運営自重しなさい
「はい、じゃあ今日の書類はこれで全部ですね。他に薬とか試したい物があったらどうぞ」
うずめさんが来てから家がにぎやかになった。
一応国から補助が出るとはいえ、私達はよく食べる。
具体的に言うと祥子さんは普通なんだけど、クリスちゃんが結構食べるタイプ。
世間でいうところの『いっぱい食べる君が好き』と言われる範疇ね。
そこを飛び越えて食べるのがうずめさん。
食事もさることながらお酒もすごく飲む。
そして飲んで気分がよくなったら服を脱いで踊り始める。
全裸のブレイクダンスを見せられた時は頭が痛くなったけどもう慣れたわ。
そして私、まぁよく食べるほうよね。
世間的に言うなら『いっぱい食べる君が怖い』というジャンル。
私とクリスちゃんの中間よりちょっと私よりなのがうずめさんかな。
だからその分の食費を稼ぐためにもこうして運営に会いに来ている。
「それでしたら先日の薬を改良したものがありますね。試してみます?」
「ほう……改良ですか」
「えぇ、考えてみたんですよ。エネルギーを光として放出するというのは過程でもいいのではないかと。ずばり伊皿木さんのビームがヒントになりました。放出するのは時間をかけなくてもいいのではないかと。故に、このDBU薬を発明しました!」
「DBU?」
「誰でもビーム撃てる薬の略称です」
「はぁ……」
「まず身体の粘膜の補強、これは体液で補う事で熱耐性を得ることに成功しました。結果ビームを口から放出する際に発せられる高エネルギーにも耐えられます。そして加減、お聞きしたところ30メガジュールものエネルギーを放ったとのことですが、一般人であれば一撃で干からびます。それを防止するためにもその人の個体差に合わせた熱量の放出を可能とする超小型チップを内蔵、瞬時に体内の余剰カロリーを計算して血中に溶け込んだ薬に信号を送ることで適度な威力のビームを発射することが可能となりました!」
相変わらず研究のことになると早口になるわね……。
けど適度な威力……なんか趣旨とずれている気がするけどいいか。
けどこれって普通に危険よね、一般人が薬一錠でビーム撃てるとなるとハイジャックとか簡単にできるわ。
「ふっふっふっ、危惧していることはわかります。これが普及すれば治安問題にかかわるでしょう。ですがそこはご安心を、この薬で殺傷能力のあるビームを打てるのはそれこそぜい肉だけで500㎏超える人間くらいです」
「じゃあ試しに」
ごくりと差し出された薬を飲み込む。
そこでふと思った、これ口閉じたままだとどうなるのかしら。
前は吐き捨てる要領でビーム撃ったけど、口を閉じてたら撃てないのかな。
そう思った瞬間だった。
バシュンという音と共に私のスカートを焦がした光。
「……今ビームどこから出ました?」
「鼻からですね……なるほど口を閉じているとそんな風に……いやはや、これは危険だ」
「そうですね、スカートが焦げました。でも前回と比べて効率は良さそうです。さほどお腹もすいていないしもう一錠いってみますか」
運営さんが制止しようとしたのが見えたけどお構いなしにもう一錠。
今度は口を開きながら。
……ちょっとした悪戯心が芽生えて、射出前にエネルギーを集中させるイメージ。
八極拳の気の扱いに近いかしら、丹田に全身の力を込めて、それを口から放出する。
「カッ!」
バシューンと、さっきよりも明らかに威力の高いビームが出た。
「……この部屋、特殊コーティングされているんですが」
「コーティングが脆かったんですね」
壁に空いた大穴……というか溶解しているそれを見ながら微笑みを見せる。
こういう時は笑ってごまかせばいいのよ。
マスコミやってた時に教わった方法!
「というか連射はできないようにしていたんですが……」
「なんかコツ掴めてきました。あと10回くらいやれば薬抜きでも撃てそうです」
「あなた本当に人間ですか? ちょっと血液サンプル貰えません?」
「公安が許可を出せば喜んで差し上げましょう。あぁ、ただ……」
「なんです?」
「以前私の血液を希釈してマウスに注入したら熊を食い殺したそうなので扱いに気を付けてくださいね」
「……それは薬に転用するには危険すぎますね」
「そもそも個人からとれる血液に依存した薬って生産性的にどうなんでしょう」
「あ、そこはご心配なさらず。クローン技術に関して言えばうちはトップクラスなんで。細胞のひとかけらあれば恐竜も復元してみせますよ」
なんと……恐竜だと?
という事はマンモスもいけるし、絶滅した動物だっていける。
なんならよくわからないなんちゃら財団で確保していたでっかいとかげの量産だって……。
それすなわち食糧問題の解決と未知の味確保のチャンスでは?
「恐竜とマンモスの肉、用意してくださるのであればこちらから口添えしておきましょう」
「その程度であればお安い御用です。マンモスも恐竜も生きているものを要求されては時間がかかりますが、食肉でいいのであれば合成肉をもとにいろいろできますからね。合成と言っても本物と変わらぬ味と食感ですよ」
「今回はいいお話ができましたね。せっかくですから試したい薬などあればもっとどうぞ。サンプルも多く持ち帰れたら公安もいい顔してくれるかもしれませんよ」
「ほうほう、ではこれなんていかがでしょう。飲むだけで視力がよくなる薬!」
「あ、私両目とも15.0なんで効かないと思います」
「むむ、ならばこれ! 飲むだけで虫歯が治り歯を修復してくれる薬!」
「実は生え変わってないんですよ私の歯」
「なんと! ではこれでどうでしょう! 薬物検査に引っかからずにドーピングできる薬です! 経口摂取でも問題ありませんが注射による接種で数倍の効果を発揮する! なんと50m走を2秒で走り切れます!」
「あ、それなら自前でできます」
この前公安の入局試験受けた時体力測定あって、その時は50m1.4秒だったわ。
「……本当に人間ですか?」
「人間ですよ」
「ならとっておきを出しましょう……これぞ我らが最高傑作! 魂という存在を定義した結果生まれた薬! 己の内心、本性、性質、そういったものを見つめることができるようになる薬です。原理的には精神的トリップに似ているのですが、己の魂に向き合うことでその才能を直に見ることができる。いうなれば才能検出薬です!」
「へぇ、面白そうですね」
ヒョイパクッっと。
おぉ、なんかふわふわする感覚。
運営さんが何か言っているのはわかるけど、内容までは理解しきれない。
深い水の底に沈んでいくような……そんなゆるりとした感覚の中で確かに見た。
青い炎、直感で理解する。
これが私の魂。
だけどその隣にある赤い炎はなんだろう。
燃え滾るそれは全てを焼き尽くそうとして、私の魂に触れようとしては引っ込める。
そんな動きを繰り返している。
とりあえず青い炎を覗き込んでみるとたくさんのご飯が映った。
続けて昔使ってた胴着とか、古めかしい楽器、それに金メダルが映し出される。
これは……才能の可視化って言う話だったわよね。
という事は武術とかの方面で秀でているという事かしら。
ご飯は潜在的な欲求?
ふむ、なら赤い方は何かしら。
覗き込んでみると教科書で見るようなお侍さんと向き合っている誰かの視点。
魂が闘争を求めているのかしら。
だとしてもこれ、結構悪趣味な映像ね。
人の死体に、異形の死体。
まさに戦場って感じだけど……まてよ、これが刀君や永久姉の言っていた鬼の血?
だとしたらこれ潰したらどうなるのかしら……とか考えたら赤い炎が怯えるように震えだした。
……ふーむ、なんか弱い者いじめしているみたいで気分が悪いわね。
というか一つの身体に二つの魂なんてのはアニメや漫画で十分よ。
なんかこう、バラバラなのも落ち着かないわ。
「というわけで、フュージョン承認!」
昔アニメで見たシーンを再現。
あれはボタンを押してたけど、今回は赤と青の炎を手でつかんでがっちんこ。
しばらく赤い炎が逃げるように蠢いていたけど、そのうち青い炎に飲み込まれるようにして消えていったわ。
その分青い炎が大きくなって、中に映る映像も鮮明になった。
これは……師匠との訓練の映像ね。
それにご飯をたくさん食べてるシーン。
あ、化けオンで遊んでる時のもある。
なるほど……これは才能だけじゃなくて過去の記憶とかも見られるのかもしれないわね。
うん、使いようによっては面白いかもしれないわ。
っと、なんか浮き上がっていく感覚。
これは目覚めかしら……。
「……というわけでして、おや?」
「あ、おはようございます。薬で深層意識の中に潜ってて聞いてませんでした」
「ほうほう、どうでした? 我々も試したのですがなかなかに興味深い体験でしょう?」
「えぇ、赤と青の炎が奇麗でした。あれが魂の定義なんでしょうか」
「赤と青……? 二つあったのですか?」
「はい」
「おかしいですねぇ。普通は一つなんですが……あ、見え方に差異はありますがね。基本的に何かが一つあるだけなんですよ。私は箱だったんですが、同僚は鏡だったそうです」
「へぇ、でもこの薬は面白いですね」
そう言ってティーカップに手を伸ばした瞬間だった。
まるで砂糖菓子でも潰すかのような感覚、摘まんだティーカップの取っ手が潰れた。
「……あるぇ?」
「伊皿木さん……やっぱりちょっと血を貰ってもいいですか?」
「上に相談しますね」
なんかやたら力がみなぎってくる……これはまたやらかしたかもしれないわね。
そんなことを考え、公安に戻り治験を受けた帰り道だった。
祥子さんは少し残業してから帰るとのことで、私は先に失礼したんだけど途中で信号を横断した時のこと。
間違いなく歩道は青だった、つまり車道は赤、止まらなければいけないはず。
だというのに一台のトラックがものすごいスピードでこちらに迫ってきた。
避けよう、そう思った瞬間には足が地面に埋まっていた。
加減を間違えた、そう思ったときにはもう遅かった。
眼前に迫る車体、それを前に私は覚悟を決めるしかなかった。
次回異世界転移しません、たぶん誰も心配してないけど一応。




