戻ってきた平和な日常
祝100話、ご愛読ありがとうございます。
家に帰ってすぐに手を洗い、そしてうがいを済ませる。
買ってきた食糧をキッチンに運び込んで、さぁ料理だと腕まくりをした瞬間だった。
「せっちゃんストップ。今後せっちゃんは料理禁止ね」
「えぇ⁉」
「せっちゃん一人ならいいわよ? でも私やクリスちゃんも食べるのに、下手にせっちゃんの血が入ったりしたら大変だわ。いくら刃物の扱いに慣れていてもうっかり指を切るとかそういう事はあるでしょうし……」
「まぁ……なんか私の血が物騒とかそんな話してましたもんね」
「そういうこと。だから今後は料理以外の家事をお願いするわ。そうね……洗濯とか掃除が中心かしら。後は重い荷物を運ぶとき……はうちの人間を駆りだせばいいか」
正直今までせっちゃんの料理を食べてたと思うと冷や汗がすごいわ、なんて失礼なことも付け加えつつ、祥子さんは食材の確認を始める。
これならカレーがいいかしらねと言っているのでちょっと楽しみだ……まぁ甘口カレーになるんでしょうけど。
「まぁ料理は大変ですから、他の家事を引き受けるのはやぶさかではないんですが……」
「なに? もしかして私の作る料理、口に合わなかったりする……?」
ちょっと弱気になっているのか、祥子さんがおずおずと聞いてくる。
そうではないんだけど……。
「いえ、その……祥子さん、私の料理って基本的に寸胴鍋使うじゃないですか」
「そうね、あのラーメン屋にありそうなの」
「それで私も台を使って料理していたんですが……その、祥子さん身長が……」
うっかり鍋に落ちないか心配、と言おうとした瞬間だった。
だんっという音が響く。
じわじわと登ってくる痛みに視線を下に向けると、私の指先を的確に踏み抜いた祥子さんが謎のオーラを発しているように見えた。
「せっちゃん? 私の身長は女性平均よ?」
「あ、ごめんなさい」
「まったく……なんでせっちゃんはそんなに大きくなったのかしらね。やっぱりよく食べるから?」
「さぁ? うちの人間はみんな……あぁ、末っ子の縁ちゃん以外はみんな高身長ですね。この辺もあって本家が途絶えるまで鬼の血筋なんて言われてたんじゃないですか?」
ちなみに辰兄さんや刀君は180㎝を超えてるし、私も170㎝にとどくか届かないか。
末の縁ちゃんだけ140㎝と高校生にしてはかなり小柄だけどね。
「……まぁそういう事にしておきましょう。ともかく料理は私がするから溜まってたお仕事なりして時間つぶしてなさいな」
「はーい」
言われるがままに、久しぶりの自室に戻りPCを確認すると方々からメールが届いていた。
その内容は嬉しいことに私の身を案じてくれる内容ばかり。
誰もが次の仕事は急ぎじゃないからゆっくりやってほしいと書いてあった。
こうなると少し困ってしまう、手持ち無沙汰というやつだ。
……リビングでお茶でも飲みながら何か映画でも見てようかしら。
「刹那さん、おかえりなさーい!」
「おっと、びっくりした」
乱暴に部屋のドアを開けて入ってきたのはクリスちゃん。
1週間ばかりの入院だったんけど寂しかったのか抱き着いてきた。
うん、私じゃなければ傷口が痛むーとか言ってたわね。
「大丈夫なんですか?」
「もう大丈夫よ。この通り傷口も残ってないわ」
服をめくって刺された場所を指さす。
縫合痕すら残っていないので目を凝らしても見えないだろう。
「はぁ、刹那さんが刺されたって聞いてびっくりしましたよ。お父さんも静かに怒ってましたし、家にかかってきた電話は私が対応する感じでしたから」
ははぁ、海外の皆さんがあんなに素早い対応をとれたのはそういう理由だったのか。
クリスちゃん経由で私が刺されたことを知ったみんなが動いた……あれ?
でもどうやって相手を突き止めたんだろ……。
まぁいいや。
「ねぇねぇ、クリスちゃん。ちょっと時間できちゃったから祥子さんがご飯作ってくれるまで一緒に映画でも見ない?」
「見たいです! 前から気になってたのがついに配信開始したので!」
「じゃあそれ見ましょうか」
二人でリビングに戻ると祥子さんはやや呆れた顔で、しかしお母さんのようにほほえまし気にこちらをちらりと見ただけだった。
「刹那さん! これ、この映画が気になってたんですよ!」
「ホラーじゃないわよね」
「祥子さんがいますからね……」
うん、先日の騒動は十分クリスちゃんにも精神ダメージを与えていたみたい。
まぁあれだけ派手にやればねぇ……。
「えーと、なになに? 『人喰いゴリラVS宇宙人グレイVSダーク霊』ね。ダーク霊シリーズの最新作?」
「そうです! 心優しい森の賢人が自然を破壊する人間に怒りその肉を喰らうようになった。その結果米軍との戦闘になり単独勝利を勝ち取ったゴリラ、それに目を付けた宇宙人がゴリラを宇宙に誘拐するけれど巻き込まれたダーク霊とゴリラが双方好き放題宇宙船の中で暴れる話です!」
「これまたけったいなの出してきたわね、ダーク霊シリーズ。でもちょっと面白そうね」
「はい、がっつり見ましょう!」
そう言ってソファーに飛び込むようにして腰を下ろしたクリスちゃん。
こうしていると普通の女の子なのよね。
「あ、そういえばなんですけど」
「え? なに急に。映画見ないの?」
「いえ映画は見ますよ。ただ刹那さんの匂いが気になって」
「匂い? ……あぁ、焼き肉屋とラーメン屋はしごしたからかしら。お酒もちょっと飲んだしね」
「いえそうではなく……ナコトさんと同じ鬼のような匂いと、どこぞの毒竜の匂いが混ざったような。何か変なもの食べて変なことしました?」
ナコトさんって誰かしら……それよりも気になるのが。
「鬼に竜? ゲーム内でしか食べてないけど……実際にいるならちょっと食べてみたいわね」
「そうですか、勘違いならいいんですよ。というわけで映画スタート!」
ぴっという音と共に流れるのは配信サイトで放送されている映画の広告。
これは……まさか!
「クリスちゃん、スキップを押して! 早く!」
「え? はい」
ふぅ、危なかったわ。
あれは昨今話題になっている超ド級ホラー映画、事実をもとにしたノンフィクションと噂される「呪われた部屋~数多の霊能者を返り討ちにする~」だわ……。
実際の心霊物件を使って撮影した本物の曰く付きの作品。
なんでそんなことを知っているかと言われたら、私が住んでた部屋で撮影されたから。
住んでるときにね、ガチでやばい部屋だと聞いて飛んできた映画関係者が面白がって企画書を作ったの。
そしてなぜか上も許可を出した。
まぁその費用の大半は私の食費となったんだけど、お祓いに行ったりとかで結構大変だったらしいわ。
ちらりと祥子さんを見るけれど鍋の中を確認するのに一生懸命でこちらを見ていなかったらしい。
よし、セーフ……と言いたいところだけれど台の上で背伸びしているからか不安定そうな祥子さんにハラハラする。
結局映画の内容はほとんど頭に入ってくることなく、祥子さんをちらちらと観察してたらご飯ができたわ。
鍋いっぱいのカレー、そして盛り合わせにとんかつとかステーキとか色々!
これはもうね、満腹でもお腹がすく料理だわ!
「はい、せっちゃん。待てよ、待て……よし!」
「いただきます!」
犬扱いなど今更どうでもいい!
がっ、とお皿に盛られた大もりカレーをスプーンですくう。
それを口に運ぶ瞬間わずかに鼻腔をくすぐる香りがたまらない。
早くよこせと口と胃が訴えかけてくる。
パクリ、と一口……あぁ幸せ。
この幸せがいつまでも続けばいいのに。
そんなことを考えていながらも私の手は止まることなく、鍋いっぱいのカレーも付け合わせもほとんど私が食べてしまった。
祥子さんとクリスちゃんは1回か2回おかわりしたくらい。
ちょっと申し訳なくなるわね。
「私、食べすぎました?」
「いつもより良く食べてる感じだったけど……まぁ普通じゃないの?」
「そうですね、量だけで言えばいつも以上ですが誤差の範囲じゃないですか?」
「そう? 二人とも足りないとかなかった?」
「満腹よ」
「満腹です」
即答されてしまった……でもあれだけで満腹になるなんて燃費がいいのね。
私は沢山食べたいから今のままでもいいけれど、少量で満足できるというのもうらやましく感じるわ。
ナコトというのはルルイエ探偵事務所のキャラで、鬼のロリっ子です。
今後本作に関わる機会はおそらくないと思うので、読まなくても問題ありません。




