海の街
さて、久しぶりに私は化けオンにログインするとしましょうか。
確か東に行けばよかったのよね、テンショーさん達に最低限のアイテムを譲渡するために最初の街にいたから移動は簡単。
顔は隠せるけれど装備でばれる。
という事で新装備、パンドラとかの箱なら譲渡できるかなーと思ってたけどそこまで甘くなかった産物。
いろいろ装備はそろっているのよ。
まず一式装備、破壊王シリーズ!
なんかよくわからないけれどいろんなもの壊したことで手に入れた装備。
胸元にサラシを巻いて上着を羽織っただけ、ズボンはダメージジーンズ風に太ももやすねの辺りが見えてセクシー!
手袋には攻撃力倍加の能力があるけれどRFB使ってる私には無意味、頭部の野球帽には根性というどんな攻撃を受けても一度だけ耐えられる性能。
……まぁあらゆる弱点剥き出しになるからインベントリの肥やしになるかなと思ってたものね。
武器は装備できないけれど持つことはできるから釘バットを持ってる。
髪は帽子の中に突っ込んであるから今までの穢れた英雄装備の私をよく知る人は見分ける事なんてできないでしょう。
……けれどこれ、特攻服プラスアルファよね。
昔刀君が叩きのめした人たちが着てたわ。
ま、考えるだけ無駄なので東に向かってばびゅーんと出撃。
そしてたどり着きましたペナルティエリア、NPCのおじいさんは見当たらないけれど……この辺りがスタートラインかしらね。
「ねぇ、そこの立派な大樹さん? ここから海に行くにはどうしたらいいかしら」
「おまえ、きらい、おしえない」
うんうん、今までの好感度がしっかり反映されているわ。
樹木に対して私は結構酷いことをしてきた。
痛いと言われようとその葉、その実を摘んでは食べてきたからね。
だからフルスイングでへし折る。
そしてお隣さん。
「ねぇ、立派な大樹さん。立派だった大樹になりたくなかったら教えてくれる? 嘘ついたら……そうね、あなただけじゃ可哀そうだから森と一緒に天に還りなさい」
「まっすぐ572歩、そこを右に200歩、左を向いて正面256歩、左に721歩、右を向いて972歩」
「そう、ありがとう。嘘だったら燃やしに来るからね」
「……」
ふーむ、なんとも面倒な道順ね。
まず572歩、歩幅はいつも通りの感覚で進む。
次に右向いて200歩、左向いて256歩、さらに左向いて721歩、で、右向いて972歩進んだところで急に匂いが変わった。
森の持つ特有の、緑と土の匂いから潮の香りに。
この先は指示がなかったけど潮の香りを頼りに進んでみると崖の上にでた。
眼下に広がるは一面の海と、それなりに大きな港町。
……ここからは飛んでも良さそうだから羽を広げて一気にゴールを目指し、そして街の前に降り立つことができた。
「ようこそ、魔の者とお見受けするがうちで暴れてくれるなよ?」
「横柄に振舞うのはいるかもしれないけど、暴れる人は少数じゃないかしら。もとより海の男相手に喧嘩を売る馬鹿はいないでしょうけどね」
「はっはっはっ、そりゃ魔の者相手だろうが俺らは勝てるからな! なにせいつも海で戦ってるんだから」
「あら、そんなに危ないの?」
「危ない? 馬鹿言うなよ、マジでやべーところだぜ。遠洋で船を1m動かせばモンスターか魚に出会う、そんなところなんだよ海は」
「へぇ、しばらくここに滞在したいんだけど私以外に魔の者っている?」
「いんや、あんたが初めてのお客さんだな。ここに来る途中迷わなかったか?」
「道を教えてくれた樹木に感謝ね、案内が無ければ迷ってたわ」
「なるほど、その蔦はドライアドか。なら納得だ、この港はほぼ自給自足でな。他国の侵略を受けない、昔方々の国々と揉めることがあったからな。だから今じゃ隔離された街になっているが……あんたみたいな威勢も行儀もいい客なら大歓迎だ。しばらくゆっくりしていくといい」
「ありがとう、ちなみにだけどここを離れるときが来た場合の話、船とかは出ているのかしら。例えば他の大陸に行けるような……」
「訳ありかい? だったら港に行って黒い帆の船で話してみるといい」
「へぇ……ありがと」
「どういたしましてだ。そんじゃ海の幸を堪能してごゆっくりってな」
海の幸……こっちの海鮮料理は初めてね。
さっそく酒場に行きましょうか!
ゲームの基本は酒場、情報も集められるしご飯も食べられるからね!
装備は……穢れた英雄の知名度がどんなものか知らないからこのままにしておきましょう。
という事で手始めに入った酒場。
「ここは女子供の来るところじゃねえぞ」
おぉ、お約束の台詞!
そしてそれに呼応して笑い声が響き渡る。
しかも指笛拭いたりナンパまがいの言葉まで飛んでくるとは……わかってるわね運営さん。
ならこちらもお約束を返さないとね。
「ミルクを」
「おいおい聞いたかてめえら! ミルクだってよ!」
「俺は姉ちゃんのミルクが飲みてえなぁ!」
「どうよ一晩、最高の気分にしてやるぜ!」
いいヤジね、うーん最高。
今時ウェスタンの酒場に行ってもこんな空気は味わえないわ。
「聞こえなかった? ミルクをご所望よ」
「へっ、おらよ。ミルクだ」
ガゴンと音を立てて乱暴に置かれたのはミルクの入った缶。
どこかの国に行った時見たわねこれ、どこだったかしら……アルプス辺りだっけ。
とりあえず持ち上げて一気飲み。
ふむ……海に近いから畜産はやってないかと思ったけどあるものね。
「おかわり」
「……」
まぁこのくらいなら食前のドリンクにはちょうどいいわ。
「おかわりよ、耳が悪いのかしら。それとも頭?」
「てめぇ……」
バーテンダーが近くにあった空き瓶を手にすると同時にミルク缶を握りつぶす。
「おかわり」
「……うす、すぐにご用意させていただきます」
ふふふ、これぞ王道。
酒場で飲んだくれてる奴らに力で言うことを聞かせるのは最高ね!
運ばれてきたミルクを飲みながらバーテンダーの方にお金を投げ渡す。
「これで足りるかしら」
「多すぎる。この店にある酒を全部出しても釣りを用意できねえよ」
「あら、ここなら情報も取り扱っていると聞いたけれど?」
「……誰からだ」
「顧客情報を漏らすわけないでしょう御同業。私は魔の者相手に仕事をしているの。これからここに人が来るようになるかもしれない、けれどその時邪魔にならないようにしたいと思っているのよ」
ブラフって便利よね、まぁかっこよく言い換えただけで嘘ついてるだけなんだけど。
情報屋というなら検証班みたいな人達がそれにあたるのかしら。
「……いいだろう、裏に来い」
「えぇ、妙な真似したら……」
「わかっている。勝てない喧嘩をしないのが俺の流儀だ。特にここで生きていくにはそうしなきゃなんねえのはわかるだろ」
私の背後で固まっているごろつき達を見ながらバーテンダーが小さな声で語る。
まあね、下手な相手に下手な事を言っても終わり、勝てない喧嘩を持ちかけられたら全面降伏が長生きの秘訣かしら。
「利口ね。そういう男は嫌いじゃないわよ」
「へっ、俺はお前みたいなおっかねえ女大っ嫌いだよ」
「残念、それじゃあ行きましょうか」
さてさて、どんなお話が聞けるかしらね。
久しぶりにログインしたけどこいつリアルの方がファンタジーしてるな。




