誰もが知ってた勝利
カツカツとスタッフに用意されたヒールの高い靴で人のいなくなった料理の前に進んでいく。
サラダ類は不人気……たぶん量のわりに軽いからでしょうね。
人気なのはグラタンでほとんど残っていない。
ふむふむ……。
「さぁ伊皿木選手! どう出るのか!」
うるさい実況は無視してサラダを一つにまとめる。
こぼれそうになるけど抑え込んで、ドレッシングを大量にかけてしんなりさせることで運べるようになるのだ。
「まずこれ計量お願いします」
「え……? は……? いや、あの……お皿に盛ってほしいんですけど」
「お皿に盛れないから直接持ってきました」
ビュッフェ用に用意された取り皿では入りきらない。
ならば提供用の器ごと持ってくればいいじゃない。
「えーと……あ、はいわかりました。計量します」
後ろにいたテレビ局のスタッフに目配せしてから計量を始めるホテルの人。
こんなことに付き合わされて大変ね……。
「えーとドレッシングの重量を抜くので……」
「あ、抜かなくていいですよ。飲むので」
「は?」
「ドレッシングは飲み物ですよね」
「は?」
んん? なんだ、このなに言ってんだこいつみたいな目。
ドレッシングって飲み物でしょ?
というかこの世に存在するだいたいの食べ物は飲み物よ。
だって嚙まなくても飲みこめるもの、たとえ5kgの肉塊でもね。
「あ、はい……計量します。えーと、14762gです」
14㎏ちょっとか、まぁそんなもんでしょう。
サラダコーナーを空にして、ドレッシングも全部かけたからね。
いやぁ……案外、少ないものね。
一度テーブルに戻りフォークとコップ一杯の水を用意。
そして両手を合わせる。
「では、いただきます」
パクリと一口、ドレッシングでしんなりした葉先やいまだにシャキシャキ感を残す部分で食感が変わっておいしい。
ドレッシングも全種類纏めてかけちゃったけど結構わかるものね。
ゴマの風味、しょうゆの味わい、シーザーの爽やかな香り、いい感じに食欲を刺激してくれるわ。
思わず次の一口とどんどん手が伸びてしまってすぐに食べきってしまったのが残念だけど……うーんどうしよう。
ちょうど他の人たちも次の料理を取りに行ってるみたいだし……あれ? なんかあそこだけすいてるわね。
ちょっと見に行ってみましょう。
「ようこそ、ステーキコーナーに」
「すいてますね」
「朝からステーキというのは少し重いのかもしれませんね」
「そうですか? とりあえず焼けるだけ焼いてもらっても?」
「はい、ここでは10gからスタートできますが、最大は1000gです」
「つまり1㎏がマックスってことですね。焼き加減はレアでも?」
「えぇ、今回は牛肉のいい部位を用意させてもらいましたから」
「そう、じゃあブルーレアで1000gを焼けるだけ焼いてちょうだい。焼いた枚数だけ換算していいわよ」
「かしこまりました。形式はわんこそばと同じでいいですか?」
「私が食べ終わったら焼くってことかしら。んー、食べ始めたら焼いてもらえる?」
「かしこまりました」
うん、お肉。
サラダでお腹も口もすっきりしてるからちょうどいいわ。
こってりしたものを食べたいし……むむっあれは!
「ちょっと待っててちょうだい」
そう言い残して人がいなくなった場所に突撃。
見つけたのはカレーのたっぷり入った容器と、ホッカホカのご飯。
見たところ10合分くらいかしら……これを全部取るのはさすがに気が引けるわね。
とりあえずお茶碗いっぱいにご飯をよそう事3回。
それをそっと置いて、炊飯器を持ち上げて計測をお願いする。
「……あの」
「計測お願いします!」
「……はい」
なんかもう計算するの面倒だから覚えてないけど、そこからは炊飯器から直接ご飯を頂くのは衛生的にNGという事なのでホテルのスタッフさんが隣に控えてこれまたわんこそば形式でご飯を用意してくれることになった。
具体的には私が丼いっぱい食べ終えたら次の丼にご飯をよそって渡してくれる人がいる感じ。
焼き上がったステーキ1枚で丼いっぱいいけるわこれ。
ガンガン食べるわよ!
……と、そんなこんなで朝食の時間が終わってしまった。
まだまだ物足りないけれど、確かに量は一級品、質だって最高だといえる。
「さぁ! 朝食の時間でしたがなんと本日の朝食分の食材が無くなってしまったという事で急遽タイムアップとなりました! ここまでで既に順位に差が出ているぞ!」
さっきまでずっと無視してたけど、この実況意外といい感じに進行してくれるわね。
うろたえたりしないからやりやすい相手かもしれないわ。
「まずは第五位! 一般人枠クリスティエラ選手! 得点は11ポイント! 解説の山田さん、どう見ますか!」
「いやぁ朝ごはんで1㎏ちょっと食べているというのは一般人としては多いですね。表情を見る限り余裕もありそうです。本当に一般人でいいんですか?」
「正当な評価ありがとうございます! 続きまして第四位! イグザイットチーム! 102ポイント! しかしマイナスが出てしまい97ポイントです!」
「少々過信したのか、周囲に流されてかかってしまったのかもしれませんね。昼食まで運動するそうですがどう転ぶかわかりませんよ」
「食後の急な運動は危ないですね! なお戻してしまった場合は更に減点されますのでご注意を! さぁさぁ第三位と第二位はいっぺんに発表だ!」
そんな掛け声とともにドラムロールが鳴り響く。
なぜか電気が消されて、カーテンで太陽光もさえぎられて真っ暗な中スポットライトがあっちこっちに行く。
「第三位! チームNAR48! 得点は300ポイントちょうどだ! 第二位! チームユグドラシルは3187ポイントを獲得! すごい記録だ!」
「アイドルチームは食事制限とかもあるのかもしれませんが、一人一人が一般人枠ですからね。今回はチームで300ポイントちょうどを目指したのでしょう。素晴らしいチームプレイです。ユグドラシルの皆さんに関しましてはギターのリルフェンさんとベースのヨルガンさんがすごい勢いでしたね……正直、これ以上がいるというのが信じられません」
「はい! というわけで現状トップ独走中のフードファイター枠! 伊皿木選手、なんと19970ポイントの獲得! 一人だけ桁が違う! 計算も間違ってないし不正もない! なんならその光景をずっと撮影していたカメラがあるのでネットで公開するぞ! ……あの人まじでトイレ行ったり吐いたりとかなかったけどマジなん? あ、マジなのね……? どこに消えたのあの量の食べ物……」
「人間離れした食欲ですね。亜空間にでも貯蓄されているのではないでしょうか。本来の参加予定だった饕餮氏はこれ以上食べるとのうわさがあります。本当に人間なのでしょうか、学術的にも気になりますね」
まぁそんなもんかしらね。
まだ食べられるけれど、おひるごはんに備えてゆっくりしましょうか。
「さぁ伊皿木選手! この後はどうするおつもりで? このまま昼と夕を抜いても余裕で勝てると思いますが! ……つーかそろそろ厨房スタッフの手首が心配ですはい」
「え? 普通に食べますよ? 予定という意味で聞かれてるなら……部屋に戻ってクリスちゃんとゲームでもするんじゃないですかね。あ、ポテチとか売ってます? おやつも食べたいので」
「まだまだ食べる気だぁ! ……え? 冗談じゃないの、これほんとに? ねぇ、誰か俺の目を見て答えてよ」
素に戻るな……、そんなリアクションで芸能界生き延びられると思うなよ?
「なお今厨房はこんなことになるとは思わなかったという事で絶賛修羅場中でございます! その様子は伊皿木選手の食事風景と同時配信の映像をご覧ください!」
なおその後、おひるごはんでは約40000ポイント、夕飯で約70000ポイント獲得してダントツで優勝することになった。
クリスちゃんは合計で40ポイントくらいだったかしら、あの年頃の女の子にしては結構食べるほうよね。
ちなみにイグザイットは合計で800ポイント、うちマイナスが200ポイントぐらいあったわ。
ロッキーさん達のユグドラシルとNAR48はマイナス無し、ポイントは3位のNAR48が1500ポイントで、2位のユグドラシルはだいたい7000ポイントくらいだったかしら。
リルフェンさんもヨルガンさんもさすがに食べるね、ロッキーさんは甘いものばかり食べてたけど……。
私はいつもより多く食べたとはいえ、本気で外食すると決めた時よりは控えめだったからラーメン屋を何店舗かはしごしてからホテルに戻って健康診断受けたわ。
他の人たちも健康診断受けてたけど、みんな問題なし。
大食いで急激な血糖値上昇とかそういうので倒れたりする人がいなくてよかったわ。
強いて言うなら残念なことに打ち上げは延期になっちゃったのよね……食材が残ってないとかで。
ここまでとは想定していなくて、普段よりも仕入れの量を減らしてたとかなんとか……詐欺だわ。
イグザイットは人間チームです。
ファンファンウィーヒザステーテッなチームをオマージュしました。




