やらかしたよこいつ……
イベント開始まで暇だったのでご飯を作る。
と言ってもこれは私が食べるやつじゃなくて、ここにいる人達に振舞うやつね。
一定以上のレアリティに達した料理はバフというステータス上昇効果を持っているの。
オートで作るなら食材の厳選が必要だけど、マニュアルだと粗悪な材料でもそこそこの効果を持ったアイテムを作ることができる、これが強いのよ。
技術がないけど生産職になりたい人はオート、リアルでも腕に自信があるという人はマニュアルって感じの住み分けしているわね。
「はーい、炊き出しの豚汁ですよー」
「お、美味そう。完成度も高いしバフ料理か。代金は?」
早速一人釣れた。
えーと、羽が生えているけれど蝶のようなのだから……フェアリー系列かしら。
魔法が得意だけど攻撃よりも仲間の支援をメインにするタイプの人ね。
「今回は同じチームですからね、タダでいいですよ」
「そうか、悪いね。あぁでもこれくらいはさせてくれ」
フェアリーのお兄さんが差し出してきたアイテムを受け取る。
なになに? 妖精の花蜜?
「フェアリー限定クエストで毎週手に入るんだが、そこそこの値段で取引されてる。もちろん料理に使ってもいい豚汁の礼だ」
「これはこれは、ありがとうございます」
……あっぶなかったぁ。
豚汁に人肉入れなくてよかったわ……こんな純粋に良い人にそんな酷いことしたくないし。
「なぁあんた……これ人肉入ってないよな」
とか思ってたら別の人がそんなことを言ってきた。
こっちは青い鱗のプレイヤー、リザードマンかしらね。
水中移動能力か飛行能力のどちらかを有する種族だけど、羽がない事と鱗の色的に水中系の人かしら。
「豚汁ですからね、人肉入れたら人汁になっちゃいますから。まぁ人肉が一般受けしないのはわかっているので今回は普通の材料だけですよ」
「そうか……すまんな、以前知人がその……あんたから貰ったスープをこぼしてぶん殴られたと聞いて……」
「あー、そんなこともあったような……」
いまいち覚えてないわ。
料理を振舞った回数は多くないけれど、毎回それなりに繁盛しているからお客さんの顔覚えられないのよね。
昔バーでバイトしてた時はそれでよく怒られたわ。
まぁそれ以上に「お前が飲む量が多すぎて客に回らん、つか厨房の食材で勝手に賄いを作るな。悪いがクビだ」って言われたからつまみ食いもダメだったんでしょう。
「はーい、バフ料理配ってます。自由に食べてくださーい」
とまぁ今回は普通の料理でいいから配る。
これね、本当の目的は仲間のステータスを底上げすることじゃないの。
はっきり言ってクリスちゃんとかが敵に回っている今、一般プレイヤーのステータスをちょっと上げただけじゃ意味ないのよね。
あの子の実力は本物だから……多分ダース単位で挑んでも蹂躙されるでしょう。
ずばり、目的は私の顔を覚えてもらう事。
今回のイベントは自由行動するつもりだから、うっかり敵と間違えられても困るのよ。
まぁ頭の上に砦のカラーを模したマーカーがついているからそうそう間違えられることはないでしょうけど。
「お、美味そう」
「いいなぁこういう炊き出し。なんか合宿とか思い出すわ」
「トン汁はやっぱりいいよな」
「はぁ? ブタ汁だろ?」
「あ? 寝ぼけたこと言ってんじゃねえぞ」
「表出ろぶっ殺す」
「やってみろよボケ!」
なんか喧嘩が始まったけど無視。
豚汁の呼び方程度で起こる喧嘩はほっとけばいいのよ。
ただし広島風お好み焼きという呼び方は許さん。
あとどちらかというと私はたけのこ派だ。
その点で戦争になったら……まぁ鬼の力使ってでも勝つぞ私は。
……と、ひとしきり配り終えたらちょうどよくイベント開始時刻だ。
砦の中央辺りで集まってくれーという声が聞こえるけれど、そそくさと物陰に隠れて行動開始。
まずカウントが0になると同時に物陰からジャンプで砦によじ登って、人目につかないように飛び立つ。
目指すは湖上の青砦、西よ。
距離的には徒歩で30分くらいかしら、飛んでる今なら10分くらい……そう思っていたんだけど驚くほど飛ぶという行為がしっくりくる。
なんというのかしらね、リアルの自分に羽が生えていないのが不思議なくらい自由に動ける。
右に左にと旋回したり、ローリングをしてみたりと動き回っているけれど本当に自由だわ。
しかもその速度、まだまだ限界を迎えていない。
どこまで本気を出せるのか気になる……そんな思いで、車のアクセルを踏むように加速した。
ドウンという音を響かせて、視界が狭くなる。
おぉ……これが音速を超えた世界?
リアルでも羽があったら音速超えて飛べるのね、まぁできたとしても近所迷惑だからやらないけれど。
音がうるさいし、下手したらガラスとか割れるもの。
とか考えていたら5分くらいで青砦にたどり着いてしまった。
こっそりと接近して耳を澄ませると作戦会議をしているみたい……まだ目算で1㎞位離れているけど聞こえるものなのね……。
とりあえず湖にそっと入って、水中を確認。
敵影無し、青砦はというと……あぁだめだわ。
目論見が外れたというべきかしら、湖上の砦がどういう作りなのか気になっていたけど文字通り浮いている。
しかも魔法みたいななにかで浮いている様子で、水中から飛び出した柱の上に建っているわけでもない。
足元から崩してしまおうかと思っていたんだけど……ならばプランBね。
水中で全身を使って大回転。
羽も蔦も尻尾も服から出して少しでも表面積を広げた状態での回転に合わせて、水が渦を巻いていく。
その渦を引っ張り上げる形で飛び立ち、青砦のど真ん中に集まっている人たちに向かって空中から本気のぱーんち!
なお引き連れた渦は演出です、クリスちゃんが演出は大切と言っていたから。
「な、なんだ!」
「敵襲!」
「早すぎるぞ!」
「総員攻撃用意!」
何人かは倒せたけれど広い砦、やっぱり生き残りは多い。
けれどね、指揮を出した人は馬鹿よ。
私が降り立ったのは本当に群集のど真ん中、つまり全方位をふさがれているのと同じなんだけど……。
「ぐぁ!」
「馬鹿野郎! どこ狙ってやがる!」
「くそっ! 同士討ちに気をつけろ!」
私が攻撃を避ければ仲間にあたる。
そのことに気づいたら今度は攻撃の手が薄くなるわけで、前に出ていた魔法系の攻撃手段を使う人たちは下がって近接メインの人が前に出ようとする。
人が交代しようとするけれどよせ合わせのチームでとっさのスイッチ、ゲーム用語でいう攻撃役の交代なんてできるのはごく一部。
多少もたつくような人たちがいれば後回しにして、スイッチが早いところを狙って順番に殴り、蹴り、叩き潰す。
というか範囲聖属性攻撃すればいいのに、今邪悪結界使ってないから死ぬよ私。
「くそっ、なんだあいつは!」
「知らねえのかよお前! 化けオンの問題児! リアルバーチャル共に暴食さん! 誰もが恐れる食の化身だ!」
……敵もやるものね、こちらを挑発してターゲットを変えさせ、その隙にスイッチを完了させてしまおうという魂胆。
だけど私の自制心は鬼も凌駕するのよ!
「震脚!」
足を振り上げて地面にたたきつける。
先ほどの上空からのパンチでだいぶ傷ついていた地面に、さらに深い亀裂が走る。
魔法で支えられた砦とはいえ、その上の台を壊してしまえばいいのだ!
これでだめなら文字通り殲滅して砦をちまちま壊す。
「やべえぞ! 砦の耐久力の残りがすくねえ!」
「ふざけんな! 暴食だか何だか知らねえがたった一人の女に!」
「あいつはやべーんだって! マジで!」
……さすがに二回目は頭に来るわね。
羽を広げて上空へ飛びあがる。
高く、高く、もっと高く、雲を突き抜けこの世界が球体だとわかるまで高く飛び上がり……そのままの勢いで青砦に向かって急降下。
くっ……身体が熱い、燃えているわけではないけれど断熱圧縮熱でダメージを受けているのかしら。
そこまで再現している化けオン運営を称賛するべきなんでしょうけれど、今は逆にそれが憎たらしい。
とはいえ炎属性ではなく熱ダメージで助かったわ。
けれどぎりぎり間に合った。
再び砦が目に映り、周囲の空気が冷えるのを感じる。
HPはマスクデータだから見えないけれど、確認できるとしたらもう1割も残っていないでしょうね。
だけど十分!
「超すごいぱーんち!」
がっ、という音と共に身体が地面に沈み込んでいく。
硬い砦の大地がまるで粘土か何かのよう。
そのままの勢いで拳を突き出し続けた結果、パリンという小さな音と共に私の身体は水の中に漂っていた……あぁ、突き抜けたのね。
ふふ、ここから見てもわかる。
青砦は崩壊を始めている。
メニューからマップを表示すると青砦は徐々に灰色に染まり始めていた。
知り合いがいなかったのは幸か不幸か、ゲーミング砦か赤砦にいるんでしょう。
まぁどちらにしても、邪魔者が一つ消えたというのはいい事よ。
そう思って水上に顔を出すとまさに光の粒子になって消えゆく男性がこちらをにらんでいた。
金髪角刈りのその人は恨みを込めた視線で、渾身の力を込めている。
攻撃か、とも思ったけど様子がおかしい。
悔しさをこらえるようにして、そして……
「暴食! お前は俺の……!」
そう言い残して消えていいった。
何を言おうとしたのか知らないけれど、私を暴食と呼んだ三人。
顔は覚えたからな……。
今更だけど「化け物になろうオンライン」ではなく「化け物がいるオンライン」なのでは……いや、気付いたらSANチェック入るから言わんとこう。




