合縁奇縁
「久しいのう、長らく待たせおってからに」
会って早々妲己はお小言、しかし表情は楽し気なそれだった。
「ごめんね、色々飛び回ってて忙しかったんだ」
「そのようだのう、地獄の悪魔どもが騒いでおったわ。残念なことにここまで来ようとする者はおらんかったがな」
「そうなの? というかここ、地獄から来られるんだ」
「まぁこれんこともない。難しいとは思うが……そうだのう、侯爵級くらいの悪魔であれば何とかたどり着けるだろうて」
侯爵って上から二番目だっけ……海外の爵位ってややこしいから覚えてないのよ。
でもそのクラスでようやくってことは、普通の悪魔は無理よね。
その上となると暇じゃないだろうし。
「それで、此度はなんの要件じゃ? 土産はあるのじゃろうな」
たぶん後者の方が重要なんでしょう。
その証拠に着物の裾で涎を拭ってる。
「お土産は料理と、あと譲渡できるかわからないアイテムがいくつかあるくらいかしらね」
「ほう、料理か! お主の料理は美味ゆえ楽しみじゃ!」
「鼠の天ぷらと、以前話したハンバーグよ。すぐに作るから待っててね」
「うむうむ! 幾星霜この土地に封じられたかわからぬからな! たかが数分など些細なものじゃ!」
高らかに、歌い上げるように答えた妲己は嬉しそうにニコニコとしている。
こんな美人さんをだまして封じ込めるとか悪い人がいた物ね……いや、妲己の伝説から考えたら彼女の方が悪なんでしょうけど。
「さてと、じゃあ鼠の天ぷらだけど前回は下処理をしなかったから皮を剝いでお腹を切って内臓を取り出して……」
「もったいないのう、内臓も美味なんじゃぞ?」
「じゃあ取り出した内臓食べる? 使わないから」
「うむ、つまみとしていただこう!」
「あ、じゃあこれ。カジノで手に入れたお酒あげる」
なんかの箱から出てきた「呪われた美酒」というアイテムを差し出す。
譲渡不可となっているけど、私が所有したまま飲めるのかなーと思ってね。
とりあえずひょうたんに入ってたからキュポンと栓を抜いて手渡す。
「ほうほう、この香り……呪いが込められた酒か。じゃがこの程度の呪いであれば効かぬな」
「へぇ、どんな呪いなの?」
「なに、常人が飲めばのたうち回った挙句血反吐を吐いて消滅する程度じゃよ」
「へぇ……」
リアルならともかくゲームだと飲みたくないわね。
いや、味は気になるんだけど死亡じゃなくて消滅ってところが怖いわ。
さすがに今から「ゲームキャラロストしました、1からやり直してね」とか言われたらたまらないもの。
とりあえず美味しそうにお酒を飲んで鼠の内臓を食べてる妲己は無視して鼠を油に投入。
続けて刀君からもらったお肉と、私が持ってる人肉を鍋に入れて叩く。
肉が原形をとどめなくなるまで叩いて、伸ばして、パン粉とか玉ねぎを入れる……妲己って狐よね。
狐は確かイヌ科の動物だけど玉ねぎ大丈夫かしら……呪いが平気なら大丈夫ねたぶん。
「オーク肉か……あれはちと脂がきついんじゃよな」
「ハンバーグにしたら美味しくなるわよ。脂身が多くても問題ない料理だから」
まぁさすがに脂ギトギトのハンバーグは何千枚も食べると気分が悪くなるけどね。
「ふむ、その言葉信じるぞ?」
さて、下準備をしている間に天ぷらは完成。
油を落として、和紙を引いた大皿に乗せてお酒同様箱から出てきた呪われた塩というアイテムを用意。
二つに分けて、片方は乾燥させて粉末状にしたハーブをいれてハーブ塩の完成。
「さ、これはお好みで好きな方の塩をかけて食べてね」
「待っておったぞ! いやぁ……美味そうじゃ」
「緑の方はハーブを混ぜた塩だから風味も変わると思うわ」
「ほうほう、ではさっそく……」
シャクリと音を立ててそのまま鼠の天ぷらを齧る妲己。
もくもくと咀嚼してから目を見開く。
「なんと! 生臭くないではないか!」
「血抜きもしたからね」
「だというのに噛めば噛むほど鮮烈な血の味……なにをしたのじゃ!」
「何もしてないわよ。強いて言うならその衣にちょっと血を混ぜただけね」
ちなみにこの調理法は普段はやらない。
というかできる食材が少ないのよ。
私なんかは別にいいんだけど他の人が嫌がるのよね……。
「どうりでほんのりと桜色をしておるわけじゃ……して、塩をかけるとどうなるのやら」
ぱらりと塩を振って一口。
サクサクと食べている妲己をよそにハンバーグを蒸し焼きにする。
「美味い!」
「うわ、びっくりした」
「なんじゃこれ! ものすごく美味いぞ! 今まで食べた鼠の天ぷらの中でも最高の物じゃ!」
「味が引き締まったのよ。たかが塩、されど塩よ」
「うぅむ……これも人間の知恵か。侮っておったわ」
そう言いながら1匹分の鼠を丸ごと塩のみで食べてしまった妲己は二匹目に手を伸ばす。
ふと手を止めて、ハーブ塩を凝視していた。
っと、そろそろハンバーグもできそうね。
「妲己、冷めないうちに食べないとハンバーグできちゃうわよ」
「なんと! ならばこの奇怪な緑の塩を………………世界が開けた」
「は?」
ハーブ塩をひと振りした天ぷらを齧りながらほろりと涙を流す妲己。
天を仰いで頬を吊り上げる姿はまさに傾国の美女。
「先ほどまでの塩では味が引き締まるだけだった。だというのにこの塩は風味も際立たせる! ハーブの鮮烈な香りが鼻腔をくすぐると共に天ぷらの持つ油の香り、衣に秘められた血の風味がガツンと襲ってくる! そして最後に残るのは鼠肉のふんわりとした柔らかい香りが喉の奥から……何たる美味か……この世の集大成、人類の英知、いやどれほどの言葉を尽くしてもこの感動は語り切れまい!」
「そ、そう。美味しかったならよかったわ」
びっくりしたわ、あの妲己が饒舌に食レポ始めるんだもの。
まぁ気持ちはわかるけどね。
普段なら一口で丸のみにしてしまうであろう鼠の天ぷらをサクサクとかじりながらじっくり味わった妲己の前に新しくお皿を差し出す。
そこにはハンバーグが大量に乗せられているのだ。
「む、これがはんばあぐとやらか? なんじゃ、肉団子と変わらぬの」
「まぁそうね、見た目はほとんど同じよ。ちょっとした人間の知恵が込められた一品だけどね」
「ほう……ならば一つ。……うむ、美味い。しかしどこに人類の……お、おぉ⁉」
妲己が驚きの声をあげる。
ふふ、効いたみたいね。
ハンバーグに仕掛けられた秘密、パン粉による肉汁爆弾が。
「な、なんじゃこれは! 脂が美味い! いや違う、肉のうまみそのものか! 口に放り込んだだけではわからぬが咀嚼すればそのうま味が飛び出す! どうなっておる!」
「パン粉の量よ。肉汁を閉じ込めるように調理したのもあるけれど、そのうま味を全てパン粉が吸い取ったの。それだけじゃなくて玉ねぎから出る水分も吸収してお肉との相乗効果でよりおいしくなってるのよ」
「なんと……料理一つにここまで知恵を回すとは。やはり我は人類を侮っておった」
「ふふふ、実はこのハンバーグ。他にも美味しい食べ方があるのよ」
「まことか!」
「えぇ、こうしてパンに野菜とソース、それと漬物を一緒にはさんで食べるの」
差し出したのはハンバーガー、本来ならそれ用のパテにするべきなんだけど今回は味を調えた時に冷めてもハンバーガーにしても美味しくなるように作ったから。
「パンにはさんだだけに見えるが……じゃが、うむ………………う」
「う?」
「うまい!」
吹っ飛ぶんじゃないかと思うほどの声量で歓喜の声をあげた妲己。
いやぁ……元気ね。
「なんじゃこれ、うますぎるぞ! シャリシャリとした野菜が食感を楽しませる! 漬物の風味が肉のくどさを中和しとるしソースはパンの風味を引き立て、それがはんばあぐの味をさらに際立たせる! なんじゃ人間、こんなうまい料理作るとか暇なのか!」
「まぁ余裕がないと美味しいものを食べようとは思わないからね。それなりに余暇はあったんじゃない?」
「しかし……これは癖になる味じゃ」
「ちなみにチーズを入れてもおいしいし、卵で目玉焼きを作って乗せてもおいしいのよ」
「かー! 人間とはなんたる……もう言葉が出んほどに優れた種なのじゃな!」
「ふふっ、でもこんな簡単な料理でも開発されるまでは時間がかかったのよ。人間の寿命なんて本当に短いんだもの」
「む……つまり世代を繰り返すことで生まれた試行錯誤の料理という事か」
「えぇ、それが今では誰でも作れるように均一のレシピができてるの。でもそこにアレンジを加えてさらにおいしくしてお店をたてる人もいる。料理は奥が深いのよ」
「まるで深淵のようじゃな……じゃが我は決めたぞ! ここを出た暁には人間を滅ぼしてやろうか、それともまた権力者をたぶらかして国を傾けてやろうかと考えておったが間違いじゃった! 美味い物を食べ歩く! それが我の新たな目標じゃ!」
「ふふっ、じゃあ早くここから出られるようにならないとね」
「む……それは難しいのう。妲己として、この世界の中でという意味ならば外に出られるかもしれぬが……いずれこの世界が終わらねば我は真の意味で自由になることなどできまい」
「どういうこと?」
「ふっ、鬼の末裔に語っても詮無きことよ。なに、そう長い時間ではあるまいて」
「よくわからないんだけど……」
「今はそれで構わぬよ、そうさな……50年といったところか。そのころにまた会おうではないか。今度は我が美味いものを用意すると約束しようではないか」
「うーん、なんかわからないけどその約束はいいわね。ぜひご馳走になるわ」
「うむ! さて……冷めぬ前に食ってしまうか。どれ、共に食おうではないか」
「いいの? お土産のつもりだったんだけど」
「お主と共に飯を食いたいのじゃ」
「ならお言葉に甘えて……うん、いい味ね。ちなみにこれにもハーブ塩はあうわよ」
「なんじゃと!」
こうして妲己との食事は楽しく進んだ。
さすがに呪われたお酒は飲まなかったけど、持ち合わせのジュースで我慢したわ。
妲己にねだられたからジュースをあげたり、お酒と合わせてカクテルを作ったりしてあげたら上機嫌だったわね。
「さて……本題じゃが試練じゃったな。今のお主であればたとえ九尾の試練とてたやすいじゃろう。それこそ赤子の手をひねるようなものじゃ。試練などいらん、我の権限にてこの場で出せる全ての試練を突破したと見なそうではないか!」
「え?」
ご飯を食べ終えて唐突に妲己がそんなことを言ってきた。
同時にポンッとおしりから九本の尻尾が飛び出す。
狼の尻尾あわせて10本ね……。
「次の位になるには天界で別に狐に会う必要があるが、奴らは気まぐれものじゃ。会う時は気を付けるがよい」
「次の位なんてあるんだ……」
「名を天狐、尾の無い狐じゃと聞いておる。我らの妖気はあふれた結果尾という形で増えていくが、その妖気全てをその身に取り込んだ結果尾をなくしたという。まぁ俗説じゃな、他にもいろんな説があるが我はそこまで知らん」
「へぇ、その狐たちにも天ぷらとかハンバーグ用意したら話聞いてくれるかな」
「どうじゃろな。奴らは頑なじゃ……あの頑固者どもに話を聞かせるには力ずくが一番じゃよ」
「乱暴なのねぇ」
「お主も大概じゃろうて。その装いを見るにこれまでの旅路がどのようなものだったか見えるからのう」
「え、そう?」
「うむ、餞別じゃ。これも持っていくといい」
そう言って妲己はさらさらと何かを紙に書き始めた。
それを手渡されて、素直に受け取り中を確認すると紙は消失してしまった。
『無名のロストガンの弾薬製法を手に入れました。錬金術から作成可能です』
そんな画面が目の前に。
「え?」
「我は長い年月を生きた存在故な、その飾り物の仕組みとてそれなりに知っておる」
「いいの? 私にできるのは料理と家具を持ってくることくらいだけど」
「構わぬよ。いつでも好きな時に遊びに来るがよい。というかできればもうちょい早く来てほしいものじゃな」
カカッと笑って見せた妲己、しかし涎がたれそうになっているのを見逃していないわよ。
「そうね、今度はもう少し頻繁に遊びに来るわ」
「うむ、待っておるぞ。そして50年の歳月を経た時は我から会いに行く、この盟約は我が全てに誓おうではないか」
「ふふっ、楽しみにしてるわ」
その約束がどこまで本気なのかわからないけれど、こうして友達が増えるというのもいい物よね。
いつも妙な友人が増えるけれど、今回はゲームのNPCだから過去一番妙な出会いかもしれないわ。
【とある老婆の独白】
私はもうすぐ80歳を迎える。
孫に囲まれ、ジャーナリストの仕事を引退してから実家で隠居生活をおくってきた。
思えば妙な人生だった。
出会った友人の大半は人ならざる者。
彼ら彼女らは皆今も変わらぬ姿で世界を股にかけ遊び歩いている。
姉は先日ひ孫にランドセルを送っていた。
兄は1080回目の浮気がばれて地下の蔵に閉じ込められて3日になる。
弟は相も変わらず、生涯現役と言いながらひ孫たちを連れて連日連夜拝み屋の仕事に邁進している。
私はと言えば、持ち前の食欲こそ健全だが随分と体が動かなくなってしまった。
昔ならば建物を飛び越える程度朝飯前だったというのに、今では飛び跳ねても屋根に上るのが精いっぱいだ。
毒蛇に噛まれたときだって、蛇が死ぬまでに7日もかかってしまった。
だからこそ隠居生活をおくり、婚期の遅れた私のもとにいる幼い孫たちと共に日々を過ごしている。
そんな私の前に、一人の珍客が訪れた。
「待たせたの、50年前の約束を果たしに来た。厨房はどこじゃ? 我の料理をたんと食うがよいぞ」
「……ふふっ、久しぶりね」
「うむ、久しいな。すっかり老いたようじゃが、流石鬼の血というべきか……いうほど老けておらんな。その様子ではいまだによく食うのじゃろう。我の料理、たらふく食わせてやる故待つがよい」
「えぇ、50年という歳月に比べたら数分なんてあっという間よ」
そんな、懐かしい会話をした。
古い古い友人と。




