開戦の合図(腹の虫)
クリスちゃんと入れ替わりでシャワーを浴びてからすぐに東京駅へ、少し悩んだけど電車で行くことにしたのでのんびりと乗っていく。
この時間になると会社帰りの人もいるけれど下り電車ほどは混んでないから助かったわ。
とりあえず持ってきたのは着替えと時間を潰せるゲームちょこちょこ、あとは電子書籍。
普段は紙で読みたいんだけど、外出時は本棚丸ごと持ち歩けるのと同義のこっちのほうが楽なのよ。
途中でおしゃべりしたり、立ち食いそばを食べたりしながらも東京駅に到着。
東さんに電話をかけるとすぐそばから着信音が聞こえた。
「あ、東さんみっけ」
「伊皿木さん、お久しぶりですね」
「そうですね。こうして直接顔を合わせるのはいつ以来ですかね」
「アマゾンで蛇を捕獲しようとして伊皿木さんが巻き付かれたとき以来ですね。右手の骨がグニャグニャになるほど潰されて病院へと言ったのに蛇を食べたいからって駄々をこねた取材以来です」
「あーそんなこともありましたね。私はてっきり北極の撮影でホッキョクグマと取っ組み合いのけんかになった時が最後だと思ってました」
「それはまだ社員だったころの話じゃないですか。毎度毎度、なんで生きてるんですか? この前も入院したって話ですし何があったんです?」
「詳しくは話せないけど、大体知ってるでしょう?」
「えぇまぁ、お腹を刺されたという事くらいは。大丈夫なんですか? 誘っておいてなんですがそんなコンディションで大食いとかして」
「刺されたのは胃じゃなくて肝臓ですから」
まぁお酒も平気だったし問題ないでしょう。
傷口が痛んだりうずいたりすることもないし。
強いて言うなら……前よりもお腹がすくようになった。
あとお腹いっぱいになるまで食べる量が増えたくらいかしらね。
「……ほんとに人間離れしてますよね。まぁいいです、ホテルはこちらで……その子がお連れ様ですか?」
「えぇ、知人の娘さんで私の友人です」
空気を読んでか隣で私たちの会話を聞いていたクリスちゃんが一歩前に出る。
「クリスティエラ・クラフトです。よろしくお願いします」
「東といいます。しかし……クラフトですか。もしかしてルルイエの?」
「はい、父はルルイエの代表取締役です」
「やはりそうでしたか。もしよければなんですが今回の取材に一般人枠として参加していただけたりは……」
む、東さんそれはちょっとマナー違反よ。
「東さん。連れてきたのはそういう目的じゃなくて家に一人にさせたくないからです」
「まぁまぁ刹那さん。私は別に参加してもいいですよ? 一般人枠と言っていいのかわかりませんが」
「ありがとうございます! いやぁ、元はスタッフの誰かが比較対象として参加する予定だったんですが……こういうのは美人さんにお願いした方が世間も喜びますからね」
「世間ねぇ……」
二人から視線を外して月を眺める。
さてさて、クリスちゃんを一般人枠として起用するという話だけど……うまくいくのかしら。
この子見た目は華奢だけど結構食べるのよね。
私みたいにがつがつという感じじゃなくて休み休み食べるタイプ。
今回みたいな持久戦では強いと思うわよ。
「とりあえずホテルのお部屋にご案内しますね。詳しくはそちらで」
そう言って近くで待っててもらったのか、タクシーに乗り込んでホテルへ向かわせた東さん。
その後ホテルのフロントでスタッフさん達に挨拶をして、他のメンバーの人たちは既に休んでいるという話を聞く。
その後はカメラを前にちょっとした自己紹介をして、私たちの希望でツインの部屋にしてもらった。
さすがに貸し切りにしてあるだけあって部屋は余っているけれど、その中でも広い部屋を貸してくれたわ。
順番こそ逆になったけれど、その部屋で私とクリスちゃんは仕事上の契約書や注意事項に目を通してサインをする。
あとは明日の本番を待つばかりとなったので、クリスちゃんはゲームをしてから寝るとのこと。
私はお腹が減ってきたので近くのお店で適当にご飯を食べる事にしたらカメラマンたちもついてきた。
まぁいいけど、10分も撮影するともうたくさんだといわんばかりに撤退していったわ。
まだ超特盛牛丼40杯しか食べてないのに……。
不思議に思いながらもその後は部屋に戻ってシャワーをもう一度浴びてから就寝。
朝は指定された時間に起きて、フロントに集まることになった。
「それでは今回のプレイヤーを紹介いたしまぁす!」
朝からテンションの高い……なんか最近人気の芸人だったかしら、この人が実況みたいだけど声が大きい。
それもあってホテルを貸し切りにするなんて案になったのかしらとか思いながら、カーテンで区切られた個室の中で待機する。
「まずはフードファイター枠! エントリーナンバー1! 伊皿木ぃ! 刹那ぁ!」
「どもー」
お腹が減ってるので省エネモードで返事をする。
チョーっと嫌な予感がするからね。
「お次はぁ! 一般人枠で参加、エントリーナンバー2! クリスティエラぁ! クラフトぉおお! なんとアメリカの大企業ルルイエの社長の娘さんだ! 今回は伊皿木選手と共に足を運んでくれたぁ! お二人に感謝の拍手をどうぞぉ!」
暑苦しい声に対してスタッフは苦笑いを決め込んでいる。
まぁロケだからね、カットできるし必要ならSEも入れられるけどちゃんと拍手はされてる。
「さてさて、どんどん行くぞぉ! 大食い自慢のバンドマンたちのお出ましだ! エントリーナンバー3! ユグドラシルのメンバーだぁ!」
「え? ユグドラシル?」
出てきたメンバーを見るとロッキーさんやリルフェンさん達4人組だった。
あれぇ、こんなところで出会うとは思わなかったわ。
「刹那、久しぶりー」
「ロッキーさんもお久しぶりです。まさかこんなところでお会いするとは」
「ははは、俺はおまけなんだよね。本命はリルフェンとヨルガンの2人、こいつらよく食うんでね」
「あぁ、確かに結構食べますよね」
「おぉっと! なんと伊皿木選手、ユグドラシルとは顔見知りのようだぁ! これは友情の熱戦が見られるかもしれないぞ!」
外野がうるさいけど無視。
「お次は現役ダンサーチーム! エントリーナンバー4! イグザイットの面々大集合だぁ! この人数に勝つのは至難の業だぞ!」
あ、この人たちは知ってる。
結構売れてるアーティストでダンスメインだけど歌も上手な人たちだ。
それ以外はよくわからないけど……女性人気も男性人気もあるのよね。
見た目が怖い人多いけれど本職のマフィアに比べたらまぁよくいる顔よ。
「そして今回注目のアイドルユニットぉ! 総勢1000人を超えるメンバーの中から選ばれた48人! みんなおなじみ会いに行けるアイドルグループぅ! NAR48の皆様だぁ!」
「はーい、NAR48です! 今日は頑張ります!」
「おーっと、代表してレッドクイーンちゃんの挨拶だ! 凛々しさと可愛らしさを併せ持つとか反則だぁ!」
「ふふ、ありがとね」
あれ、なんかこっち向いた?
というか一瞬ウィンクしたような……気のせいかしら。
んーでもどこかで見たような……あれ、クリスちゃんなんでそんな嫌そうな顔してるんだろ。
「さぁこれから皆さんには食堂に移動してもらうぜ! そこではビュッフェ形式の料理が用意されている! 各自好きな量をとって計量! 100g毎に1ポイントが与えられる! 団体の場合はメンバーの合計値でポイント計算を行うため個人で参加している伊皿木選手とクリスティエラ選手は不利か! というかもうクリスティエラ選手は勝負とか忘れて普通に料理を楽しんでくれ!」
「はーい、満足できる量で終わらせておきまーす。無駄にしたらもったいないもんね」
「その通りぃ! お残しは10gにつき1ポイントの減点となる! 各自ルールを理解したら席についてくれ!」
……そろそろイライラしてきたわ。
やかましいわねぇ、とーてつさんだったらぶん殴ってたかもしれないわ。
キャンセルして正解だったし、あの芸人は命拾いしたわね。
「それではみなさん、料理を取りに行ってくださーい!」
掛け声とともにアイドルユニットやダンサーチーム、クリスちゃんたちが各々食べたい物の前にお皿を持って並ぶ。
楽しそうにわいわい喋りながら、遅れてユグドラシルの人たちも向かっていった。
私は席に座ってそれを眺める。
「おっとぉ、伊皿木選手どうしましたぁ?」
暑苦しくてうるさいのが来た……。
まぁテレビだからこういうのも必要よね。
よく見たら遠くに解説席とか用意されてる。
何を解説するのよ……。
「今行っても混んでるのでみんなが取り終えたらゆっくり持ってこようかなって。それに……」
「それに?」
「私が行ったら食材が無くなっちゃうわ」
「おぉっと! 伊皿木選手強気な発言! しかし安心してほしい! 本日のイベントは普段通りホテルの客5000人が3食3人前食べても満足できるだけの量を取り揃えてもらっているぞ! よって食材が無くなることはない! なお余ったご飯は当テレビ局の人間が打ち上げで美味しくいただく予定となっております! そのためのビュッフェ形式です!」
「へぇ……ねぇ、一ついいかしら」
「質問ですか! なんなりとぉ!」
「別に、あれを食べつくしてしまっても構わないのでしょう?」
にやりと、思わず漏れた笑みはアイドルやダンサーたちが過ぎ去った後に残された料理の数々。
ふふふ、もう我慢しなくていいわよね……。
参加者に人間少なすぎ問題。




