公安のお仕事
翌日、祥子さんと一緒に出勤した私は基本的なお仕事を教わりながら雑用をこなしていた。
今時お茶くみをさせられるとは思わなかったけれど、どうにも公安のお偉いさんが私を気に入ったらしい。
というのも例の薬のサンプル、設計書と企画書は貰っていたらしいけれどこれでなんで光るのか、というのが不明だったため実物を手に入れたことを大いに喜んでいたとか。
今までは光ってる人から血液採取とかしていたらしいんだけど、血液からは一切の薬品反応が見られなかったとかなんとか。
つまりやろうと思えば一切関知されない麻薬も作れるんじゃないかという話。
それはそれで恐ろしいんだけど、もっと恐ろしいのは人体改造計画というもの。
祥子さんは知っていて、なおかつ危惧して上に直談判したらしいけど数世代かけて人体を改造していけばそのうちどんな環境にも適応できる生物ができるとかなんとか。
それはもはや人類とは言えず、そして国民の反対意見なんかも加味すると新たな差別の温床となるだろうという話で文字通り人類絶滅の可能性が秘められているらしい。
今回のサンプルでその可能性が飛躍的に高まり、結果初期から危険性を唱えていた祥子さんの評価が何段も上がったとか。
私はその辺、書類を最初に持ち帰った人間であること。
そして公安の試験を普通に突破して、初日からその仕事を十全にこなし、どころかお土産まで持ってきたことで評価がアップした。
「と、いうわけで二人には新しい部署を任せたい」
お昼ご飯の後、そんな話がとんできた。
いやいや、祥子さんクラスのベテランならともかく私みたいな入局二日目の人間が新部署ってどうなのよという話なんだけどね。
経験が浅く、染まっていないからこそ新部署にふさわしいと言われた。
……的確に逃げ道ふさいでくるのやめてほしいわ。
「部署の名は既に決まっている。総理直筆のプレートを用意した、頑張りたまえ」
がんばれと言われましても……総理大臣直筆プレートに何の意味があるのかしら。
ご飯じゃないならあまりうれしくないわ。
「ここね、せっちゃん」
「みたいですね」
達筆……と言ってあげたいけれど控えめに言って下手くそな文字で『万物管理部』と書かれている部屋。
足を踏み入れるとVOTが2台並んでおかれている。
あとは机と椅子とPCが二つに、各種飲料メーカーがずらり。
そして毎日補充されるというおやつの入ったかごと、それが乗ったテーブル、そして2人掛けのソファー二つ。
……これは察するにあれね。
「便利屋扱いですよね」
「そうね……あえて言うなら左遷か島流し」
「あえて言わなくていいですよ祥子さん……それよりどうするんです?」
この機会に祥子さんは部長となり、私は平だといざという時に現場判断がきかないからという理由で主任となった。
二日目で祥子さんの前の階級に追い付いたことに罪悪感を覚えながらも、お給料が増えるのは嬉しい。
まぁ……主任ではあまり増えないんだけどね。
せいぜいがおやつ1回分かしら。
「それよりここ、何する部署なんです? 万物管理って言ってますけど抽象的すぎません?」
「いい、せっちゃん。国のお仕事って名前が曖昧になるほど厄介なのよ」
「厄介……まさかまた水着でエベレスト登山とかやらされるんでしょうか……」
イエティ探しはもうごめんよ?
「そんな馬鹿なことはさせないと思うけど、曖昧な名前を付けておくと雑用を回しやすいの。いい例が市役所ね」
「あー、たしかにその地域のお仕事全部引き受けてる感ありますね」
「とはいえ市役所は組織、その内部にある部署は細かくなっているけどここはそうじゃない。言わんとすることがわかるかしら」
「……面倒事を全部投げてしまえばいい部署ですか?」
「大正解。だから化けオン運営とのやりとりはせっちゃんが引き続き、雑務に書類整理にとかそういうのは私がやることになるわ」
「ということはこのVOT……」
「お察しの通り、ここから化けオンにログインできるようになっているみたい。しかも外部監視モニターも用意されていることから中での出来事は逐一保存されていくでしょうね」
「うわぁ……面倒くさい」
「ちなみに今までせっちゃんがブログにあげた動画も全部資料として保管されているわよ」
「暇なんですね、公安ってのは」
「暇じゃないから暇を作るために島流しされたのよ。私達は人柱ね」
「人柱……」
なんともあんまりな言い草だけど、否定できないわ……。
一応用意された万物管理部の仕事方針に関する書類を読んでいくと薬物実験なんかの付き添いや、必要とあれば被験者になることもあるって注意書き……これたぶん運営から貰ってきた薬のことでしょうね。
さすがに人体実験からスタートなんてことはないけど、マウスから猿、次に人間ってパターンじゃないかしら。
まぁ運営は最初から人体実験だったみたいだけど。
「ねぇ祥子さん、ここで退職届書いたらどうなります?」
「家と仕事と自由を失うわね。なんなら圧力で口座差し押さえくらいはできるかも」
「なんて非道な……」
「非道と言われようとそれくらいしないといけないお仕事ということね。そしてそれを躊躇なくやる部署があるんだから」
「……クリスちゃん、アメリカへの亡命手伝ってくれないかなぁ」
「行き先がアメリカだといいんだけどね……」
何か含みのある言い方だけど、本気で言ったわけじゃないからよし。
祥子さんも冗談って気づいているでしょうしね。
「ま、こうしていても仕方ないしお仕事しましょう。せっちゃんは化けオンで情報集め、次の書類引き取りは3日後だからそれまで自由に遊んでて」
「いいんですか?」
「いいのよ。むしろ情報集めるのがせっちゃんのお仕事。私のお仕事はそのお手伝いだから」
「まぁ……そういう事ならやりますけど無理はしないでくださいね?」
「えぇ、任せなさい!」
あらためてというのかしら。
祥子さんと握手を交わしてこれからの健闘をたたえ合った瞬間だった。
「すんませーん。伊皿木さんに例の光る薬飲んでほしいって話来てまーす。報告書にあったビームの再現をしてもらいたいってことらしいっす」
ノックもせずに部屋に入ってきた人によってお仕事の予定が変わったのだった。
なんて間の悪い……。
仕方なく被験者になりに行きました。
今回は事前にご飯用意してもらったわ。
計測の結果私が出せるビームは30メガジュール相当の熱量があるとかなんとか……。
まぁ軽い兵器ね。
ちなみに昨日葉山部長が言おうとしていたのはこのことらしい、治験もしてもらう代わりに出勤は週3日でいいという事。
お給料はざっくりだけど年収3000こえるみたい。
いやぁ、お大臣ね……あ、上の人は本当に大臣か。
ちなみに米軍の新型レールガンは33メガジュールです。
そしてクリスに頼んだらたぶんアメリカに亡命できるけれど、もっと安全なところと言われて異世界か異界か深海に連れていかれるでしょう。




