、負けなしというのは失敗という経験を積んでこなかった人のことを言う。
なら一手バランスを崩せばアドバンテージは簡単に奪える。
契約を重視する種族である悪魔なら、いつも上から見下ろす立場だったでしょう。
ちょろいもんだわ。
「……驚いた。まさか私が条件を突き付けられるとは」
「どうする? 別に魂の喰い合いをしてもいいのよ」
「……悪魔の大公として、むざむざ条件を飲むのは負けを認めるようなもの。ここはひとつ悪魔流のゲームで決着をつけないか?」
む、アドバンテージを取り返そうとしてきたわね。
いいでしょう、ここで乗るのも一興。
断ってもいいんだけど、それはこちらが引いたという前歴を残してしまうからあまりよろしくない。
まだこちらが優位なのだからわざわざ引く理由がない、ならここでゲームに条件と細かいルール付けをするべきね。
「どんなゲームかしら?」
「なに、君の言った魂の喰い合いだ。とはいえ完全に喰いつくしてしまうわけではない、互いに手を取り、そしてその肉体を侵食していく。完全に浸食されたほうは肉体を捨てて魂となり地獄に帰るというルールだ」
「そのルール、私が負けたらこの肉体を捨てて地獄に行くということ?」
「君の場合は肉体と魂がイコールで繋がっている。通常ならば死ぬが、魔の者であれば生き返ることだろう。とはいえ元の力を取り戻すには時間がかかるだろうがな」
なるほど、負けたらペナルティの増加……もしかしたら英雄さんの時みたいにレベル減少とかもあるかもしれないわね。
このゲーム挑むだけでリスクが大きいけど……ふむ、ちょっと条件を変えたら美味しいかもしれないわ。
「そのゲーム、受けてもいいけどルールに条件を付けましょう」
「なにかな?」
「互いに浸食された部位は物理的に喰われる、つまり取り戻すことはできないというルールよ」
「面白い、その条件飲もうではないか」
よし、こちらは既にゲームの勝ち筋が見えている。
ならばここで条件を付けられたのは美味しいし、勝ちに近づける。
「それともう一つ」
「まだあるのかね?」
「これはあなたにとっても利益となる話よ」
「聞こうか」
「負けた方は相手に絶対服従、未来永劫忠実な奴隷として生きる、生殺与奪の権すらも奪われるというルール。勝利条件は相手の肉体を完全に喰いつくす事。単純明快であり、わかりやすい決着方法よ」
「その場合肉体はどうする」
「私はネクロマンサー、死体があれば錬金術で肉体も作ってあげられる。さぁ、どうする悪魔の大公レオン。木っ端ものに怯えて勝負から逃げ、条件を飲むか。その地位にふさわしい態度で挑戦を受けるか。決めるのはあなた」
まぁ復活させてあげる義理はないけどね。
うん、面倒なことにならない限りはしない。
「……安い挑発だが、私に牙を剥いたことを後悔させてやろうではないか」
差し出された右手、その手を掴むことで勝負は始まった。
口八丁で生きてきた刹那さん、この程度は余裕です。
なお実力行使のが手っ取り早い模様。




