雨野うずめさん参上!
「ちゃーっす!」
元気な声が朝5時に響き渡った。
近所迷惑もいいところ、この辺り地価もそうだけど物価も高いから高給取りが揃ってるのよ。
端的に言うなら上流階級の人達。
引っ越してきたとき話して「住む世界が違うわー」とか思ってた。
そんなところで朝っぱらから大声とか……。
「どちらさま……あぁ、うずめさん。お久しぶりです」
「おひさーせっちん! 今日からここに住まわせてもらううずめちゃんでーっす!」
「それはわかってますから声抑えてください。まだ朝早いんですから」
かくいう私も寝間着姿である。
のそのそと、目をこすりながら何事かと出てきたのはクリスちゃん。
その後ろではシャワーを浴びていたのか濡れた髪と上気した頬が艶っぽい祥子さんが顔だけ出してこちらを見ている。
「おー、君がクリスちゃんか! あたしうずめ、よろしくね!」
「ふぁぁ……あー、どうもくりすてぃえられふ……」
まだ寝ぼけているのか呂律が回っていない。
可愛いんだけど……なんだろう。
寝起きの猛獣みたいで近づくのが怖いと感じさせるのよね、クリスちゃん。
「せっちゃん。その人がうずめさん?」
「お、しょーこさんっすか? こーあんから話聞いてるっすよ! 可愛くて美人で凄腕の人材って!」
「はぁ……」
玄関が閉められたことで脱衣所から出てきた祥子さんはバスタオルを体に巻いただけの姿。
色っぽいわぁ……じゃなくて!
「はい、とりあえず祥子さんは髪を乾かして服着てください。クリスちゃんは顔洗ってきて。私はコーヒー淹れるから。うずめさんはリビングでテレビでも見ててください」
「はーい」
「ふぁひ……」
「うっす!」
三者三様、それぞれ返事をしてから各々動き出す。
なんだろう、朝から凄く疲れたけどここからなのよね……。
しばらくしてクリスちゃんが目をこすりながら戻ってきた。
「まだ眠い? 寝ててもいいわよ」
「いえ……私に関わることって聞いたので……あふ……」
あくびをしながらもゆったりと座るクリスちゃんの前にコーヒーを置く。
「あー、せっちん。あたしのは?」
「用意してありますから慌てないでください」
そう言いながらうずめさんの前にもコーヒーの入ったマグカップを置く。
来客なんて想定していなかったけどマグカップはいくつかあったから助かったわ。
こう、よさげなデザインのものがあるとつい買っちゃうのよね。
それで使わないマグカップが食器棚を圧迫しているけど、もとより大皿で料理出してもらうことが多いからあまり使わないしいいかなって。
そろそろ祥子さん辺りに怒られそうだけど。
「お待たせ。ごめんなさいね、時間かけちゃって」
噂をすれば、というやつかしら。
スーツ姿の祥子さんが営業スマイルモードでやってきた。
うむ……タイトスカートからのぞく薄いタイツ、おそらく20デニール程のそれがつややかで妙に色っぽい。
控えめに言って最高なんだけど、それよりもまずはお話ね。
「はい、祥子さん」
「ありがとせっちゃん。マグカップコレクションが役に立ったわね」
「えぇまぁ……」
さりげなく釘を刺されてしまった。
「それでうずめさん、こんな時間に来た理由。あと家に入れた理由を教えてもらえますか?」
「えー? 善は急げって言う言葉があるじゃん? だからこうして最速で来たのよ! いやぁ……本当なら朝1時に来ようかなと思っていたんだけどね」
「それは夜ですね。みんな寝てます」
サッとクリスちゃんが顔をそらした。
……その眠気の原因、まさか夜更かし?
そういえば昨日はちょっとパソコンを使いたいとかで貸してたっけ……後で履歴調べておきましょう。
「あとこれ、合鍵貰っちゃった」
「貰ったって……葉山部長からですか?」
「葉山さんじゃなかったなぁ……えーと、あっ、杉田さんだ!」
杉田……そんな人公安にいたかしら。
「せっちゃん、あれよ」
小声で耳打ちした祥子さんが指さしたのはテレビのニュース画面。
そこに映っているのは今の総理大臣杉田悠一さん……。
「え?」
「あー杉田さんも偉くなったもんだねぇ。昔はこんなにちっこかったのに」
そう言って親指と人差し指で幅を作るうずめさん。
……何歳の頃の話だ、というかあなたより年上じゃないのかというのは野暮。
この人、テンショーさんと同じくらい正体不明なところあるから。
「まぁそんなこんなで、今日からよろしくね!」
「……祥子さん」
「朝御飯の支度してくるわ」
「クリスちゃん……」
「まぁいいんじゃないですか?」
「…………………………」
どうしよう、不安なの私だけなの?
「あ、せっちん。コーヒーおかわり!」
「……マイペースですね」
「そりゃもうね、自分のペースを保てなければこんなお仕事やってられないって」
そう言って顔の横で横ピースしながらウィンクするうずめさん。
……腹立つわねこれ。
「荷物とかはどうなってます?」
コーヒーのおかわりを用意しながら尋ねる。
そっと二杯目を出すとそれを美味しそうに飲みながら、うずめさんは笑顔を見せた。
「今持ってきてるので全部!」
ポンポンとトランクを叩きながら軽快に笑う。
全部って……。
「家具とか、着替えとかは?」
「え、着替え一式と各種洗剤、お化粧品と着替え、全部これに入ってるよ」
「いや家具、今までどんな生活してきたんですか?」
「こーあんから借りてた道場で寝起きしてたからないなぁ。畳の上でコート被って寝てた。お風呂は無かったけどシャワーはついてたからそれで、遠征する時は国からお金出てたし困らなかったんだよね。だからテレビ見るのも久しぶりだわー」
この人なんで日本に住んでおきながらそんな仙人みたいな生活してるのかしら……。
というか以前あった時から外見も変わっていないし本当に仙人だったりしないわよね……。
「というわけで空き部屋くれたら好き勝手に寝泊まりするから、せっちんよろー」
「……祥子さん、お昼になったら家具買いに行くので葉山部長に伝えておいてください。経費で落ちるようにどうにか説得を」
「任せて、はいの二文字かイエスの三文字しか喋らせないから」
「お仕事モードの祥子さんは頼もしいなぁ……」
「普段は頼もしくないという意味かしら?」
「そういう抜け目ないところが頼もしいんですよ」
むにーとほっぺを摘ままれながらも早朝の団欒は続くのだった。
お昼までクリスちゃんとうずめさんは二人で話がしたいというので私は自室でのんびりブログ更新。
最近お休みしてた理由が季節外れの風邪ひいたって内容でね。
なぜかコメント欄が荒れたけど……なんだったのかしら。
「部長、どういうつもりですか!」
「いや、俺が頼める相手探してたら向こうから立候補してきたんだよ」
「G案件ど真ん中の人じゃないですか!」
「いいだろ別に……G案件ならもう家の中にいるんだ。1人も2人も関係ない」
「そういう問題じゃありません!」
「いいか、俺ら資料室の人間が毎年出雲に行くのはなんのためだ」
「それは……神仏に魑魅魍魎、その他ヤバイ存在が闊歩する世界の調査ですけど……」
「あの人は神様連中の中じゃまともな部類だよ。なんだかんだで人間社会に溶け込んでいる」
「それは……まぁ……」
「プロゲーマーとして金稼いでる方々ほど器用じゃないけどな。俺だって司祭として出雲に行った時にさんざん飲まされて死にかけた。その中ではまだまともな部類で、なおかつ適度にこちらの常識を超えてくる。いいじゃないか、O案件の伊皿木家とG案件の娘、そこにG案件本人ぶっこんでも問題はないさ」
「なんかあったら……潰しますよ。これ許可してくれますよね」(うずめさんの家具経費落ち許可証)
「……うん」
なお刹那さんのブログコメント欄
「暴食さんが風邪だと! どこの国のウィルス兵器だ!」
「槍が降るぞ! 総員屋根を鉄板で補強するんだ!」
「もうだめだぁ、おしまいだぁ……」
「絶対嘘だろおい」
「お前裏で何やってんだ」
「この前ラーメン屋はしごしてたやつが言う言葉がそれか?」
「火鍋美味かったぜ!」
「この前送ってもらったラビットルネードって映画面白かったよ」




