賢者の書
なろうラジオ大賞の応募作品です。
司書室の窓に夕日が差し込んできた。司書は読みかけの本にしおりを挟んで閉じると、机の端に積まれている本の塔に積み重ねた。そして司書は立ち上がり、飾り棚から燭台を手に取り机の上に置いた。司書は鼻から深く息を吸い込み体内に溜まる雑念を口から吐きだし、手を組んで目を閉じた。火の神に捧げる祈りの言葉を詠唱すると、蝋燭の芯から細い煙が立ち上った後、瞬時に強い光を放ち蝋燭に火が灯った。
燭台を持って司書は司書室を出た。陽の光が届かない廊下は薄暗く冷気が溜まりこんでいた。ぼんやりとした燭台の灯りを頼りに司書は哲学の間と呼ばれる図書室へ向かった。司書の歩みに合わせて、冷気で縮んだ廊下が音をたてる。
司書が哲学の間に着くと、扉は人ひとりが通れるほどの隙間が開いていた。司書は扉の隙間から哲学の間に入り、利用者を探し始めた。
広大な空間に本棚が規則正しく並び、同じような風景が続く。司書の微かな足音さえも聞き取れるほど、部屋は静寂に包まれていた。しばらく司書が探索すると、窓の前に立ち外の景色を眺めている利用者の男を発見した。
「あの……すいません……」
司書は遠目から男に向かって声をかけたが、景色を眺めたまま男は無反応だった。司書は小さくため息をついて、男に近づき再度声をかけた。
「あの……そろそろ閉館の時間ですので……」
男は司書に気づいて振り返った。
「すいません……考えごとをしていたもので……」
「考えごとですか?」
逆光で男の表情が読み取れない。司書は燭台をかざし、男の表情を確かめた。男は眉間にしわを寄せて唇を噛みしめていたので、深刻な悩みだと司書は思った。
「『かつて人は大空を飛んでいた』と書かれている本をご存じですか?」
虚をつかれた司書は一瞬頭が真っ白になったが、すぐに落ち着きを取り戻し男の問いに答えた。
「神の使いが記したと言われる『賢者の書』です」
司書は一呼吸を置いて説明を始めた。
「天敵のいない安住の地を手に入れた私達の祖先は飛ぶことをやめてしまいました。知識や知恵等の伝承によって文化や道具が発達すると、生活の全てが地上のもので賄えるようになったからです」
「すると、人はもう飛べないのですか?」
「……分かりません。ですが人が飛んでいた名残りは残っていますから、人が大空へ帰る未来がやってくるかもしれません」
「名残り?」
司書は機微を返し、背中越しに呟いた。
「あとはご自身の目で確かめて下さい……」
読了いただき、ありがとうございました。