いやもう傅役とかオレに無理っしょって正直思うんです
ついに梵天丸と対面する事になった小十郎。
だが小さな暴君、梵天丸は一筋縄で行く少年ではなかった。
……どうする小十郎?
「はあ?……」
朝の冷たい空気が、清々しく肺を満たしてくるのに、この心の重さはどうだ。
昨日の盛りだくさんな出来事は、小十郎を疲弊させうるに十分だった。
梵天丸の“もののけ”とは、一体何だったのか?今では、本当の出来事であったのかすら疑わしい。
結局あれから、いろいろ考え込んでしまって、一睡も出来ずに夜を明かしてしまった。
結局、賊も見つからなかったようだし、なんとも分からない事だらけである。
「ちょっと、小十郎!あんた、なんて顔してるのよ!」
目の下に大きなクマを作って出仕してきた小十郎をみて、喜多はあきれ顔で言った。それから、くすりと笑って、
「あなたが、今日梵天丸様に会う事で、緊張して眠れないとか、そんな可愛い所があるなんて知らなかったわ。」
事情を知らない喜多は、無邪気に笑っている。
「はは……」
小十郎も、適当に愛想笑いをしながらはぐらかした。
義姉には言えない。言っても信じてもらえないかもしれないし、梵天丸の事だったら、いらぬ心配をかけるだろう。とりあえず、今は自分の心の奥底にしまっておこうと思った。
今から梵天丸との初の会見となるのだ。しっかりしなければ!小十郎は気分を切り替えようと喜多と、たわいもない世間話に興じた。喜多は、いたく上機嫌で小十郎に梵天丸の話をする。その後ろの廊下の角で、ちらりと小さな影が動いた。
小十郎は、それを見逃さない。時宗丸である。梵天丸との会見を心配しているのか……?いや、面白がっているという事を小十郎は確信した。時宗丸もこちらの視線に気付きひらひらと小さく手を振ってみせる。だが角から出てこない。どうも喜多が苦手と見える。きっと、いつも小言を言われているのだろう。そのくせ、小十郎の相手をしたがる。舐められているのか、信用されているのか。
小十郎も、喜多に訴えるような事はしない。時宗丸は、ちゃんとその事を見抜いているのだ。こうなれば、なぜか奇妙な仲間意識が芽生える。一度話しただけなのに、人を警戒させない不思議な少年であった。
広間には、伊達家の家臣団が真ん中に道を作る様に並んでいる。
中央上座には、輝宗、その横に小さい梵天丸、輝宗を隔てて向こう側の端に、梵天丸の母である義姫、その膝に梵天丸の弟の竺丸がちょこんと座っている。喜多は梵天丸側の端の方に座っていた。
「片倉小十郎、ただいま参上いたしました。」
小十郎がかしこまって、中央より進みでて土下座をする。自分の背中に痛い程の視線が注がれているのを感じながら……
「表をあげよ」
輝宗の言葉で、小十郎はゆっくり顔を上げた。その時、はったと梵天丸と目が合った。
母親似の端正な白い顔には痛々しい包帯が顔の右側を覆っている。顔が美麗なだけにその印象は鬼気迫るものがあった。線が細く、女の子と言っても通りそうな、ひ弱で暗い雰囲気を帯びている。薄い茶色の左目は、小十郎を捉えてはいるが、虚空を見詰め何も映していないようであった。
「片倉小十郎景綱と申します。あなたのお父上、輝宗様より梵天丸様の傅役を仰せつかりました。お見知りおきのほどよろしくお願い致しまする。」
と再び頭を下げた。
普通はここで声がかかる。大儀であるとかなんとか。しかし沈黙……。
声をかけてもらわねば、小十郎も頭を上げられない。場の空気がしんっと変わる。
無反応な梵天丸に変わり、輝宗が変わりに声をかけた。
「よろしく頼むぞ。小十郎」
「はっ」
小十郎は深々と頭を下げ、ようやく元の姿勢に戻ったことにほっとした。
その時、不意に梵天丸が何か声を出した。しかし、余りにも声が小さい。小十郎は梵天丸の言葉を聞き取ろうと、唇の動きを必死に読み取ろうとしたが駄目だった。
だが、最後の、
「なあ、そちはどう思う?小十郎」
だけが部屋に響いた。
ーーええええ!!???
質問が聞き取れなかったのに答えようがない。
だが小十郎は、躊躇せず大きな声で自信満々に答えた。
「梵天丸様のおっしゃる通りでございます。この小十郎、そこまで梵天丸様がお考えとは驚きました。さすがでございます!」
と頭を下げた。
無表情だった梵天丸の瞳に、一瞬驚きの色が浮かんだ。
小十郎は、内心しめた!とほくそ微笑んだ。ようやく、梵天丸は小十郎を認識し自ら見たのだ。
梵天丸、はっとすると怒った様にプイッと横を向いてしまった。
それを、何も言わず横で見ていた輝宗は、ははは!と笑い出した。
そして、これも聞こえるか聞こえないかのような声で、梵天丸に輝宗は耳打ちした。
「今回はやられたな。梵天丸よ」
それを聞いた梵天丸は、表情は変えないものの、膝の上で握りしめている拳の指が白くなる程、力を入れた。
「今日は、大義であったな小十郎よ」
輝宗は、小十郎に言った。
「ははっ」
頭を下げて、小十郎は恭しく退出をした。
廊下に出た小十郎は、大きく安堵の吐息を吐き出した。緊張をほぐすため首をコキコキ鳴らす。
とりあえず指示があるまで、控えの間で待機をしなければならない。そこに向かう廊下を歩いていると、後ろからすごい勢いで追いかけてくる者がいた。
「待てい!!!片倉小十郎お!!」
そう言って、小十郎の前に立ちはだかった人物をみて面食らった。
「梵天丸様!」
さっきまで病的なまでに青い顔をして座っていた人物と同一人物とは思えない。顔は紅潮し、生気の無かった左目は怒りに赤く燃えている。わなわな震える人差し指を小十郎に突きつけた。
「お前、なぜあの場で受け答えをした?オレの言葉は聞こえてなかったはずだ!なのに何故!?」
「梵天!」
どこにいたのか、時宗丸も二人を交互に見て、固唾をのんで見守っている。
しばらく小十郎は呆気にとられていたが、逆に梵天丸に問うた。
「ワザと小声で、聞こえない様に話されていたんですか?」
「う……っ」
梵天丸は、ギクッとしたように肩をすくめた。
二人は対峙したまま、しばし沈黙……。
「くく……っぷ」
その沈黙を破る様に、小十郎が吹き出した。
梵天丸と時宗丸は、呆気にとられて今度はこちらがポカンとする番だった。梵天丸は小十郎をキッと睨みつけた。
「何が可笑しい!!」
再び耳まで真っ赤になりながら怒鳴った。
「あ、失礼しました。いえ、小十郎は嬉しいのです。そのような表情をされるとは安心しました。ずっと、死んだ魚のようにされているのではと、心配しておりました故」
そう言って、嬉しそうに微笑んだ。
「……!!!!」
梵天丸は、恥ずかしいのか、悔しいのか、急に黙り込んで俯いてしまった。
小十郎は、なるべく優しい声で促した。
「とにかく控えの間に行きませんか……?ねえ時宗丸殿」
二人の展開を珍しく心配そうに見ていた時宗丸も、急に自分に振られてついつい、お…おう、と答えてしまった。
梵天丸は、再びキッと小十郎を見上げる。
「……いや、オレの部屋に来い」
一言だけ低く言って先に歩きだした。
時宗丸は、かなり驚いた風に大きい瞳をさらに大きくして、小十郎の脇腹をひじでゴンゴン突いた。
「ひひ……、やるじゃねえか!」
梵天丸に聞こえないよう小声で言った。
「控えの間に行かなくていいのかよ?」
「今から俺の主人は梵天丸様だから、もう指示は頂いてるさ」
小十郎は、梵天丸の後を追った。
梵天丸は、先に立って滑るように廊下を渡っていく。その小さな後姿を追いながら、小十郎は自分の状況を冷静に分析し始める。
自分は梵天丸様に試されているんだと……しかし、何のために……?これはちゃんと見極めなばと心に重く受け止める。
小十郎は、はっとして足を止める。二、三歩先を行っていた時宗丸が振り返る。
「どうしたんだよ、小十郎?」
「あ、いえ……」
そう言って横の襖を見た。……ここは、まぎれもない、昨夜“もののけ”と対峙じた部屋。
暗い陰鬱な闇としわがれた高い声を思い出して背筋が寒くなる。
足を止めて、梵天丸もこっちを見ていた。
「すみません。い、行きましょう」
そう、小十郎は二人を促した。“もののけ付き”と噂される真相もきっと明らかにしてみせるそう心に誓った。
その部屋から程近い場所が、梵天丸のいる部屋となる。
「ここが、梵天の部屋なんだぜ」
時宗丸が言う。来なれているようである。
小十郎は失礼と一言小さい主君に断り、前に出てしゃがむと前の襖をあけて梵天丸を通した。
二人の後に、かしこまりながら入った小十郎は、部屋の暗さに驚いた。
「うわ?!」
目がなれないまま部屋に入り、手前の何かにつまずいて、派手な音を立てて顔から畳におでこを擦り付けた。
「……何やってんだ」
時宗丸はあきれたように、小十郎を覗き込んだ。
「失礼しました……」
恥ずかしいそうに起き上がった小十郎は、薄暗い部屋に目が慣れるにつれ、息を飲んだ。
そこには書物、巻物などがうずたかく山の様に積まれていた。自分が崩した本の山を元に戻そうと手に取った本の題名をみるだけで、兵法書、歴史書は勿論、哲学書や数学、横文字の外国の書までありとあらゆるものもあり、まるで城内の書物庫のようである。……まさか、これを一人で読んでいるのか?九歳の子供が?
天気もよくまだ午前中であるというのに、この部屋の暗さはなんだと、よく見ると障子の桟に紙をはり光が入らないようになっている。
「とりあえず、風をいれましょう……。」
そう言って襖に手をかけると、本が小十郎の頬をかすめて飛んできた。バン!と大きな音をたてて、襖に当たり床に落ちる。
「余計な事はするな!」
梵天丸が怒鳴った。小十郎は梵天丸の方に振り向いたが、気にせず紙を破りガラリと襖をあけた。明るい日差しがさっと部屋の中を照らし、秋の涼しい空気が駆け抜ける。
「お前…!」
梵天丸が毒を吐く。小十郎は至って能天気に言った。
「いい天気ではこざいませぬか。植物と同じで、人はしっかり太陽を浴びねば、病気になりますぞ。」
小十郎は優しい笑顔を梵天丸に向け、投げられた本を拾い、折れたページを綺麗に伸ばした。
「梵天丸様は、書物を読まれるのがお好きなのですね。勤勉はとても良いことだと思います。」
そう言って書物を梵天丸に差し出した。
「しかし、書物は貴重で人にいろいろな事を教えてくれる尊いものです。投げたり乱暴に扱うことは感心しませぬ。」
小十郎は、さっきの穏やかさとは打って変わり、厳しい表情で梵天丸を見据えた。梵天丸は、小十郎を睨みつけたまま、差し出された書物を受け取ろうと左手を手をのばした……振りをして、体を低くして小十郎の懐に一歩踏みだすと、肩から小十郎に体当たりをした。
「ぐわ…!」
不意を付かれた小十郎の胸の真ん中あたりに、肩が入り息が詰まる。
そのまま畳に上向きで倒れた小十郎の上に、梵天丸はすばやく馬乗りになると、拳骨で小十郎の頬をめがけて腕を振り下ろした。
「わわ!」
小十郎は、持っていた書物を顔に被せ、拳を防ぐ。しかし、梵天丸は気にもせず何度も何度も書物の上から殴りつける。
「ちょっと、梵天丸様おやめください!」
だがありにも体格差がありすぎる。タイミングを見計らって、小十郎は梵天丸の手首を掴む。
「危のうございます!お手を怪我でもされたらどうするのですか?」
「そういう態度がムカつく!」
そう言うと梵天丸は、跨いでいる小十郎の腹から立ちあがり、足で思いっきり腹を踏みつけた。
「……っ!!!!」
小十郎は、声にならない声でうめいて腹を抑える。
「はは!ざまあみろ!」
梵天丸は再び小十郎の顔を目がけて、拳を振り下ろした。梵天丸が渾身の力で拳を小十郎めがけて振り下ろした時、小十郎は身を横に捻ねり様、梵天丸の拳を避ける。空を切って体制を崩した梵天丸を抱きかかえるように抱きしめた。びっくりした梵天丸は出鱈目に暴れだした。これ以上暴れられたら怪我をさせない保証はない。小十郎は、もうどうしていいかわからず、抱きしめたまま腕に少し力を込めた。
「梵天丸様!お願いですからお静まりください!小十郎の事を殴りたいなら殴ってもいいですから!とりあえず今は暴れないでください!」
なるべく優しく、細心の注意をはらいながら囁く様に言った。息が上がり鼓動は自分のものか梵天丸のものかわからない。しばらくどちらも荒い息をしていたが、急に梵天丸が大人しくなった。そして、低いが落ち着いた声で梵天丸が声を出した。
「苦しい……離せ」
小十郎は、慌てて自分の腕を開いた。
「し、失礼しました。」
ゆっくりと梵天丸は小十郎を見上げた。包帯で覆われた白い顔は相変わらず痛々しいが、残された左目の輝きは知的に深く澄んでいる。
「まだ、答えを聞いていない」
梵天丸は小十郎の瞳を覗き込んだまま問うた。
「え?何がですか?」
「何故、今朝の会見の時、聞こえてないのにオレの質問に答えたんだ?」
「……あ、あれはですね……」
梵天丸の瞳から目を離すことがでできず、口が勝手に動いてしまうような感覚に襲われた。
「俺は、あなたの近くにいました。輝宗様の次に近かった。その俺が声を拾えなかったのです。きっと輝宗以外はだれも聞こえていなかったでしょ?だったら、なんと答えても一緒だと思ったのですよ。かと言って、聞き返すのも梵天様に失礼ですし、それでなくても……」
小十郎は、言いにくそうに口を継ぐんだ。
「……そうでなくても、引きこもって何を考えているかわからないのに」
代りに梵天丸が答えた。
「あ……いえ、そこまでは……」
小十郎は、あわあわしながら答える。
「気にするな、続けろ」
梵天丸は、まったく気にする様子もなく後の言葉を促した。
「……まあ、ならば梵天丸様の印象を良く思わせる好機だと思ったもので、あのようにお答えしました。まさか、そこまでお怒りになるとは、出過ぎた事をいたしました。申し訳ありません。」
小十郎は。頭を下げた。
「……」
梵天丸は、しばらく小十郎の顔をじっと見ていたが、ため息交じりに言った。
「もういい。許す」
小十郎は、ほっと胸を撫で下ろす。
「……だが、もう余計な事をするな。お前が損をするだけだ」
小十郎はムッとして言い返した。
「余計な事ではございません。あなた様は伊達家の跡取りではありませぬか!この小十郎が傅役となったからには、立派な跡取りとなり、この奥州の田舎を出て天下を取っていただきます!」
梵天丸は、大きく目を見開いて、小十郎を見た。あまりにも小十郎の真剣な眼差しを見て梵天は何かから逃れる様に目線を下げた。
「お前、ホント馬鹿だな……」
梵天丸は心底呆れた様に、でも何だか照れくさそうに頭を掻きながら再び小十郎を見上げる。
「お前さっき、殴りたいなら殴れって言ってたよな」
梵天丸はニヤリと笑う。
小十郎は、ギクリと冷たい汗が背中を伝う。忘れてると思ったのに……
「……お、男に二言はございません!」
「よおっし!目をつぶって歯をくいしばれ!」
梵天丸は嬉しそうに言った。
小十郎は覚悟を決め、言われる通り正座をして目をつぶり歯をくいしばる。自分の目の前に人の気配を感じたと思うと、顔に嫌な風を感じた……とたん頬への痛みと、思った以上の衝撃で頭の中で星が舞う。ふらつく目を開いたその前に、時宗丸が立っていた。ニヤニヤと嬉しそうに。
「痛かったか?ずっと、オレ様の事忘れてただろ?」
肩まで着物をたくし上げた二の腕は、梵天丸の1.5倍の太さがあり、鍛錬をしているのだろう男らしい筋肉が見える。
顔半分が熱く自分の脈が分かるくらいジンジンと痛んで来た。
「オレが殴るとは言ってない」
梵天丸は胸を反らして言った。
小十郎は殴られた左頬に手を当て、焦点の合わぬ目でボンヤリ二人を見ていたが突然立ち上がった。
「……この、悪ガキどもがあああ!!!」
わっと逃げ出した二人の首根っこを押さえて、逃がさないよう自分の方の引っ張る。二人は怖がるどころか笑いながら、まるで鬼ごっこに興じているように逃げまわった。
「お前ら、教育し直してやるからな!」
その時、襖が勢いよくスパーンと開いた。
「何事ですか!騒々しい!」
喜多がズンズン入ってきて、三人の動きがピタリと止まる。小十郎の頭に登った血は一気に引く。丁度小十郎の右腕に梵天丸、左腕に時宗丸を羽交い締めにしている……ように見えた。喜多もその様子を見てぴたりと動きが止り、顔が見る見る赤くなる。そして、あらん限りの高い声で、
「何をやってるんですか!あなた達は!!」
数分後、3人は正座して横一列に並び、長々と喜多の説教を聞かされるハメになった。
小十郎に至っては、喜多に怒りの鉄拳をお見舞いされ、頭に大きなたんこぶが出来た。
結局、喜多の説教の後、皆が暴れたせいで積まれていた書籍などが崩れ、それを片付けるだけで今日一日が過ぎた。
いつの間にか、梵天丸も時宗丸も寝入っている。
小十郎は、そっと二人が風に当たらぬ様に襖を閉めると、上着をかけてやった。
「眠っていると、可愛いんだけど……」
そういうと殴られた左頬を撫でる。
梵天丸の部屋は小さな中庭に面している。それほ大きな庭ではないが季節ごとの木々が植えられ、それぞれの季節には楽しめるだろう。紅葉にはまだ早いもみじの間に、今まさに咲き誇っているキンモクセイの香りを嗅ぎながら、小十郎は廊下で庭を愛でつつ一ひと休みをする。
「はあ……」
小十郎は大きなため息をついた。今日は疲れた、そう思った。
まだまだ全然、梵天丸の事はわからない事だらけである。ただ、噂のような暗いどうしようもない子供という事はない。むしろ頭の回転が早く、人を良く見ている賢い少年である。ただ少し乱暴ではあるが。
「焦る事はない。」
自分に言い聞かせた。
一癖も二癖もある小さな主だが、小十郎は梵天丸の事を大切に思える。どこか自分の子供の時と似ているからだろうか……?
スーと後ろで襖が開く音がした。時宗丸である。
「寝ちまった」
目をこすりこすり、小十郎の横に座った。
「まだ痛てえ?ごめんな。調子……のりすぎた。」
まさか、時宗丸が素直に謝まって来るとは思ってもおらず小十郎は面食らった。
「今回だけは許します。あなたは、人よりも力が強い。普段よく武芸の鍛錬をかかさないのでしょうね。」
「よくわかるな!オレ、武芸とか好きなんだ。親父によく稽古してもらっててさ。」
時宗丸は嬉しそうに言った。
「だからこそ、普段は絶対暴力を使わないでください。相手が思わぬ怪我をすると大変です。その力は梵天丸様を守る時のみ使って下さい。必ずその時がくるのですから。」
時宗丸は、キラキラした瞳で小十郎を見た。
「そうだな!……でもよう」
「ん?」
「久しぶりだったぜ、梵天があんなに笑っているの。ホント久しぶり」
「そうなのですか……」
「あいつ、本当は明るくてすげえ良いやつなんだけど、右目がああなってから全然笑わなくなっちまって。たまに、オレにもあいつが何を考えてるのかわかんなくなる時があるよ。」
時宗丸は、少し不安そうな表情をした。小十郎は、時宗丸の肩をポンと軽く叩いた。
「大丈夫ですよ。俺は梵天丸様には何か考えがあっての行動だと思ってるんです。何か意味があると……」
「うん。そうだよな!」
時宗丸が笑った。時宗丸も心配なのである。
さて、明日からどうしようかな……
赤く染まりつつある空を小十郎はぼんやり眺めた。
読んでいただきありがとうございます。
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