焼き肉店の悲劇
というわけでやってきました、超高級焼き肉店!
支払いはカードで、現金だとお財布に入りきらないからね。
「いただきまーす!」
パクっと、最初からカルビにかじりつくクリスちゃん。
小動物みたいで可愛いわ。
「ふわぁ……お肉がとろける。しかもこの脂、さらりとしてるのに濃厚でトロトロかんがある! 喉を通った時の感覚がすごいです!」
「へぇ、じゃあ私も……うん、いいお肉!」
「ですよね! ジャンジャン焼きましょう!」
「そうね、じゃあ今のうちにしっかり頼んでおきましょうか。すみませーん」
網にお肉を乗せながら店員さんを呼ぶ。
メニューを見た限りどれもグラム1000円を超えるかしら、まぁそんなもんよね。
「えーと、牛タン塩を70皿と極上カルビ100皿、それと……あぁ面倒なんで今の注文キャンセルで全部100皿持ってきてください」
「ぜ、全部ですか⁉」
「大丈夫、お金はありますから。それに残したりしませんよ」
「でも下手したら肉が痛みますよ……?」
「その前に食べればいいだけのことですよね」
「は、はぁ……かしこまりました」
すごすごと下がっていく店員さんの背中を見ながら懐かしい感覚を思い出す。
いやぁ、大抵のお店だと私が注文すると驚かれるのよね。
最近は食欲がどんどん増してるし、その注文の仕方もおおざっぱになってきたけど……まぁ普通の範疇よね。
「それじゃ、焼けた物から順番に食べましょう!」
クリスちゃんの言葉に頷きながら焼けたお肉を食べていく。
合間合間で野菜を焼いて、ドカ盛御飯とかいう1kgの丼ご飯をお肉でかきこむ。
たまらないわぁ……。
「お客様、少々よろしいでしょうか」
そんな時間を邪魔する人が現れた。
コックスーツの男性、お店のスタッフ?
「ん? どうかしました?」
「お客様の注文ですが、失礼ながら少々非常識かと……」
「え? だめでした?」
「うちは厳選した肉を適切なタイミングでご用意させていただいています。むろんそれをどう調理するかはお客様次第、しかし食べきれそうにない量を注文されて無駄にされるのはこちらとしても心外です」
は? 何を言っているのこの人。
「食べきれそうにないって……あぁ、刹那さんのことを知らないんですね」
「全種100皿くらいなら余裕ですよ? というか今日はこのお店のお肉食べつくすつもりで来たんですけど」
「はっはっはっ、御冗談を。うちは特別な倉庫も用意しています。それを食べきるなど力士が100人いても不可能ですよ」
「力士100人と比べられるなんて、そんな過小評価は心外ですよ! 刹那さんに勝ちたければその10倍は連れてきてください!」
「クリスちゃん、話がややこしくなるからお肉食べてていいわよ。はい、あーん」
「あーん、んんぅ、このお肉も絶品!」
「なんにせよ、注文を取り消すつもりはありません。出されたものは全部食べるつもりです。まだ文句があるなら残したお肉1枚に対して1万円払いましょう。お金で解決というのは嫌いですが、最もわかりやすい方法でしょう?」
「ほう……ではそこに1枚でも残したら今後当店の敷居を跨がないという事を約束してもらいましょう。もし残さず食べきれたのなら……そうですね、次回無料券をお渡しします」
「いいでしょう。では準備をお願いします」
互いににやりと笑みを作って勝ちを確信する。
ふっ、今日の私はお腹がすいているのよ!
「さぁ、クリスちゃん。どんどん焼いてどんどん食べなさい!」
「はい!」
パクパクと美味しそうにお肉を口に運ぶ姿を眺める。
うん、この光景だけでお腹が減ってくるわ。
ふふふ、今はまだスタートする段階じゃない……あちらが大食い勝負を仕掛けてくるなら乗るだけよ。
「お待たせしました、流石に100皿の用意は難しいので大皿でまとめて失礼します」
先ほどの男性が他のスタッフと一緒に大きなお皿を抱えてくる。
そこには大量のお肉、ほわぁ……奇麗な脂身、これは本当にいいお肉だわ……。
「この後も追加が来ますのでどうぞ堪能してくださいませ」
「喜んで」
ふふふ……来たわ、タイミングが来たのよ!
お腹の調子、万全! 指は動く、お箸の感覚にも慣れた、後は食べるのみ!
「クリスちゃん、そろそろいいかしら」
「はい……お腹いっぱいになって眠くなってきました」
「そう、ならあとはゆっくりデザートでも食べててね」
「そうさせてもらいます……すみませーん、レモンシャーベットください」
さてと……まずは脂身の奇麗なお肉を網に乗せる。
滴る脂が炭火に触れ蒸気をあげる。
かぐわしい香りに思わず生唾を飲み込んでしまう。
「では……本番と行きますか」
先ほどまでのを食前酒ならぬ食前食としましょう。
するりとお肉を掬い上げて丼ご飯の上をひと撫で、余分なたれや脂をご飯にしみこませつつパクリと……はぁ、快感……これはもう手が止まらない!
焼く、食べる、焼く、食べる、食べる、食べるその繰り返し!
そして食べる! 食べる! 食べる!
このお肉上等ね、生でも全然美味しいわ!
「お待たせしまし……え?」
「あら、遅かったですね。早く次をください」
「お、お客様? そちらは上質とはいえブタです。しっかり焼いていただかなければ……」
「別にお腹壊しても文句言いませんよ。何なら自己責任の契約書でも書きましょうか?」
「い、いえ……ですがこちらは一切関与しませんよ? この光景も監視カメラで撮影されていますから」
「どうぞご自由に。それより早くください。それ、あとこのお皿もう下げてもいいですよ」
「い、いつのまに……」
「たかが100皿分のお肉、焼く時間さえ考えなければ1分も持たないのは常識じゃないですか」
「……すぐに、次のお皿を用意します」
「そうしてください」
まったく、虎やライオンが肉を焼いて食べるとでも思っているのかしらこの店の店主は。
と、それはさておき今度は牛よ牛!
これがまた美味しいのよ……噛めば押し返すような弾力を持っているのに口の中ではほどけるように消えていく。
生で食べればその鮮烈な味をしっかり感じ取ることができる。
「あ、丼ご飯お替りで」
「えっと、ドカ盛ですか?」
「可能ならもっと上をお願いしたいところですが……」
「店長に確認してきます!」
逃げるように小走りで行ってしまった店員さん、その背中を眺めながら帰りを待っているとおずおずとした様子で戻ってきた。
「あ、あの……ご飯10g残すと1000円の罰金だそうですがそれでもよければとのことです」
「へぇ、どのくらい盛ってくれるんですか?」
「10㎏……ギガ盛だそうです」
「じゃあそれで、あとメニューのここからここまで100皿単位で」
「は、はい……」
10㎏か……まぁ重さで手がしびれる前に食べ終わればいいだけよね。
そのくらいの量なら毎朝5回はおかわりしているから問題ない。
お肉の量も思ったほど多くないからこの調子なら平気でしょう。
量より質なお店なのかもしれないわね。
うーん、このままだと満腹になるのは遠そうね。
しょうがないから帰りにカップラーメンでも買い込んでだべることにしましょう。
あれお湯なくてもスナック感覚で食べられるから便利よね。
「あ、クリスちゃん注文あった?」
「そうですねぇ……すみませーん、ラズベリーシャーベットください」
「うんうん、もっと食べていいからね。むしろ早くしないと私が全部食べちゃうから」
「あはは、冗談じゃなさそうなのでちょいちょい何か食べさせてもらいますね。あ、見てたらお腹すいてきたので私もちょっとお肉いただきます」
「ごちそうさまはまだ先だからね、ゆっくり好きなように食べていいのよ」
こうして私達と焼肉屋さんの勝負は幕を開けた。
そして1時間後。
「刹那さんもう焼かないんですか?」
「口の中火傷しちゃった。あと今食べてるハツは生の方が美味しいのよ」
「そんなもんですかねぇ」
「よい子のクリスちゃんは真似しちゃだめよ?」
「言われなくてもできませんよ」
「そう? じゃあ次の注文だけど……あら?」
私の目の前に来て白旗を掲げ、土下座しそうな勢いで頭を下げる店主。
どうやら倉庫にある肉も全滅したという事で一端の終息となった。
今度は今日貰った無料券を持って祥子さんもつれてこよう、そう思っていた矢先店が潰れ、スタッフをそのままに店名だけ変えられたことで無料券が無意味になったのは余談。
さらにそのお店でありったけの料理を食べつくしたのも余談。




