飴と鞭
再度ログイン、ちょっと心配してたけど人数が減った様子はない。
戻ってきた場所はさっきと同じイベントエリアだけど、上空やメニュー画面にカウントダウンが表示されている。
負け戦濃厚で逃げ出しちゃった人もいるかなぁとか思ってたけど、そんなことはなかったみたい。
「戻ったか」
「戻りました。逃げた人は?」
「全員戻ってきている。全員勝てないとしても一矢報いるくらいはしたいようだ。相手にプロゲーマーがいるから記念でというのもあるようだが何人かは動画配信もしているようだな」
「へぇ、たしかにテンショーさんや司馬さんの動画はいい絵になるでしょうね。ユグドラシルとかアイドルがいるのも強いか……私は録画してブログにアップするけど一歩遅れちゃうなぁ」
「そこは問題ないだろう。君は動画配信で収益を得ているわけじゃないんだ」
「まぁそうなんですけどね。もうしばらくしたら定職にもつける手筈ですし」
「ほう、めでたい話じゃないか。……めでたい、でいいんだよな」
「いいんじゃないですかね。好きでフリーやってましたけど、好きで定職に就くんですから。これぞ好きに生き、理不尽に死ぬ人生ってやつですよ」
「理不尽に死んでどうする……」
「取材相手が言ってたんですよ。いいセリフですよね」
「無意味だけどな……」
んー、どうにもノリが悪い人という印象があるわね。
指揮官さんは真面目なのかもしれないけど、もう少しリラックスしてもいいと思うの。
「緊張してたりします?」
「なんだ突然」
「いえ、妙に肩肘に力が入っているようなので」
後ろに回って肩もみもみ……ふむ、化けオンだと肩こりとかのバッドステータスないのかしらね。
フニフニで柔らかいわ。
「くすぐったいな……まぁうちのギルドの初陣と言えば思い入れもわかるだろう」
「それはぜひ勝ちたいですね」
「あぁ、たとえプロが相手だろうと勝つ。その気でいたのに全員が心を折られ、そして繋ぎなおされた。礼を言わなければならないな……」
ガチガチだと思ったら今度はしんみりした空気に……面倒くさい人ね。
「えい」
指揮官さんのおっぱいをわしづかみにする。
「うわっ! な、なにするんだ!」
「動かないでくださいねー。えーと……」
ふむふむ、この感触……胸からなぞるようにお腹周りに手を持って行って滑らせる。
VRだからちょっとくすぐったいくらいで済んでると思うけど、リアルだと身体よじって逃げるレベルのもどかゆさなのよねこれ。
インドの司馬さんに次ぐプロゲーマーの(仮)さんって人にやられたときはくすぐったさとこしょばゆさで逃げ出そうとしたのにあの人力強いわテクニシャンだわで大変だったわ。
「Dの83……なかなかですね」
「なっ!」
ふっ、当たりか。
私のリアルスキル、女性のおっぱいのサイズを手で測れる能力を侮るなかれ。
ラインの出やすい服装なら計算で導き出せないこともないんだけど、面倒なのよ。
うむうむ、とりあえず情報は手に入れた……ならこれをどう利用するかと言えば、こっそりこっちを見てるむっつりさんや、ガン見しているオープンさん達に向かってこう叫ぶだけ。
「諸君! こちらの指揮官殿は大層なお胸の持ち主だ! 今回活躍した人にはそのサイズを伝授しようではないか!」
「ななな!」
「「「うぉおおおおおおおおお!」」」
歓声が響き渡る中、胸を抱えてしゃがみ込んでしまった指揮官さん。
いやぁ……いい仕事したわ。
「なんてことを!」
「士気が上がるでしょ?」
「そういう問題じゃない!」
「大丈夫ですよ、私よりもポイントもっていない人がいくら頑張ったところで活躍したかどうかなんてわからないですから」
「くっ……君はセクハラだけでなく詐欺まで付け加えるのか……」
「人聞きの悪い、騙してませんよ」
うん、騙してはいない。
詳細を話していないだけだから釣られたほうが悪い。
そもそも他人のサイズを勝手に教えるわけないじゃない。
「……今来たんですが何ですかこの騒ぎ」
とかやってたらルリさん登場。
タイミングよくログインしなおしたみたいね。
「隙あり!」
こっちも背後に回ってぱいたっち!
む……この感触。
「ルリさん、もうちょっと食べたほうがいいですよ」
「………………ギルマス、イベント終わったらいいですか?」
「構わんやれ、むしろ私の分も残せ」
「ひゃっほう! 今日はシャッターチャンスが多いぜ! やっぱり百合は最高だ! 間に挟まれたいぜ!」
ナマモノの声が響き渡るけど、その瞬間に攻撃音が方々から響いて、ナマモノの声がしたあたりで大爆発が起こった。
触りたくなかったからいいけどさ、心が折れない変態とか辰兄さん思い出すから勘弁してほしい。
「諸君! 指揮官殿の情報でそそられないという人に朗報だ! ルリさんのサイズも判明した、好きな方を選ぶといい!」
「よし、今殺そう」
「落ち着いてくださいよBの72さん」
「よっぽど死にたいらしいわね……」
「いいんですか? 私が死んだらこの情報が出回る可能性上がりますよ……私のポイントが落ちて、私より稼いでいないやつに話す義理はないと言い張ることもできないんですから」
「……ギルマス」
「わかっている、イベント終わったら彼女の抹殺をギルドの第一目標にする。ちょうどよく弱点を複数抱えているようだしな……」
おぉう、味方の殺意が激しいわ。
けど他の男性プレイヤーは大いに盛り上がった。
それはもう、女性プレイヤーたちがドン引きするほどに。
「あ、女性プレイヤーでブービーだったりした人は触診しますね」
その言葉にざわつきが走った。
具体的には女性陣が胸を押さえてこちらから遠ざかり、そして男性陣が各々好みの女性の方に視線を向けたのだ。
中にはよからぬことを企んでいるのか、どうやったら仲間のだれそれをブービーにできるかなんて話までしている。
飴と鞭の使い分けは大事だけど、今のところ男性陣には飴しかあげてないし女性陣には鞭だけ……これは不公平よね。
「その代わり、男性陣の誰かがブービーとったら食べます。男性全員」
ザワッとどよめく男性たち、よからぬたくらみしてた人達も一致団結してブービー回避を狙い始めた。
これで無謀な事はしないし、ついでにポイントを少しでも稼ごうと頑張ってくれるでしょう。
「女性陣が頑張ったら……そうですね、カジノの街で売ってる1皿500万リルのスーパースイーツパフェ奢りますよ。女性陣全員に」
ドヨッと女性陣がざわめいた。
全員少なからず喜色をにじませて拳を握っている。
あれね、美味しかったわ……前にカジノでぼろもうけした時食べて動画残したんだけど「酷い飯テロ」「深夜に見るんじゃなかった」などの声が上がったわ。
さて、飴と鞭も完璧に使い分けたことだし……空に浮かぶカウントダウンももう少しでイベント開始を知らせる。
そうなれば砦から出られるようになるわけで、赤砦がどう動くかわからないけれど、足止めは私がやるべきなんでしょうね……頑張らないと。




