レオン
「うごごご……」
「まーだ痛むの?」
頭を押さえて真っ青な顔をしてるギルフォード、昨晩の飲み比べで大勝ちしてしまった結果何人か教会で治療系魔法のお世話になっているらしい。
お酒は飲んでも呑まれるなって言うし、無茶な飲み方は楽しくないでしょうに。
あ、お酒と言えばゲームシステム的には薬の分野になるみたいね。
煙草も同じく薬分野で、吸う事で味覚異常と嗅覚異常を引き起こす代わりに虫系モンスターの接近阻止とスタミナ最大値を一定時間削りつつも魔法攻撃力が上がる効果があるとか。
だから魔法系プレイヤーはこぞって煙草を求めるらしいけど、それに目を付けた各国NPCが煙草の値段を吊り上げているとか。
世知辛い話ね……私には無縁だけど。
ちなみにお酒の効果は煙草の真逆、HPの最大値を一定時間削ることで攻撃力を増すらしい。
まぁマスクデータだから細かい数値まではわからないけど、酔いやすさと継続時間はプレイヤーに依存するらしい。
私はお酒は楽しむものと思っているから戦闘中には飲まないし、プレイヤー依存なところもあるから煙草程の需要はないみたい。
おかげで酒場の売り上げが落ちたという話は聞かないわ。
「お前……あれだけ飲んでなんで平気なんだよ……」
「あなたたちが弱すぎるのよ。この程度の量ならほろ酔いでしょ」
「店の酒どころか街中の酒集めたんだぞ……」
「んー、まぁそのくらいならほろ酔いね」
「本物の化け物じゃねえか……レオンも真っ青だぞ」
「失礼な、人を暴食の悪魔と一緒にしないでもらえる?」
系統は同じとはいえ、私は沢山食べたいからこの種族になっているだけなのに。
あっちはもともと素質があったんでしょ、私は違うわよ。
「それで、レオンにはいつ会えるのかしら」
「あぁ、すぐに会える」
ギルフォードの言葉と共に漁師の宴の扉が開かれた。
そこに立っていたのは神官服の男性、ゆるりとした服装だからわかりにくいけど足運びとかからかなり鍛えていることがわかる。
そして何よりその雰囲気、私はこれを知っている。
忘れもしない、初めて英雄さんと戦ったときのこと。
その際にドレインした存在が発する空気というべきか、禍々しく鋭い気配。
悪魔のそれだ。
「あなたがレオンね。私はフィリア、魔の者よ」
「お初お目にかかる魔の者フィリア。君の噂はよく聞いているよ」
「あら、こんな僻地まで情報が回っているの?」
「いいや、人間の情報網ではない。我々、悪魔の情報網さ。末席のひよっこだった頃からあの英雄と渡り合い、そして今は自ら英雄となった存在。なるほどなかなか……」
「悪魔の情報網ね……」
「まぁそんな話はこのくらいにしておこう。さて、何用があって私に挨拶望んだのかね?」
「宣戦布告かしら、あなたのエサになる気はないって言うね」
「ほう……」
顎をさするレオン、その仕草からは余裕が見て取れる。
けれど決してこっちを侮っていない様子、いつでも対応できるように身構えているのがわかるわ。
「おとなしく海を渡らせてくれるならそれでよし、そうでないなら……」
「殺すかね?」
「必要とあらば」
ピリピリとした空気が充満する。
どうでるかしら、悪魔の大公レオン。
「ふっ、いいだろう。無駄な消耗はこちらも避けたいところ。だがそうだな、その脅しに屈するというのは立場上よくない」
「なにが言いたいのかしら」
「私からの依頼という事にさせてもらおう。その報酬に、君が海を渡る手伝いをしよう。むろん邪魔はしないと誓う」
「それは未来永劫? 悪魔というのは足元を見てくるからね、気を付けないとどんな裏が潜んでいるかわからないから」
「ふっ、流石というべきか。そちらが言い出さなければ1度だけの約束として二度と戻ってこられないようにしたものを……いいだろう、このレオンの名に誓って君の航海には生涯手出しをしないことを誓おう」
「それでいいわ。敵対でもよかったんだけどね」
「おぉこわい、私なんかよりよほど悪魔をしているな」
「失礼な……それで依頼って?」
「なに、そう難しい話ではない。君の力をもってすればね」
妙に含みのある言い方ね。
私の力……ゲームシステム的に見るなら種族というところかしら。
さすがにステータスの話だとこちらもわからないからね、化けオンの運営はその辺公平だからプレイヤーにとって未知数な部分を指標にしたりはしないはず。
「森にすむ精霊女王、そして海に住むセイレーンを食べてみたいと思っていたのだ。用意してくれたら……」
「待った」
「……なんだね? 話を遮られるのは嫌いなんだが」
「精霊女王って森を迷路にしている存在?」
「いや、違う。その契約をしたのは精霊王であり女王はその伴侶、それを食い殺したとなれば我らこの国に住まう者を決して森から出さず、そして外からの援助も許さぬという事で二度と人がこの国に来ることはできなくなるだろう」
なるほど、なら問題は一つ解決。
でもまだいくつか聞きたいことは残っている。
「その精霊王を討伐、あるいは捕食したらどうなるかしら」
「精霊の力を持つ者がその存在を打倒すれば力は伝承する。この場合打ち倒したものに行くのが当然の帰結だろうな。仮に君が倒したとすれば森を開放するも閉じるも自由だ」
「じゃあ最後に……精霊女王とセイレーンって美味しいの? 美味しいなら一緒に食べたいんだけど! というか食べさせてもらうわよ! 嫌というならあなたを食べるわ!」
「……なんというか、君こそ暴食の悪魔にふさわしい存在だなと思うよ」
「誰が暴食だ!」
あ、思わず渾身の右ストレートぶっぱしちゃった……。
いや、言い訳すると最近フラストレーションがたまっててね、ほらなんか力が湧き上がるのに抑えていなきゃいけないのがどうにもストレスで……。
それで酷いあだ名を使われたからつい、ね。
「……交渉決裂とみていいかな?」
「いや、いきなり人のこと暴食扱いしてくるんだから心臓吹っ飛ぶくらいは覚悟しなさいよ」
「その理屈はおかしいと思うが……魔の者とはずいぶん恐ろしい存在なのだな」
胸にぽっかりと穴をあけたレオンが心底怯えたような表情を見せる。
まぁ見せてるだけで実際は腹の奥底で笑ってそうだけど。
「それで、依頼を受けてもらえるかな?」
「ふむ……」
正直この依頼を断る理由がない。
多分精霊女王とセイレーン、この二つを食べる事が出来たら私は種族的に進化することができる。
けどこの依頼を受けるメリットもないし、何ならデメリットの方が大きい気がする。
例えば、レオンが航海の邪魔をしないという約束をしたうえでの話。
さっきの話を纏めると私は精霊女王を捕まえる事で精霊王の怒りに触れる。
というか夫婦だとして、一緒の場所にいる可能性が高いから危険な相手との戦闘を強いられるわけだ。
そうなるとどうあっても精霊王を打倒する必要がある。
その場合も私は種族的に進化することになると思うけど、引っかかっている言葉が一つ。
この森を開くも閉じるも私次第、それって迂遠な言い回ししているけどこの地に縛り付けられるという事じゃないかしら。
セイレーンに関してはなんか歌が上手くて船乗りを惑わす人魚って事しか知らないから何とも言えないけど、どこかに罠がある気がする。
なにせ相手は悪魔だからね、疑いすぎて困ることはない。
だったら、直球勝負と行きましょうか。
「ねぇレオン」
「なにかな」
「精霊女王を捕まえるとして、その場に精霊王がいる可能性は高いわよね」
「そうだな、仲睦まじいと聞いているから噂通りならそうなのだろう」
「なら精霊王も求めるのが普通だと思うけど精霊女王だけを求めた理由は?」
「精霊王は死ねば自然に還り、力だけを継承する存在。精霊女王は精霊王の伴侶として認められた精霊であり、息絶えようともしばらくはその姿を残しているからね」
「そう、なら最後に一つ質問させて……私が精霊王になったら、森に縛られるんじゃないの?」
「……君のような勘のいい輩は嫌いだよ」
やっぱり、そういう事なのね。
ちなみにゲーム内の煙草は紙巻、キセル、パイプと種類豊富です。
持続時間は全部同じにしてあるので好みでどうぞという運営のやさしさ。
フレーバーは72種類、シュールストレミング風味もあります。
なお副流煙の香りまで自由に選べるので、主流煙はライムの香りで副流煙はシュールストレミングという人もいますが結局自分もダメージ受けます。




