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ちょっと、無茶しないでお願い!オレの首が飛ぶからあぁぁああぁ!

梵天丸の事を知り始めた片倉小十郎は、ほんのひと時の平和と梵天丸の苦悩に少しづつ触れて行く。




 傅役というのは案外やることが多い。その日、その日で、一通りの予定はあるが、まったく時間通りにいった試しがない。

 自分の不徳の致すところ……と小十郎は思っているが、理不尽だ!とも思っている。……何故なら

「何処ですか? 梵天丸様!」

 今日は大切な右目の眼検診の日である。しかし、朝から梵天丸の姿が見えない。義姉に聞いても、

「いつものことなの」

 呑気に笑って答えた。

「いつも、それ程遠くにはいかないのよ。案外近くにいると思うから、探しなさいな。ヒントは、灯台下暗しよ」

 とウィンクして見せる。

「いや、ヒントとかいりませんし。居場所知ってるんなら教えて下さいよ!」

 小十郎は少しイラつきながら言う。

「早く探さないと、先生がいらっしゃるわよ」

 おほほと軽く笑って喜多は廊下に消えて言った。

 俺の周りは、こんな奴ばかりだと呪いながらあちこち探す。

「灯台下暗し……か」

 もう一度、原点に戻ってみる。梵天丸の部屋である。ここはもう、探せる所は探した。押入れ、天井裏、行李の中、縁側の下。

「灯台下暗し……」

 小十郎は手を顎に当て考える。

「あ…… 俺か」

 そう言えば、まだ探してない所がある。小十郎の控えの間である。ここは、梵天丸が小十郎を必要としない時などに、事務作業をしたり、仕事をする部屋である。梵天丸の部屋を一部屋隔てた隣に位置している。

 小十郎は、ガラリと控えの間の襖を開いた。自分が今朝出た時のまま、人の気配はしない。しかし……

 押入れの襖をガラリと開ける。

「見つけましたよ。梵天丸様」

 下段に丸くなって座っている梵天丸を見つけてホッとする。

 梵天丸は、不服そうに舌打ちをして、ゴソゴソと押入れから出てきた。

「喜多め。余計な事を」

「さ、早く用意をしてください。先生がいらっしゃられますよ」

 10日に1度、実施される検診は梵天丸にとって、苦痛であることは小十郎もよくわかっている。だが、放っておくわけにもいかないのだから仕方が無い。

 二人が梵天丸の部屋に行くと、医者は既に待っていた。

「先生、お待たせして申し訳ありません」

 小十郎は梵天丸を医者の前に座らせてながら、頭を下げる。

「いやいや、構わんよ。若様はどうもこの治療が嫌らしいのでな。」

 70歳を超えていると思しき医者は、温厚そうなまったりとした口調で言った。

「もうよい。早くいたせ」

 梵天丸が苛立ちながら言った。

 医者は、はいはいと右目を覆っている布を外しはじめた。巻き付けられた布を取ると、右目の大きさに当て布がされていた。

 小十郎は、今回初めて梵天丸の右目を見る事になる。梵天丸に気を使って、意識しない様にしようと努めてはいるが……

「小十郎、見て驚くなよ」

 梵天丸がカマをかけてくる。

 医者がさっと布を取る。梵天丸の右目は普通の目の2倍はふくれあがっている。目は閉じきれず、白い目玉が閉じきれないまぶたから覗いている。

 左の顔が美しい分、まるで違う生き物が張り付いているようだった。

 痛々しい……、小十郎は思わず唇を噛んだ。

「醜いだろう?小十郎」

 梵天丸が皮肉っぽく笑って言った。

「い……いいえ、そんな事はありません」

「気を使わなくていい。わかっている」

 小十郎は何も言えなかった。これが梵天丸の全ての不幸だと思うと憎らしい。いっそ……

「先生、もう視力がないのでしたら取り除く事はできないのですか?」

 医者はギョッとして小十郎を見た。

「と、とんでもない!なんとおっしゃられる!そんな事は危険ですぞ。若様の命の保証はない」

「しかし、先生は医者なのですし……」

「小十郎!!」

 そんなやり取りを横で聞いていた梵天丸がどなった。

「もう良い。オレは一生このままで良い!」


 医者が帰った後、小十郎は己の無神経を後悔した。梵天丸を傷つけたかもしれない。

 思っていた以上に、右目の事への心の傷は深い。この事を乗り越えない限り梵天丸の未来は無い。自分に何ができるのか……小十郎は考え込んでいた。ただ、考えても梵天丸を救ってやる事は今の自分にはできそうにない、そんな自分が情けなかった。

「小十郎」

 何度か名を呼ばれてきづいた。

「は…… はい、あ……申し訳ありません」

 梵天丸は苦笑しながら言った。

「お前が落ち込んでどうする、分かりやすい奴だな。気にするな。」

 逆に梵天丸に慰められ、余計に自分が情けなく感じた。

「昼飯食ったら、今日は出かけるからな」

「え?そうでしたか?」

 予定には入っていないが…

 梵天丸は、さっさと食べ終えると小十郎に木刀を持ってくるように言いつけた。

「お前の分も忘れんなよ」

 武術の鍛錬は、朝食前に済ませてある。梵天丸は、道場には向かわず城の裏手までくると普段使われていない裏木戸の勝手口から裏山に出て行った。

「ちょっと、どこに行くんですか?」

 小十郎が慌てて止めようとするが、梵天丸は、サッサと獣道を登って行く。梵天丸の背丈程もある草が道に生い茂り、梵天丸を見失いそうになりながら必死についていく。15分も登っただろうか、急に目の前が開けたかと思うと、そこには朽ち果てたお堂が黒々と佇んでいた。

 梵天丸が来た道を振り返って目を細めた。小十郎も釣られて振り向く。

「おお!」

 小十郎は思わず感嘆の声をあげた。

 城を手前に、奥州の山々に青空が延々と広がり、下には黄色い稲穂の海が風にたなびいていた。

「美しいだろ?これが、オレの国だ」

 梵天丸の、白い顔に薄っすらと紅が差し、汗ばんだ額を風が拭い去っていく。遠くを見つめる横顔は、奥州伊達家の嫡男としての誇りが滲んでいた。まだ、9歳だというのに、自分の立場を自覚し、広い視野で物事をとらえようとしている事に小十郎は驚いた。

 ーー皆、梵天丸様の事を誤解している。この方は誰よりも優しく、聡明ではないか。なぜ“もののけ付き”などと噂されるのか……。

「ぼんてーん!こじゅうろー!」

 聞き覚えのある声が遠くから響いた。時宗丸が木刀をブンブン振り回しながら走って来る。

「お久しぶりですね。時宗丸殿」

「おう!まだ、梵天の傅役、続いてるみたいだな」

 相変わらず元気そうである。

 梵天丸は小十郎から木刀を受け取ると、少し離れて時宗丸と向かい合った。

「よし!いくぞ」

 小十郎は慌てて二人を止める。

「ちょっと!ちょっと待って下さい。ここで、手合わせですか?城の道場ですればいいでしょう?」

「いちいちうるさい奴だな、お前も」

 時宗丸は、面倒くさそうに答える。

「しかし、梵天丸様にもしもの事があったらどうするんですか?」

「大丈夫だ。小十郎はそこで見ていろ」

 梵天丸は再び時宗丸と向き合った。小十郎は、ハラハラしながら二人と距離を置く。

 先にも話した通り、剣術や武術の訓練は梵天丸の朝の日課ではあるが、お世辞にも得意とは言い難かった。剣術の師範にも、もう少し気を入れるよう言われたばかりである。しかも、時宗丸は運動神経がいいこと、力が強い事もわかっている。調子に乗りすぎて、梵天丸に怪我をさせないとも限らない。

 何かあった時は、直ぐに体をを張れるよう心の準備だけはしておこうと、小十郎は二人の動向を見守った。

 カンと周りに木のぶつかる乾いた音か響き渡る。さすがに得意と言うだけあって、時宗丸の動きはいい。性格と同じように真っ直ぐで力強い太刀筋だった。

 一方、梵天丸はというと、明らかに時宗丸の力に押されている。しかも右目が見えない分、太刀筋が少しブレてしまう。

 時宗丸は一歩前に出て、梵天丸の頭上に振りかぶった。小十郎が、あっと思った時には木刀は梵天丸目がけて振り下ろされていた。カーンとひと際大きな音が響き、梵天丸が時宗丸の一撃をなんとか受け止めた。小十郎はヒヤヒヤしながら、いつ止めようかと思っていると、梵天丸が時宗丸の隙をついて、下から突きの要領で木刀をすくい上げた。

「っ……!」

 時宗丸は、あごを霞め、首をひねって、かろうじて避けたのはさすがである。

 時宗丸は連続攻撃を避けるため、梵天丸と間合いをとり、3歩程後ろに下がる。

 ーー梵天丸様、朝の稽古の時とは随分動きが違うな。

 小十郎は目を丸くした。朝は右目が見えないから動きもぎこちないのかと思っていたが、今はどうだ。右目が見えない分、相手の左側に素早く回り込んで死角を作らない様にしているし、相手の動きの先を読み、技を繰り出すスピードは時宗丸よりも勝っている。それに何よりも楽しそうだ。心安い者と体を思いっきり動かす事を、心から楽しんでいる。

 城中では楽しそうな顔など少しも見せないので、小十郎もこんなにも伸び伸びしている梵天丸を見ると嬉しくなってしまう。

「小十郎も混ぜてやろうか?」

 梵天丸が、息を弾ませながら言う。

「それいいな。小十郎は大人だから、2対1な」

 時宗丸は勝手なルールを作って、小十郎の後ろに回り込んだ。小十郎は梵天丸と時宗丸に、前後で挟まれている状態である。

「2対1とは卑怯なり」

 小十郎は芝居がかった口調で木刀を構えた。口元は笑っている。

「うりゃ!」

 後ろから時宗丸が、木刀を振り上げかかって来た。小十郎は軽く体を捻って避けると、体を時宗丸の方へ、木刀は梵天丸の方に向け隙を与えない。

「むむむ……」

 二人は、ジリジリと間合いを詰めながら出て行くタイミングを計っている。

「でえい!」

 今度は梵天丸が横殴りにかかって来た。小十郎は、腰の辺りで梵天丸の木刀を受け止めると力を加えず受け流した。力が入っていた梵天丸は、自分の勢いに押され、たったらを踏む。小十郎は同じ要領で、かかってくる時宗丸の木刀もするりと受け流して一向に当たらない。

「二人共、力が入り過ぎですよ。刀は力任せでは切れません。右腕はしっかり刀を握って、左手は添える感じで軽く握ってください。」

 梵天丸は、言われた様に刀を扱い木刀を小十郎に向けて振る。小十郎は、再び梵天丸の攻撃を軽く往なしながら指導をした。

「体の軸に真っ直ぐ振り下ろしてください。力が分散されると攻撃力も落ちますよ」

 小十郎はすでに元服し戦の経験も有り、武道の心得も人よりずっと抜きん出ているため、子供二人には遅れを取る事はない。


 数分後、梵天丸と時宗丸は息を切らして、ぐったり地面に座り込んだ。

「ふふふ、まだまだですね。もっと鍛錬が必要です」

 小十郎は、息を切らすどころか、汗一つかいていない。

「くっそー、小十郎のくせに!」

 時宗丸は、悔しそうに歯がみする。

「やっぱり、元服して、戦に出ると違うのか?」

 梵天丸は、小十郎を仰ぎ見た。

「そうかも知れませんね。戦は命のやり取りですから。自然と身に付きますよ。嫌でもね。いつかは、あなた様方もそうなります」

 小十郎は笑いながら答えた。

「元服か〜 早く初陣飾りてえ、なあ、梵天!」

 時宗丸が言った。梵天丸も、うなずく。

 初陣を夢見るなんて、男の子だな〜 などと小十郎は微笑ましく思う。

「なあ、もしかして小十郎ってすごい奴なのかな? ……なんてな。」

 時宗丸は笑いながら言った。

「当然だろ、オレの傅役なんだから……」

「え……?」

 小十郎は、我が耳を疑った。

 ーーあれ、今、俺、梵天丸様に褒められた?

 梵天丸は、はっとして小十郎を見たが、急に真っ赤になって俯いてしまった。

「今のは忘れろ……」

 ボソッと呟くように言った。

「え?なんですか?」

 小十郎は聞き取れずにもう一度聞く。梵天丸はプルプルと肩を振るわせながら、どなった。

「いいから!今のは忘れろ!!」

「ええ?嫌ですよ!初めて梵天丸様に褒められたのに!」

 小十郎はムキになって答えた。

「にぎゃー!忘れろ!!」

 小十郎に襲いかかって来た。なんだか、よっぽど梵天丸は恥ずかしかったらしい。


 その時、ガサッと草が鳴ったかと思うと、ひょっこり小さい影が現れた。

「兄上」

 その姿を確認して小十郎は目をむいた。

「じ … … 竺丸様!?」

「竺丸か。遅かったな」

 梵天丸は、弟の小次郎を出迎えた。

「兄上、お会いしとうございました!」

 そう言って梵天丸に抱きついた。竺丸は梵天丸の実の弟で、3つ年下の6歳である。色が白く、目鼻立ちがはっきりしている所は、梵天丸によく似ている。

「すみません、母上に気づかれぬように出てくるのに手間取ってしまって」

 余程急いで来たのか、息が上がっている。

「ええー? 黙って出て来たのですか?」

 兄弟揃ってどいつもこいつも……この兄弟に何かあったら、俺は切腹もんだと、小十郎は青くなった。

 だがそんな小十郎の事などどこ吹く風で兄弟は仲が良さそうにじゃれ合ってる。城中で二人がこうやって会っているのは、ほとんど見ない。それも不自然な事だとも思うが、大人達が“梵天丸派”とか“竺丸派”とか騒ぐ事で、会いづらいのかもしれない。だがそんな大人の事情で兄弟が離ればなれになるのは悲しい。特に幼い竺丸は梵天丸にべったりである。二人が黙って出て来ている事を除いては、微笑ましい光景であった。

「片倉小十郎!挨拶の場で一度会ったな」

 小さい竺丸が、背伸びをするように小十郎を仰ぎ見た。小十郎は、慌てて跪くき、目線を竺丸に合わせた。

「兄上の新しい傅役だな。兄上の事よろしゅう頼むぞ」

 舌ったらずだが、はっきりした口調で言った。なんとしっかりしている事か、小十郎は感動した。

「御意」

 小十郎がかしこまって答えたので、竺丸は弾ける様に笑った。梵天丸も眩しそうに弟を見ている。竺丸は兄の方に振り向いてせがむ様に言ったq

「兄上、今日は剣術を教えてくれる約束でしょ!さあ、早く!」

 それを聞いて小十郎はゲッと、慌てて止めた。

「そ、それはなりません!梵天丸様!竺丸様!」

 梵天丸は苦笑して小十郎を見た。

「さすがに手合わせはしないよ。ちょっと、木刀を触らせてやるだけだ」

「……そろそろ、僕も兄上のように武術の稽古がしたいのに、母上が駄目だと言うんだ。まだ危ないって。兄上なんて僕の歳にはもう師範に習ってたのに」

 小十郎は、なんとも言い返せなかった。母親の義姫は、次男竺丸には大変過保護という噂は聞いている。長男梵天丸の二の舞にさせまいという思いからだろうが、竺丸にしてみれば窮屈この上ない事だろう。

「焦らなくてもいいのですよ。お母様にはお母様のお考えがあっての事だと思います。これも親孝行だと思って」

「でも僕も早くなって、兄上の右腕になりたいんだ!」

「竺丸様……」

 なんて健気なお方だろう…… 

「でも、ありがとう小十郎。母上を悪く言わないでくれて」

 竺丸は優しく微笑んだ。

 小十郎は胸がギュッと痛んだ。この幼い兄弟は、城中の大人達の間でどれ程、窮屈な思いで生きてきたんだろう。自分の大事な兄の事を悪く言う輩、母に対する避難、耳を押さえたくなるような心ない噂、たくさん傷ついてきたのかもしれない。それなのに、この兄弟はずっと人に優しいではないか。どうかこの兄弟がずっと一緒にいられますようにと、小十郎は願わずにはいられなかった。

「竺丸、ほらしっかり握って」

 梵天丸は自分の木刀を貸してやる。竺丸は木刀が重いのか、真っ直ぐになかなか持てない。梵天丸は竺丸の木刀に、手を添えてゆっくりと前に倒してやる。

「こうやって前に振るんだ。しっかり握って」

 時宗丸も横で見ながら口を出す。こうして見ていると3人兄弟の様に見える。

 小十郎は少し離れて見守ることにした。この時間を壊したくない。きっと梵天丸にとっても竺丸にとっても、何者にも代え難い大切な時間なのだから。


読んでいただきありがとうございます。

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