意気消沈
急いで拠点砦に戻ると全員が憔悴していた。
むしろ意気消沈というべきかしら……なんというかお通夜ムード。
「あのー、今戻りました。ゲーミング砦攻略とまではいきませんでしたけどこれ以上敵は出てきませんよ」
「あぁ……君たちか、存外早かったな」
「ギルマス! なにがあったんですか!」
おぉう、ルリさんがいつにない様子で……と言ってもいつもを知らないけれど食って掛かるようにして司令官さんに詰め寄る。
「マップを見たのだな……ならばそれが全てだ。中間砦はすべて破壊され、私達は全員皆殺しにされた。フィリア氏のポイントこそ大きいが総合的に見た場合赤の砦の勝ちは揺るがないところまで来ている」
「そんな……打開策はないんですか?」
「よく聞くんだルリ、今回は運が悪かったとしか言いようがない。赤の砦には多数のプロゲーマーが所属している」
「それでもまだ初心者じゃないですか! RFBを使っていたとしてもフィリアさんより強いとは思えません!」
「……使っていなかったよ」
「え?」
「プロゲーマーたち、バンドマンにアイドル、たった一人水色の髪の少女を除いて全員がRFBなしで私達と渡り合った。いや、むしろあしらっていたというべきかな」
「そんな……」
「結果見ての通りだ。ステータス、レベル、装備、経験、全てで勝っているはずの私達が完膚なきまでに負けた。そうなればどうなる」
なるほど、戦意喪失の理由はそれかぁ……。
司馬さんもテンショーさんもロッキーさんもリルフェンさんも、それとアイドルというのはたぶんNYA48の人たちの誰かだと思うけどみんなRFB使わないで完封したのね。
水色の髪というのは多分クリスちゃんだけど……あの子は例外中の例外みたいなものだからよし。
「んー、整理するとプロゲーマーとかを何とかすればいいんですよね」
「……君一人増えたところでどうなる」
「いや、あの人たち全員私が引き込んだんで手のうち知ってますよ。何なら各々の苦手分野とかも把握しているので逆転の目がないわけじゃないですね」
今サラッとイベント進行状況を見てみたけれど、獲得ポイントは私がトップ。
続いて司馬さん、テンショーさん、クリスちゃんと続いてロッキーさん達は中堅くらい。
……あ、祥子さんがほとんど初期ポイントのままだ。
たぶん化け物集団に囲まれてよわよわになってるのね。
この様子だとこっちのポイントが低い人、といってもほとんどが赤砦の人に負けてるから私以外の誰かがトップ集団を倒したら逆転の目がある。
「それは本当か……?」
「えぇ、まぁ負けてもいいとか考えている負け犬には用なんてないですけどね。どのみちイベント一緒に楽しもうと約束してたので私は一人でも行きますけど……美味しいところ総どりさせてもらいますよ」
「……君は挑発が下手だな」
「ばれました?」
「ふっ……いいだろう。諸君! 逆転の種をここに見つけた! 全員傾注!」
おぉ、即断即決。
さすがギルドを率いているというだけあって行動力あるわね。
「えーと、プロゲーマーとはいえ初心者に負けて落ち込んでいる負け犬の皆さんお疲れ様です。今回の黒砦のMVPのフィリアです、単独で青砦落としてゲーミング砦もほぼ封殺してきちゃいました」
煽りはゲーマーの挨拶みたいなもの、やりすぎはマナー違反だけどこのゲームに限って言えばそうでもなかったりする。
こんにちは死ねが日常のゲームだからね、煽った程度で通報したところで運営は無視するわ。
「そんな最強の私がみすぼらしい負け犬の皆さんにいい情報をあげましょう。トッププロと名高い司馬さんの弱点は搦め手、罠とか仕掛けてひっかけ続けると冷静さを失って勝手に自滅します」
ちなみに過去私が司馬さんを倒した時は本当に嫌がらせのような罠ばかり仕掛けてから谷底に突き落とした。
めちゃくちゃメールボムされたわ。
「そしてテンショーさんは大勢の人間に囲まれるのが苦手です。そうなると自衛モードに入って防御固めて引きこもります」
テンショーさんと直接戦ったことは少ないけれど、あの人が顔売れていないのはその辺が原因。
人前に出るのが嫌すぎて、いつしか苦手になった結果表舞台では正体不明の女性プロとなっている。
プロゲーマーも事務所に所属したり、スポンサーを持つ立場になることが多いけれどテンショーさんに限って言えばスポンサーは邪魔、事務所は怖いという事で実はプロを名乗っているだけだったりするんだけどね。
一応資格は持っているから間違いじゃないんだけど、昨今のプロゲーマーは大手スポンサーや大手事務所に所属する事こそステータスという扱いだったはず。
だから一部の界隈からはすごく嫌われていたりするんだけど、一般プレイヤーからすると野生のプロという扱いで親しまれてたわね。
「クリスちゃん、水色の髪の女の子は対処のしようがないので逃げてください。私が相手します」
こればっかりはね……あの子の遊び相手を押し付けるのは酷というもの。
というか人員の無駄遣いでしかないわ。
「えーと、あとはバンドマンのロッキーさんとリルフェンさんですが……おだてておいてください。ファンのふりして歌をリクエストするといいかもです。ちなみに彼らのバンドの正式名称はユグドラシル。本人たちの一番気に入っている曲はニブルヘイムですが売り上げは微妙なところなのでそれをリクエストすると喜んで歌ってくれると思いますよ。負け犬でもそのくらいできますよね? できなければ無能と呼んじゃいますよ?」
さっきから負け犬を連呼して煽りまくっていた結果、地面にしゃがみ込んでいた人たちがこちらを睨みつけてくるようになった。
すでに何人か立ち上がって武器を握り締めているけれど、その鬱憤は赤砦に向けてほしい。
ちなみに無能という言葉に反応して結構な人数が立ち上がったのは狙い通りだわ。
ゲーマーは上から見下されたとしても不快感を覚えるだけという場合が多い。
けれど、同レベルの相手や格下に小ばかにされることを嫌う傾向が強く、そして一番嫌うのは無能扱いだ。
昨今のVRゲームブームにおいて、仮想世界で無能のレッテルを張られるという事はそれだけリアルでの動きが鈍いという事になる。
結果としてRFB使いの格闘技選手とかは尊敬される傾向にあるけれど、ゲーム内での無能という言葉はリアルそのものを馬鹿にする行為だから。
まぁ煽りとしてもメーターの限界まで突っ切ったレッドラインなのよね。
他のゲームだと通報されたらアカウント凍結くらいはくらうこともある程度には暴言として有名。
「アイドルに関してはリルフェンさんがナンパしてきたので知らないですけどね、即興でユグドラシルとのコラボでも頼んで撮影でもしたら喜ぶんじゃないですか?」
知らんけど。
「あとは特に気を付ける相手いないでしょう。ポイント見る限り私が首位独走、2位から8位くらいまで横並びであとはガクンと落ちてるし」
「質問いいか」
「なんですか?」
手を挙げたのは指揮官さん。
「君の言葉を疑うわけじゃないが、証明などはできるのか?」
「え? いります? 負けを待つばかりだった負け犬根性が骨の髄まで浸み込んで、ブリ大根よりも美味しそうに浸み浸みになってる人たちが立ち直るチャンスを教えてあげただけでも温情だと思ってくださいよ。私一人で遊びに行ってもよかったのに楽しむ機会あげたんですよ?」
「……さっきの発言は訂正しよう。君は煽りが上手いな……本気で腹立たしくなるほどに」
「褒めても何も出ないですよ。それに負け犬さんから褒められてもうれしくないなぁ」
その言葉がとどめになったのか、砦の広場にいた人全員が立ち上がり武器を手にこちらを睨みつけてきた。
何人かはこっちに武器を向けたり、中指を立てたり、親指で首をなぞってる人もいる。
……司馬さんとか挑発よくしてるけど、これ結構楽しいわね。
プロレスとかで言うヒールっていう役割だったかしら。
というかブリ大根の話出したらまたお腹減ってきた……リアルで。
さっきはナマモノにご馳走を台無しにされたからなぁ……でも食前酒としては最高の二つだったわ。
「ほらほら、わかったらさっさと動く。敵さんは待ってくれないかもしれないし、休憩時間まで残り30分。その間にここを落とされたら負けるんですから。はーやーくー」
「……悔しいが彼女の言うとおりだ。A班は防衛ならびに監視! B班からE班は罠の作成! F班は威力偵察だ! 死んでも構わないから情報を持ってきてくれ!」
「「「「「おぅ!」」」」」
その場にいる全員の声が雄たけびのように天高く響いた。
ふふふ、いい気迫……戦場を思い……出させんなこら!
今度はどこだ! 腎臓か? 肝臓か? 胃か?
いや違う……この気配……。
「そこかぁ!」
右眼球!
とっさに手刀で眼球を引きずり出して、そしてかみ砕く。
……あ、意外と美味しい。
「……なにやっているんだ?」
「いえ、私の右目がうずいたので」
「はぁ?」
「くっ、私の中に封じられた鬼の血が……」
「いい歳して恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしいですが、たまにはこういうのもありかなと」
「そうか……ところでロードランだが」
「そんな人知りませんよ?」
「え?」
「そんな、人は、知りません。私の、仲間に、ごみは、不要、です」
「…………………………すまなかった」
「この貸しは高いですよ。あ、司馬さんはおちょくるような意味のない罠が有効なんで決定打以外は適当なのでお願いしますねー」
とりあえず罠作ってる人たちに注意喚起しつつ、指揮官さんには有り金全部使ってご飯を奢ってもらうくらいはしてほしい。
できれば未知の料理、そうね……そろそろ魚介類が食べたいわね。
あぁでも血の滴るお肉もまた格別……いや待てよ、ここに何人かおいしそうで食べたことない種族いるわね……。
天使のお肉、手羽先の味が気になるわ……ふふふ、祥子さん相手にはさすがにできなかったけれどこの人たちなら……。
「涎を拭け。食事はこちらで用意するから仲間を食べるなよ、いいか絶対だぞ!」
「負け犬連呼しましたけど、犬って結構美味しいんですよ?」
「やかましい!」
怒られてしまった……。




