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得体の知れないモノに出会ったら、案外逃げようとは思わない説

傅役を仰せ付けられた片倉小十郎は、不思議なモノに出会う。

曲者かそれとももののけか?

不穏な空気が流れる中、小十郎の取った行動は?

 ーとは言ったものの……

 小十郎は、ため息をついた。

 輝宗の部屋を出て、廊下を義姉と歩きながら、小十郎は今、主よりくだったばかりの任務を思い返していた。

 輝宗の心の内を思えば、お役に立ちたいのはやまやまだが、9歳の幼い子供に対して、噂の“もののけ”が何を指すのかまったくわからず、得体の知れなさに背筋が寒くなる。

「ふふ、大丈夫よ。小十郎」

 喜多は小十郎の心中を察し、明るく答えた。

「……義姉上、梵天丸様とはどのようなお方なのですか?」

 喜多は、梵天丸が生まれてすぐに、乳母になったのだから、梵天丸を知り尽くしているはずである。

「将来の伊達家を背負って立つ、とっても聡明で立派なお方よ」

 喜多は、まるで我が子を自慢するかのように言った。

 聡明なお方が“もののけ付き”と噂されるだろうか?

「明日、お会すれば分かるわよ。自分の目で確かめてみなさいな」

 義姉の自信ありげな言葉に、小十郎は肩をすくめた。


 その時、目の前の廊下の角から小さな影が、突びだして来た事に気づいた頃にはすでに遅く、どっという鈍い音と同時に、小十郎の下腹部というか股間に激痛が走った。

「うお!?」

 余りの痛さに、廊下にうずくまりそうになるのを必死で堪えながら、小十郎は小さな影を見た。

「ちょっ! てめえ、でけえ図体して廊下の真ん中に、つっ立ってんじゃねえよ! 痛えじゃねえか!」

 威勢良く言い放つった、小さな影は、10歳くらいの少年だった。自分の頭をさすりながら、小十郎を睨みつけた。

 それは、こっちの台詞だろうが!と言いたかったが痛みで声が出ない。

「時宗丸様! 廊下は走るなと、何度言えば分かるんですか?」

 喜多が少年を睨み返す。

「げ! 喜多! なんでここに」

「居ては何か不都合でも?」

 小十郎は、腹をさすりながら、二人の会話に合わせて交互に見比べる。

「……義姉上、お知り合いですか……?」

 涙を堪え、ようやく声がでた。

 少年、時宗丸はチラリと小十郎を見上げた。

 好奇心が旺盛そうなキラキラした大きな黒い瞳と不適に笑う大きめの口、口の利き方は横柄だが、着ているものは上質であることから、どこか良いところの坊ちゃんで、かなり甘やかされて育ったらしいと小十郎は推測した。

 そもそも、城内を自由にうろちょろできるだけでも普通ではない。

「誰?こいつ、あんまり見ない顔だな」

「この者は、喜多の義弟で片倉小十郎景綱と申します」

 と喜多が小十郎を紹介する。

「こちらの小さい方は、輝宗様の弟君の伊達実元様のご嫡男で、時宗丸様。梵天丸様の、従伯叔父になられるのよ。」

「あ、なるほど……。失礼しました。私は……」

 痛みを思うと苛立ちが先に立つが、相手は子供。怒りを堪えつつ、小十郎が挨拶をしようとすると、先に時宗丸が口を開いた。

「梵の新しい傅役!! …だろ?」

 時宗丸は、大きい目を更に大きくして、じろじろと小十郎を観察するように見ると、ニヤリと笑った。

「喜多、何日賭ける?オレ、喜多の身内を考慮しても2週間」

 時宗丸は心底楽しそうに無邪気な声を上げた。

 小十郎は何の事か分からず、目を白黒させている。

「いいえ、時宗丸様。小十郎は、梵天丸様に一生お仕えします」

 喜多には話が通じているらしく、人差し指を目の前で揺らして、自信満々に応える。

「何の話ですか?義姉上……」

「お前が何日、梵の傅役として保つかって話に決まってんだろ」

 あきれたように時宗丸が代わりに答えた。

「え?」

「前回の奴は、3日だったしなあ。その前は、1週間。それでもまあまあ、保った方だよな」

「時宗丸様、よくご存じですね。小十郎が傅役だなんて。」

 喜多はジロリと時宗丸を不審な目で睨む。

「う……うん。いや、親父の話声が聞こえた。……たまたま」

 時宗丸は、気まずそうにぷいっと横を向いた。

「また、盗み聞きですね…」

 喜多はあきれたようにため息をついた。

 またと言う事はいつもの事なのか、どうもこの少年、城内を行き来出来る身分を利用して城内の情報を偵察しているらしい。

「心配すんな、得た情報は外には漏らさねぇからよ」

「そ……そんなに前の方が辞められてるんですか?」

「お前で6人目。なんせ“もののけ付き”だからな」

 時宗丸は、いたずらっぽくニッと笑った。


 空には青い月がひっそりと輝いていた。夜になって、少し風が強くなってきたのか、その月も雲に出たり入ったりと忙しない。

「お前、梵天丸様の傅役に抜擢されたんだってな」

 帰り支度を整えていると、小十郎の先輩に、田村なる者が話かけてきた。歳は小十郎と大差ない。

「はあ、そのようですね」

 小十郎は、帰り支度を整えながら気のない返事をかえす。

 こういう話は、城内に伝わりやすい。

「お前も運が悪いな。よりにもよって、梵天丸様の傅役なんて」

 小十郎は、チラリと田村を見た。

 ーー嫌な顔してやがる……

 そもそも小姓には、昔からの伊達家家臣の息子や、名のある武家の出の者も多い。名前とプライドだけは高いという厄介な者も少なからず居て、後ろ盾のない小十郎がこの場に居るだけでも目立つのに、いかんせん小十郎は有能すぎた。中には面白くない者も居るだろう。

 出来るなら、この梵天丸の件で失敗して居なくなってくれればと願っている表情である。

「いいえ、光栄な事です。殿直々のご指名ですので」

 小十郎は、つい"殿直々"を強調してしまった自分に、大人気ないと心の中で苦笑した。

 田村の片方の眉がピクリと動く。

「てめ……」

 田村が一歩前に出ようとした時、小十郎は、すくっと立ち上がった。

 小十郎は、体もがっちりしていて、この時代の人にしては背が高い。頭ひとつ高い小十郎がこの先輩を見下ろす形となった。

 田村が、小十郎に何か言おうと、口を開いた時、先の小十郎が言葉を発した。

「まだ、なにか?」

 まるで空気が氷つくように急変した。田村は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。今まで接していた小十郎とは明らかに違う。これは、小十郎の“威圧”か?いや、すでに“殺気”に近い。

 田村は、今自分が、猛獣を目の前にしているという事にようやく気付いた。

 ふうと、小十郎は短く息を吐き出すと、にっこり笑った。

「お疲れ様です。失礼いたします。」

 そう言うと、軽く頭を下げ田村の横をすり抜けた。

 ピシャッと小十郎が、障子を閉めて出いくと、田村はどっと膝から崩れ落ちた。それからしばらく動くことができなかった。


 小十郎は、薄暗い廊下を歩きながら、自分はまだまだ未熟だと、ため息をついた。

 田村は、いつだって小十郎となぜか張合いたがる。いつもは、無視できるのに、今日に限っては苛立ちが外に出てしまった。

 理由は、なんとなく分かっている。

「……梵天丸様……か」

 なんにしても、明日から小十郎の風当たりは、一段と強くなる事は確かである。

 ……めんどくせえなあ……

 小十郎は、肩をすくめた。


 小十郎が出入り口の方に向かっていると、皆、灯籠や燭台を手に右往左往しているのが見えた。

 その中に、自分の上司がいるのに気がついた。

「どうか、なさったのですか?」

 小十郎は、近づいて声をかけた。

「片倉か。お前、良い所に。どうも、賊が入ったとの知らせがあったのだが、府に落ちぬ点もあり、どうして良いものかと思っていた所だ。」

「……賊ですか?大変ではないですか!早く見つけださないと!」

「そうなのだが、見張りの者も一切その気配が無かったと申すし、実はここ最近、そのような事件が多くてな」

「どうゆう事でしょうか?」

「うむ……、賊が入ったと、突然降って湧いたように知らせが城内に走るのだが、実際だれが見た訳でもなく、一番最初に『賊が入った』と言い出した者も見つからないのだ。結局、城内を散々見回っても、賊の“ぞの字”も出てもこない。毎回何もみつからないままで、殿や奥方様に、心配をかけさせるだけでもあるし、あまり大騒ぎにしたくもない。まるで、物の怪にでもたぶらかされているようだ。」

 上司は、頭を抱えた。

「しかし、その話が本当で、賊が紛れ込んでいたとあっては、殿が危険にさらされる事にもなりかねます故、放ってもおけないのではないですか?」

「うむ…、できれば少人数で騒ぎ立てぬよう、調べたいものだが…」

 上司は、ちらりと小十郎を見ると、ぽんっと肩を叩いた。

「とりあえず片倉、お前も見回ってくれ。もう、帰っている者も多い故、ここにいる者だけで見回ろう。」

 そういって、小十郎に灯籠と笛を手渡した。

「何かあれば、この笛で皆に知らせろ。くれぐれも一人でなんとかしようと思うなよ。」

 そう、小十郎に言い残すと、暗い廊下に消えていった。


 ぎしり、ぎしり……

 廊下が、小十郎の歩調に合わせてに微かに悲鳴をげる。

 月はすっかり厚い雲に隠れて、頼りない灯籠の明かりだけが、足下数十センチを照らすのみで、長い廊下はまるで死の世界に続いているかのように不吉な闇に閉ざされていた。

 今日は、いろいろあったなあ……。

 などと思い返してみる。

 明日は、梵天丸様と初めて顔を合わせるのだなと思うと身が引き締まる思いがした。

 俺は、梵天丸様に何をして差し上げられるだろうか……。

 楽しみでもあり、恐ろしくもある。

「“もののけ付き”……か」

 小十郎が考え込んみながら歩いていると、バン!という音と同時におでこに激痛が走った。

「わ!!、……っ痛!」

 正面には、真っ黒い壁が目の前を塞いでいる。小十郎は唖然と黒い壁を見上げた。

 普段よく通る廊下である。まさか、暗くて道を誤ったかと疑った。いやしかし、間違えてはいないと、小十郎の記憶が語っている。昼間にはこの壁は無かったはずである。指でコンコンと弾いてみると素材は木のようである。小十郎は、少し考えていたが、くるりと身を翻して元来た道を戻る事にした。

 廊下が左右に分かれている地点までくると、再び黒い壁が立ちはだかった。さっきは無かったのに。

「? 狐にでも化かされているのか?」

 混乱しそうになる意識を、現実に引き戻しつつ、落ち着けと自分に言い聞かせる。

 仕方なく、行ける廊下を通って進む。何度か壁にぶつかっていくうちに、ふと足を止める。

「ここは……。」

 普段は行き来しないであろう場所にでてしまった。

 これ以上進むと、主君やその家族が住む場所に行ってしまう。もちろん、小十郎の位では行き来できるものではない。下手をすれば自分が不審者として切り捨てられかねない。

 小十郎は、怪しい人影はないか、灯籠を前に突き出し探るが異常は見当たらない。

 再び来た道を戻ろうと振り向いた小十郎は、暗い廊下の奥に微かな光の筋が漏れている事に気づいた。一瞬息を飲む。

「……賊か?」

 小十郎は、明かりの漏れている部屋のふすまに、足音をたてないようにそっと近づいた。聞き耳をたてる。自分の心臓の音が耳に響く。人の気配は今の所感じないが、灯籠を持つ手がじんわりと汗をおびる。

 ここで、ガラリと襖を開けるべきか?応援を呼ぶべきか?しかし、笛を使うと逃げられる恐れもある。しかも、灯籠を持っているせいで刀も抜けない。

 さすがにそれはまずいかと思い、膝をつき、傍らに灯籠を音がしないようにそっと置こうと視線を足下に落とした瞬間、目の前の襖がガラリと開いた。

 小十郎が、あっと思った瞬間、体制を整える暇もなく、何かに着物の胸ぐらをつかまれ部屋の中に引きづり込まれた。

「うわっ!」

 引きずられる衝撃で灯籠の火が消え、小十郎は畳に放り出された。

 さっと受け身を取り刀に手をかける。辺りは暗く重い闇に包まれ、しんと静まり返っている。

 小十郎は、動かず神経を研ぎ澄ます。相手が飛び出して襲って来ても、すぐに反撃出来る態勢を整える。

 息も詰まるような闇、闇、闇……


「そんなにも気を張るでない……」

 その時、ぽっと小十郎の後ろで影が動いた。

 小さな小さな蝋燭の炎が小十郎から3m程先で灯っていた。

「誰だ…?」

 蝋燭の炎は、周囲数十センチ程しか照らさず、尚更その周囲は闇が濃くそこに人が居るのかさえもわからない。

 更に沈黙。

「誰かいるのか?」

 小十郎は、片膝をついて腰の刀に手を置いたまま、闇に話しかけた。

「…大人しく出て来れば、命までは取らぬ。」

 しばらくして、ククっと喉の奥で笑うような声が聞こえた。

「新参者が…何をほざくか…」

 高いが嗄れたような声。子供の様でもあり老人の様でもある。

 小十郎は、正体を探ろうと一歩膝を詰める。

「動くな」

 声は言った。落ち着いた声はである。見つかって逃げようと焦っているようにも思えない。

 小十郎は、大きく深呼吸をし、その場でドサリと胡座をかいた。闇の向こうで、微かに短い息を吐く気配があった。

「ほう、腰を落ち着けたか……何故か」

 小十郎は、闇を凝視したまま答えた。

「俺をここに誘った理由を聞きたくて……な。新参者とはどういう事だ?」

 再び闇がククと笑う。

「1の問いには片倉小十郎……故にと答えておく」

「俺を知ってるのか?」

 小十郎は、闇に目を細めた。小十郎が、冷静に状況を分析し始める時の癖である。

「二つ目の問いは?何故、俺を新参者呼ばわりする?」

「ワシの方がお主より、この城に留まる時が長い故」

「確かに俺は、この城に来て、それ程経ってはいないが……あんたは?」

 少しの間沈黙。

「……梵天丸が生まれてからずっとおる」

 突然、梵天丸の名前が出た事に小十郎は、ギョッとした。額から嫌な汗が浮かんで来た。不吉な予感しかしない。

「ずっと?」

 小十郎は、自分の声が少しうわずっている事に焦った。動揺を気づかれてはいけないと自分に言聞かせながら見えない相手を凝視する。

 クククと、陰鬱に闇が笑う。

「わしが、梵天丸の“もののけ”よ……」

 その言葉を聞いた瞬間、小十郎は弾かれるように立ち上がり、腰の刀を抜いた。

「貴様、言うに事欠いて、梵天丸様の“もののけ”とは、聞き捨てならん。まさか、そのような噂を立てたのも貴様ではあるまいな?!」

「……噂?噂と言うたか。噂ではない。現実よ……」

「何?」

 小十郎は、ゆっくりと肺の中の空気を吐き出すと、頭を横に振った。すうっと、頭にのぼった熱が引き、冷静さを取り戻そうと務めた。

「あんたが、本物の“もののけ”かは、俺にはわからない。だが……俺が梵天丸様の傅役になった以上、もうあんたの好きにはさせない。必ず、梵天丸様からお前を引き離してやるさ」

 闇の奥が微かに動いた。

「……お前が?」

 声には、笑いと少しの苛立ちが含まれていた。

「どうやって……?わしは、梵天丸の陰よ……それを引き離すと?」

「まだ、会うてもおらぬのに……?」

 闇の中の声は、苛立ちを通り越して怒りに変わる。

「方法は……わからない。でも……俺の心の中にも鬼がいる。……だから」

 一瞬の沈黙。

 小十郎は、はっとして言葉を続けた。

「この命に代えても必ず、あんたを倒す!」

 少し間があり、再び元の陰鬱な声で闇は言う。

「命か……。命と言うたか…、よかろう、出来ない時は、このワシ自らお前の命を貰い受ける……」

 この言葉を最後に、小さな蝋燭の炎はかき消され、闇の気配はふと掻き消えた。

 はっとして、小十郎が闇の中に飛び込んだが、何者もいなかった。襖を開けて廊下に出る。

 ずっと隠れていた月が、煌々と小十郎を照らし出した。怪しい人影も、黒い壁も見当たらなかった。

 小十郎は、刀を鞘に収め、部屋を出て夜空を見上げた。外の空気を吸って現実味を取り戻す。


 ーー心の中の鬼……

 なぜそんなことを言ってしまったのかと、自分にもわからない。

 梵天丸の“もののけ”と自分の中の“鬼”


「片倉、いかがであった?何か変わった事は無かったか」

 一瞬小十郎は報告したものかと迷ったが、やめておいた。あれが何者であれ、自分の事を知っていたという事は、小十郎に用があったのだろうと思うからだ。

 これ以上まだ見ぬ小さな主君に、変な噂を追加したくは無い。

「いいえ、私の方は何も」

 小十郎はそう、うそぶいた。

 しばらくはそこに留まっていたが、ようやく安全も確認され、帰宅が許された。

 小十郎は、大きくため息をつき、暗い家路を歩き出した。


読んでいただきありがとうございます。

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